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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
八章 託された願い
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8-13 湿原に潜むモノ

 足場はホムラの力によってまともに歩けるようになり、さらには空気が熱を帯びたからか、霧も少し晴れつつあった。視界は、ある程度利くようになっている。行く手には整備された道のようなものは一切なく、痩せ細って葉が殆どついていない木々が無造作に並んでいるばかりだ。遠くまで、よく見通せる。

 そのため、目に映る敵の姿も、よく見えるようになった。

「みんな、気をつけて」

 立ち止まり、すぐさま得物を構えながら、ケイトはそっと呟いた。

 前方のあちこちの地面に、鉄鬼が潜んでいる。まだホムラの力が及んでいなく、ぬかるんでいるところに、身を沈めて隠れているようだ。背びれのようなものが、地面から少し出ている。

「ケイト、上にもいるわよ」

 ウルの言葉に、ケイトは黙って頷く。

 前方の空中に、浮遊する何かがいることに、ケイトも気づいていた。ボロ布のローブを纏っている何かで、覗いている白の両の目は、丸く光っている。それだけでも不気味だが、下半身がないのもまた気味が悪かった。

 まさしく、幽霊とでも言うべきか。それは一体だけではなく、数え切れないほどの数が浮遊していた。前方の上空だけでなく、どうやら周りにもいるらしい。おどろおどろしい雰囲気が、俄かに現出している。

「オオオオ……」

 そのうちの一体が、低い唸り声を上げながらケイトに迫ってきた。

 咄嗟に、ケイトは刀を振り抜き、幽霊を攻撃する。

「待って、ケイト!」

 ウルが咄嗟に止めてきたが、少し遅かった。刀はもう、幽霊目掛けて振り抜いてしまっている。

 刃は問題なく通り、あまり手応えもないまま幽霊が真っ二つに切れた。

 ――見掛け倒しなのか?

 一瞬抱いたその思いは、すぐに抱いた違和感によって掻き消された。

 刀の道具の加護が、ほんの少しだけ弱くなった。ばかりか、微かに重さが増したように感じる。何も変わったことをしていないのに、一体どうしたのだろうか。

 ケイトが思考を巡らしている間にも、幽霊がまた迫ってきた。今度は、左右から二体。さっきと同じように、刀を振って攻撃しようとする。

「攻撃しちゃダメよ! こいつら、触ったモノを弱らせてくるわ!」

「なんだって……!?」

 振りかけた刀を何とか止め、ケイトは迫り来る幽霊を何とかかわしてやり過ごす。幽霊は頼りなく揺らめきながら、ケイトがいたところを通り過ぎた。

 咄嗟にウルを見て、説明するよう促す。頷いたウルが、すぐに言葉を紡いだ。

「ここを偵察しに来た時に、こいつらに襲われたの。あたしも最初は応戦したんだけど、攻撃すればするほど、力が出なくなっちゃって。多分、こいつらに力を奪われたんだと思うの」

「その想像は、おそらく間違っていないね。あれらは、朽ち果てたモノだ。力を朽ちさせる能力を持っていても、おかしくはないね」

 シルクの言葉に、ケイトは冷や汗が背中に流れるのを感じた。たくさんの、それも攻撃してはならない敵に囲まれ、突破しなくてはならないとは、状況としてはなかなか厳しい。

 だが、ここで臆して立ち往生するわけにもいかない。

「だったら、急いでここを抜けよう。鉄鬼が気づいて襲って来るだろうけど、構ってる余裕はないし」

「私も同感だね。こんな奴らを相手にして、力を削る方がただのバカさ。一気に突っ走って、玄武のところまで行った方が良い」

「とは言うが、この先の道はどうするんだ? 俺の力が及んでいないところは、まだぬかるんでるはずだが」

 何気ない口調で言ったホムラに、シルクがすぐに視線を向ける。それがあまりにも鋭かったからか、ホムラが一歩たじろいだ。

「お前が力を使いながら、全力で先行するに決まっているだろう?」

「ええっ!? い、いや、俺だってそこまで緻密に力を使えるわけじゃ……」

「いいからやるんだよ。大丈夫。周りの雑魚は、私たちがきっちり仕留めてやるから」

「し、しかしだな」

 尚も渋るホムラに、シルクが眉を吊り上げて怒鳴った。

「ええい、男らしくないね。ほら、さっさと行きな!」

 ホムラ目掛けて、シルクが殺気を放ちながら大太刀を突き出す素振りを見せる。本気とも見えるその行動に、ホムラは折れたようだ。

「くそっ、わかったよ! みんな、本当に頼むぞ!?」

 道具の加護を解放しながら、ホムラが一気に駆け出した。途端に周囲が暑くなり、ぬかるみが急速に渇いていく。

 そのホムラを掩護するべく、ケイトたちは左右からカバーに入った。ホムラを中心に全方位へと力が及んでいるから、前だけぬかるんでいるということもない。少しだけ先行し、敵襲に警戒することはできる。

「グオオオッ!」

 慌ただしい足音を聞きつけた鉄鬼が、地面から飛び出してきた。ワニが鉄の装甲を纏った形の鉄鬼だ。三体いる。地面を滑るように勢いよく進み、異様に尖れた牙を見せつけながら突っ込んでくる。狙いは、力を使っているホムラだ。

「させない!」

 ケイトが反応するよりも早く、ウルが真っ先に飛び出しては、勢い良く蹴りを繰り出した。蹴りは寸分違わず鉄鬼の顔面を捉え、その体を思いっ切り吹き飛ばしていく。

「グガァァァ……」

 断末魔のような声を上げた鉄鬼が、破片を撒き散らしながら地面に叩きつけられた。顔はあらぬ方向を向いていて、微かに光っていた赤い瞳も色を失った。

 蹴りを放ったウルが、地面につくこともなく空を駆け、残る二体の鉄鬼へと向かう。

 そう見えたのは一瞬で、ウルは瞬く間に次の標的の間合いに入ると、また蹴りを繰り出した。鈍い破砕音が鳴り響き、鉄鬼が地面に叩きつけられる。地に伏せた鉄鬼を足場に跳躍したウルが、残る一体の頭上に跳び上がると、一気に右手の鉄爪を突き出した。

「そこっ!」

 声と共に、もう一度破砕音が響く。背中を叩き割られた鉄鬼が、力なく地面に横たわった。

「……凄い」

 初めて目の当たりにするウルの激しい動きに、ケイトは駆けながら感心していた。思えば、ウルがしっかりと戦っているのを見るのは、これで二度目だ。最初の時は白虎という強敵が相手で、その実力を発揮できていなかったから、まともな動きを見るのは初めてかもしれない。

「そりゃあ、私が鍛えてやっているんだからね。ちゃんと戦えれば、あの子は強いんだよ」

 ケイトの言葉を聞いていたのか、シルクが誇らしげにしながら言った。表情も、気持ち緩んでいる。

 だが、それもすぐに引き締められた。

「私たちも、後れを取るわけにはいかないよ。この勢いのまま、一気に玄武のいる最奥まで突っ切る」

「わかった!」

「任せて」

 ケイトが応じ、サラが頷きながら言った。

 駆けながら、ケイトはツクノを憑依させた。久しぶりの憑依だが、感覚のずれはない。モノの気配が、はっきりと掴める。

 左斜め前から、地面を進んでくるのが一体。それを感じ取った時、ケイトは地面目掛けて待ち針を投げていた。うっすらと盛り上がった地面が、そのまま動きを止める。影縫いによって、そこにいるだろう鉄鬼は動けないはずだ。そこへと、容赦なく刀を突き刺す。手に、何かを貫いた確かな感触が伝わった。

 その正体を確認することもなく、先へ先へと進んで行く。他の皆も、それぞれ応戦しているようだ。ウルは相変わらず縦横無尽に暴れ回り、討ち漏らした鉄鬼をシルクが断ち割る。あちこちから迫る怨霊に対しては、サラが能力を駆使して近づけなくさせたり、追い払ったりしているようだ。

 全力で応じているため、そこそこ消耗は激しい。それでも、皆が皆しっかりと撃破しているから、誰も手傷を負っていなかった。

 しばらく、攻防戦を演じながら進んだ。数多の鉄鬼を打ち払い、薙ぎ倒し、纏わりつく怨霊を振り払って進んでいると、まず鉄の化け物の姿が見えなくなった。怨霊はまだ着いて来たが、さらに先へと進むと、何かを感じ取ったかのように急に追って来るのをやめ、後ろの方へと飛び去っていった。

 襲い来る敵は、いなくなった。ケイトたちは、そこでようやく足を止めた。

「やっと、静かになったね」

 サラが息を乱しながらも、それでも澄ました顔で言った。

 その言葉には、すぐには応じられなかった。ケイトは肩で息をし、ホムラも同様だ。駆け続けの戦い続けで、息は乱れ切っている。

「いいや、まださ。あいつらがなんでいなくなったのかを、よく考えてみな」

「そうよ。寧ろ、ここからが本番なんだから」

 シルクとウルが、何でもないかのように答えた。あれだけ動いた後だというのに、二人の息は一切乱れていない。見れば、顔には汗の一筋すら浮かんでいなかった。

 化け物じみた体力に驚くも、今はやはりそういう時ではない。何度か深呼吸し、息を整えてから、ケイトは気配を探る。

 この先をまっすぐ行ったところに、異常に大きなモノの気配を感じる。一つ、いや二つだろうか。曖昧だが、とにかく一箇所から二つの気配を感じ取った。

「オオオオッ……!」

 不意に、地を震わすような低い咆哮が聞こえてきて、ケイトは思わず身構えた。他の皆も、咄嗟に武器を構えている。

 その中で、シルクだけが悠然とし、顔に苦いものを浮かべていた。

「どうやら、お待ちかねのようだね」

 何が、とは言わなかったが、多分皆わかっているだろう。この先に、玄武がいる。

 ケイトは、声の方へと顔を向けたまま、動けなかった。さっきの咆哮が、いやに耳に残る。ただの、猛々しいものではない。あの声には、どこか物悲しいものが混ざっていた気がする。

「ケイトさま?」

 ツクノが不思議そうに問いかけてきて、ケイトはハッとした。気づけば、誰も彼もがケイトを見ている。知らず知らず呆然と立ち尽くしていたことが、気にかかったのかもしれない。

 その視線を振り払うように、ケイトは皆の前に出た。出てから一度振り返り、できる限り腹に力を入れて声を出す。

「……行こう」

 皆が頷いたのを見てから、ケイトはゆっくりと歩き出す。前に前にと進むにつれて、嫌でも緊張は高まっていった。

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