8-11 懐かしい面影
「おい、しっかりしな!」
シルクが咄嗟に駆け寄り、抱き起こすも、少女は返事をしない。ただ、胸が小さく上下していることから、まだ生きているのはわかった。
とはいえ、危なそうな状態であるのは変わらない。
「ケイト、先に王城へ向かって部屋を確保しな。手当の準備も、忘れないように」
「わ、わかった!」
大きく頷いてから、ケイトは駆け出した。
急いで王城へと向かい、王様に訳を話した。事情を察した王様はすぐに部屋を一つ貸してくれ、さらには医者も手配してくれた。
部屋の準備が整ったところで、少女を背負ったシルクが戻ってきた。余程慎重に来たのか、常と較べて時間をかけて移動してきたようだ。
すぐさま少女をベッドに寝かし、医者が手当てを行う。
その間、ケイトはシルクと共に、部屋の外で待機した。
「シルクは、あの子の言葉は聞こえた?」
待っている間、ケイトは気になっていたことを口にした。
「うっすらとだけどね。多分、クロウズって言っていた気がするよ」
「やっぱり……」
ケイトも、確かにそう言っていたように聞こえた。
しかし、理由がわからない。この少女がクロウズと接点があるのは間違いない。間違いないのだが、それ以上のことは全くわからなかった。元々、自分のことはあまり語ろうとしなかったクロウズだ。考えようにも、情報が全然足りない。
「一体、何があったんだろう?」
「さあね。それは、本人から聞くしかないさ」
頷き、ケイトは口を閉ざした。シルクも黙り込み、無言のままその場で過ごした。
医者が部屋から出てきたのは、それから少し経ってのことだった。
「外傷は、足のケガだけのようです。血に汚れていましたが、驚くことにそれほど深くはありません。大量に出血しているわけでもないので、命に別状はないでしょう」
「じゃあ、すぐに目覚めるのかい?」
「いえ。ケガは大したことはなくとも、どうやら極度の疲労に陥っているようで。道具の加護も弱っていますし、しばらくは眠ったままかと」
「そうか。仕方がないね」
残念そうに言ったシルクが、その子を頼むとだけ言って、この場を離れた。ケイトも、医者に一礼してからその背を追う。
歩きながら、ケイトはシルクに話しかけた。
「あの子、大丈夫かな」
「ん、まあ大丈夫だろう。王都の医者の見立てだから、ほとんど間違いはないはずだよ」
「それもそうか……」
そうは言ってみるも、やはり気になってしまう。少女の安否もそうだが、クロウズとどんな関わりがあるのかが、どうしても気にかかる。
不意にシルクが立ち止まり、ケイトは不審に思って足を止めた。途端に、額を指で弾かれる。
「痛っ!?」
鋭い痛みに、つい声を上げて額を押さえた。うっすらと涙が浮かび、視界が滲む中、ケイトは恨めしげにシルクを見る。
そのシルクは、また呆れたような顔をしていた。
「まったく、お前の悪い癖だね。今は、別のことを考える時だろう?」
「うっ……」
そう言われてしまえば、返す言葉もない。ケイトたちにとって、今一番思考を割かなければならないことは、北東のヘイズ湿原にいる玄武のことだ。強大な敵の一角に対して、気持ちがあちこちに行った状態で向き合うことは、油断や慢心と同じで、死に直結する。
――今は、忘れなきゃ。
少女のことは気にかかるが、今はまず、自分たちの為すべきことを第一にすべきである。失敗は、絶対に許されないのだ。
ケイトは自身の頬を、両手で一度思いっ切り引っ叩いた。鋭い痛みとじんわりとした熱さが頬に広がるが、頭の中は妙にすっきりした。
「それでいいんだ。肝心なことを、見失うんじゃないよ」
大きく頷くと、シルクが優しげな笑みを浮かべた。
その笑みを見て、ケイトは少し懐かしさを覚えた。遠い日に、よく向けられていたような気がする。間違ったことをし、それを正した時に向けられた、慈愛に満ちた笑みだ。誰よりも慕っていた、とても大切な人のものとよく似ている。
――そっくりだな。
ふと思い、ケイトは笑みを浮かべた。
それを変に思ったのか、シルクが一転して怪訝なものを浮かべた。
「どうしたんだい? 気味が悪い子だね」
「あっ、いや、ごめん。ちょっと、懐かしいものを思い出して」
「懐かしいもの? 何だい、それは」
「亡くなったおばあちゃんの笑った顔だよ。厳しくも、優しさに満ちた、素敵な笑みだったんだ。シルクを見てたら、何となくそれを思い出したよ」
「へえ……。それは、私がババアだって言いたいのかい?」
一転して顔を強張らせたシルクに、ケイトは無意識のうちに頭を押さえていた。失言すれば拳骨。ここ最近は、それを体が覚えてしまっている。
しかし、いつまで待っても拳骨は来なかった。ばかりか、シルクの怖い顔は消えている。表情には、何故か昔を懐かしむような寂しいものが浮かんでいた。
「……お前はばあさんのこと、どう思ってた?」
「えっ? ええと……」
咄嗟に聞かれて、ケイトは少し戸惑ったが、正直に答えることにした。
「とても優しい人、かな」
「へえ。なんでそう思うんだい? 結構厳しい人だったんだろ?」
「確かにそうだけど、それは思いやりの裏返しだったと思うんだ。おばあちゃんは、間違ったことに対してだけ、凄く厳しかったから。物を粗末にした時は、特に怖く怒ったっけ」
ふと懐かしさがこみ上げ、ケイトはつい頭上へと目を向けた。
「小さい頃に、僕がまだ使えるものを飽きたからって捨てようとした時は、本当に怒られたよ。物だって、魂が宿っている。壊れたならばともかく、お前の都合で捨てられたらどんな気持ちになるのか、一度よく考えてみな、って怒鳴られたんだ。その時は、本当に怖かった。でも、どうしてなんては思わなかったな。おばあちゃんの言葉は正しい。不思議と、そう感じたんだよ」
だからかな、とケイトは続ける。
「僕がこの世界に、呼ばれたのは。おばあちゃんが本気で怒ってくれたから、僕は物とちゃんと向き合うようになったんだ。それがなかったら、僕はこの世界のこともモノのことにも気づかないで、普通に過ごしていたと思う」
「お前は、普通じゃない方が良かったのか?」
「そりゃあ、普通の方が良いよ。けど、僕は知っちゃったからね。知った以上、目を背けられない。モノが僕たちを繋いでくれるって言うなら、僕はその手助けがしたい。そのために、僕は戦っているんだから」
ケイトの言葉に、シルクが半ば呆然としている。今まで見たことのない珍しい表情に、ケイトも少し驚いた。
その表情が、微かな笑みに変わる。
「……まったく、いい男に育ったね」
シルクが何かを言ったようだが、あまりにも小さくてよく聞こえなかった。
「シルク、今なんて言ったの?」
「いいや、何でもないよ」
表情を改めたシルクが、ケイトの背を一度思い切り叩いてくる。それがあまりにも強くて、ケイトは思わず前へとよろめいた。
戸惑いながらシルクへと顔を向けると、彼女は確かな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「さて、明日は朝から出発だよ。他の奴には私が声をかけておく。今日は、ゆっくりと休みな」
「あっ、うん。わかった」
頷いたケイトを尻目に、シルクがさっさと歩いて行ってしまう。その足取りはとても軽く、遠ざかっていく彼女の背からは、不思議と上機嫌のようなものを感じた。




