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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
八章 託された願い
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8-10 シルクの教え

 身を貫くような殺気が、辺りに振り撒かれる。

 それを感じながら得物を振るって、どれほど時が経っただろう。ほんの僅かしか経っていないかもしれないし、もしかしたら多くの時が過ぎ去ったかもしれない。

 そう錯覚してしまうほどに、ケイトの気持ちは張り詰めていた。

 今、ケイトはシルクとの稽古に臨んでいる。それを始めてから、かれこれ五日になっていた。倒れて長く寝ていた間、体の感覚は自分が思ったよりも鈍っていて、少しでも勘を取り戻すべく、荒稽古に臨んでいるというわけである。

 ただ、その稽古は普通ではない。宣言通り、シルクは殺す気でケイトに襲い掛かってきた。先の四日間では、もう何度死ぬ思いをしたかわからない。

 だが、その甲斐もあって、ケイトの鈍っていた勘は徐々に研ぎ澄まされつつあった。一日、また一日と過ぎる度に、受ける傷の数は減り、今では何とか打ち合えるようになっている。

「はあっ!」

 一気に間合いを詰め、シルクに斬りかかる。右、やや遅れて左の刀を薙ぐ。しかし、刃は虚しく空を切り、低い音を立てるだけだった。眼前にいたはずのシルクは、そこから姿を消してしまっている。

 それに対して、驚くことはしない。すぐさま神経を研ぎ澄まし、感覚を鋭敏にする。左。気配がそちらに動き、刀の突き出される音を確かに耳が捉え、ケイトは前へと転がるように跳んだ。

 受け身を取りながら、自分がいた場所へと目を向ける。シルクの大太刀が、唸りを上げながら突き出されたところだった。

 ケイトは前に二度三度と跳び、すぐに振り返って刀を構え直した。頭上から降り注ぐ陽光が白刃を照らし、眩い光を跳ね返す。

 その光を眩しく思う余裕が、ケイトにはなかった。全身を伝う汗さえも、今は気にも留まらない。それだけ、目の前の相手に意識を向けている。

 シルクが突きを放った勢いのまま、こちらへと間合いを詰めてきた。その動きは異様に速く、一拍の間に四歩以上の距離を詰めてくる。瞬く間に間合いはつまり、互いの得物が届く距離になる。

 間合いに入り様に、シルクが大太刀を振り下ろす。それを、寸でのところで受け流した。受けた右手は強い衝撃で痺れ、一時的に麻痺してしまっている。

 しかし、構っていられない。ケイトは、すかさず左の刀を左斜め下から斬り上げた。すぐに切り返してきたシルクの大太刀と、刃がぶつかり合う。

 一瞬だけ刃を押し合い、互いに弾かれたように刀を引き、また振り回した。刃がぶつかり合い、火花が幾度も散る。乾いた音が何度も重ねられ、しばらく辺りに響き渡った。

 ――このままでは、勝てない。

 激しく打ち合いながら、ケイトは内心で舌打ちした。受ける一撃の重さは、シルクの方が段違いに重い。打ち合うだけで、こちらの握力は確実に失われつつあった。右の方は回復したが、今度は左が痺れ、感覚がほとんどなくなってしまっている。

 ただ闇雲に打ち合っても、勝機は薄れるばかりだ。ならば、余力が残っているうちに、渾身の一撃を決めた方が良い。

 そうと思い定めたら、ケイトの行動は早かった。微かに残る左手の感覚を頼りに、シルクの大太刀の一撃を弾くように振るう。

 思いがけず強い攻撃だったからか、シルクの攻撃が一瞬だけ止まった。ただ、一瞬だけだ。すぐに振り抜き、左の刀は叩き落された。

 だが、十分である。シルクが振り抜いたのとほぼ同時に、ケイトは残った右の刀を思いっ切り突き出した。狙いは、喉元。

「ちっ!」

 毒づいたシルクが、恐るべき反応で大太刀を切り返してくる。

 二つの刃が、陽光を照り返しながら、ぶつかることなく交錯した。そして、切っ先がぴたりと止まる。

 一つは相手の喉元に突きつけられ、もう一つは相手の首筋に当てられていた。

 束の間、お互いに睨むように視線を交わし合う。

「……まあ、こんなものか」

 先に瞳を伏せて視線を外したシルクが、大太刀を収めた。いくらか満足したのか、口元に笑みが浮かんでいる。

 対してケイトは、緊張が解けてその場に座り込んでしまった。刀はそのまま手離してしまい、地面に乾いた音を立てながら転がり、姿を消した。

 荒い息を吐きながら、ケイトはシルクを見た。微かに掻いた額の汗を指で拭ったシルクが、涼しい顔をしながらこちらに笑みを向けてきていた。

「ほぼ相打ちか。良い反応をするようになったね、ケイト。実戦感覚は、もう十分研ぎ澄ませただろう」

 笑いながら言うシルクに、ケイトは苦笑で返した。

 確かに、体は思った通りに反応してくれる。だが、相打ちだったかと言われれば、ケイトは首を捻るしかなかった。あのまま本当に攻撃を続けたとしたら、果たしてどちらの方が先に刃を届かせられたのか。ケイトは、自分の方が速かったという自信はなかった。

 ともあれ、実戦感覚が戻ったのは事実だ。これで、いつでもヘイズ湿原へと向かうことができる。

「まったく、逸るんじゃないよ。今日はゆっくり休んで、出発は明日の朝だよ。今から気を入れても、疲れるだけだからね」

 ケイトの気持ちを読んだかのように、シルクが苦笑交じりに言った。

 図星を衝かれて思わず体をびくりと震わせ、ケイトはごまかすように苦笑いを浮かべては、別の話題を口にする。

「そういえば、シルクも裁縫道具の道具使いなんだよね? でも、使ってる武器は一本の刀だけど」

 裁ち鋏が武器のモチーフならば、ケイトと同様に二刀流のはずである。しかし、シルクが使っているのは、普通より少し長い大太刀だ。

「ああ、これかい。私の武器も、最初はお前と同じ二本の刀だったんだけどね。どうも慣れなくて、一本に纏めたんだ」

「纏めるって、そんなことができるの?」

 意外な言葉に驚きを交えて言うと、シルクが笑みを浮かべながら頷いた。

「そりゃあ、共鳴道具はユーザー能力の一部だからね。具現化させる際に、特性をそのままに自分の使いやすい形に想像し、作り変えることは可能なのさ。私は、二刀の力を一本に纏め、今の形にした。長刀の一刀流の方が、感覚的にやり易かったしね」

「へえ……。それって、僕にもできるのかな?」

「お前どころか、誰だってできるよ。何たって、想像の力なんだから」

 やってみな、と言わんばかりに、シルクが右目を閉じてウインクしてくる。

 ケイトは両眼を閉じて意識を集中し、頭の中に自分の武器を思い浮かべた。二本の刀と、針を模した槍。メインとなる得物は、これらだ。その二つを、頭の中で合わせる。モチーフは刀のままで、そこに槍の持つ性質を重ね合わせていく。縫い付け、繋ぎ、紡いでいく力。それらが刀に集い、新たな姿を形作っていく。

 頭の中でその姿がはっきりと見えた時、ケイトは目をカッと開き、刀を具現化した。

 二本の刀が、それぞれの手に握られる。刀身が、黒と白の二色で彩られた、これまでとは違う刀だ。柄頭の方に小さな穴が開いていて、糸を通すことができるようになっている。

「へえ、針の槍を掛け合わせたのかい」

 すぐに理解したのか、シルクが物珍しげな眼をしながら言った。

「わかるの?」

「まあね。確かに、いちいち武器の出し入れをするのは面倒だし、いい感じかもね。ただ、リーチの違いだけは頭に入れなきゃいけないよ」

「わ、わかってるよ」

 少し膨れながら、ケイトは言った。そんなことは、シルクに言われなくてもわかっている。槍と刀の戦い方が違うのだって、ちゃんと理解している。

 その思いが慢心だと言わんばかりに、シルクが呆れたように溜息を吐き、一発拳骨を振り下ろしてきた。頭を打つ物凄い音がして、ケイトは思わずうずくまる。

「いったぁ……!」

 あまりの痛みに、ケイトの慢心はたちまち掻き消された。

 痛みに堪えながら顔を上げると、苦笑したシルクがこちらを見ていた。わかったか。そう言っているような気がして、ケイトは頭を押さえながらも大きく頷いた。

 満足そうに、シルクが頷く。

「ほら、行くよ」

 差し伸べられた手を取り、ケイトはゆっくりと立ち上がって後を着いて行こうとする。

 瞬間、どこかから荒い息遣いと足音を聞いて、ケイトは足を止めた。

 シルクもそれに気づいたのか、少し怖い顔をしながら音の方へと顔を向ける。ケイトも、ほぼ同時にそちらへと目をやった。

「なっ……!?」

 思わず、驚きの声が漏れた。

 視線の先には、虚ろな目をしながらふらふらと歩いて来る少女の姿があった。顔は所々が茶色く汚れ、着ているものも土埃に塗れている。それ以上に目を引くのが、ボロボロになった足だ。彼女は裸足であり、それは赤黒く汚れていた。素足のまま長い距離を走って傷つけたのか、それとも何かあったのかはわからないが、とにかく少女が只事ではない何かに巻き込まれていただろうことは、容易に想像できた。

 その少女が、虚ろな目をこちらに向ける。

「クロ、ウ、ズ、さん……」

 途切れ途切れの言葉を呟いたのと同時に、少女は糸が切れたようにその場に倒れ込んでしまった。

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