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12. はい、私が不審者です


 初等部で会えなかったから、高等部入学まで待たなければならないかと思っていたのだけど。

 今、目の前にいる。私の好きな人、『クラスメイト』。


「顔色が悪い。休まれた方がいい」


「あ………」

それきり私は言葉が出てこなかった。

目の前に私の最推しがいる。


現実に、生きてる人間として。


「アリスお嬢様、どうなさいました?」

私の異変に気づいた給仕が声を掛け、その人が私に向かって問いかけた。


「貴女は、ルテール公爵令嬢?」

「……あ……」


うなずくのが精一杯だった。推しを目の前にしたオタクは語彙を失うのだ。まして、抱きかかえられてる状態で、まともな思考など出来ない。挙動不審じゃないだけ誉めてほしい。


「ご無礼をお許しください」


その人は、そう言うと、片手を私の両膝の下にいれて持ち上げた。

(これは……お姫様だっこ……?)

私の思考は完全に停止した。


近くの使用人に休める場所がないかと聞いていた。

(これは……お姫様だっこ……)


玄関ホールは噴水もあるし、簡易なソファもある。外の風も入ってくるし、そこがいいだろうと会話している。

(これはお姫様だっこ……)


痩せているとはいえ、それなりに体重はあるし、ドレスだって重たいはず。それを軽々と抱えて、その人は広間から玄関ホールへ続く大階段を下りていく。

(これはお姫様だっこ)


玄関ホールのソファに私を下ろすと、跪いた。


「ルテール公爵令嬢、本日はお誕生日おめでとうございます。お疲れなのでしょう。少しお休みください」


視界の端にリラが走ってくるのが見えた。誰かが呼んだのだろう。


「侍女が来たようですね。では私はこれで失礼します」


リラが立ち去るその人に御礼を言い、私の方へ駆け寄ってきた。


「これはお姫様だっこーーー!?!?!?!」

私はリラの手を握って叫んだ。

急に叫ばれてびっくりしたリラが、お疲れなのですね、と言っていたが、それどころではない。


「お嬢様、動いてはなりません!」と言うリラの制止を手を振りほどいて、私は追わずにはいられなかった。


(は?は?何?めちゃくちゃかっこよかったんだけど、何?何あれ?)


力強く支えてくれた手。礼儀正しい振舞い。

清廉な人柄が垣間見える落ち着いた声。

実直さを感じるその仕草。


騎士の服を着ていた。でも礼装ではなかった。ということは任務中。多分、招待客ではなく、誰かを迎えに来たのだと思う。


すでにその人はどこにもいない。

私はドレスの裾を抱えて迷わず車寄に出る。

警備係の誰かが「アリスお嬢様?」と声をかけていたが、そのまま通りすぎた。ドレスが汚れて怒られても構わない。絶対探す。

たくさんの馬車が並ぶ中で、光りがゆらめいて影が動いた。

暗い中、ランタンの灯りを足元にして、今から馬車に乗ろうとしている白髪の御老人の姿が見える。

そして、何か会話しながら微笑んで、御老人の手をとるその人。


「お待ちください!」

突然声をかけられ、その御老人が驚いた顔をして振り返った。

昨年までは国璽尚書を務めていたフランドル伯爵だ。勿論、先ほどお祝いの言葉も頂いたし、内務卿である父とは仕事での縁もあり仲が良かったようで、うちで何度かお会いしたこともある。


「おや、公爵令嬢。このような老人をお見送りくださるとは光栄ですな」

「……本日はありがとうございました」

突然話しかけてしまったが、言葉につまり、とりあえず今日の御礼を言った。


「いえいえ、よい冥土の土産ができました。ラファエル殿下と貴女でしたら、きっと素晴らしいご夫婦におなりでしょう」


「いえ。わたしは王太子妃になんかなりたくないです」


「おや、お似合いだと思ったのじゃが。他に好いた方でもおられるのかな」

フランドル伯爵は冗談のつもりで笑っているのだろうが、私は本気で言っている。必死だった。一歩下がってランタンを手にもっているその人に向かって私は言った。


「あの、先ほどはありがとうございました。突然すみません。お名前を教えてくれませんか?」

「え、俺ですか?」

会話の外にいると思っていたのだろう。その人は驚いた様子で息を飲むと、一呼吸置いて言った。


「……私はエリアス・アヴェーヌと申します」

「親戚の子で、今日は護衛のためついてきてくれたのだよ」

「エリアス……」


やっとわかった。名前。

『クラスメイト』じゃなくて、その人の名前。存在。

生きてる。

フランドル伯爵の親戚……。

この世界に生きてる……。



「私はずっとあなたを探していました!」


その言葉に、エリアスもフランドル伯爵も顔をこわばらせていた。


(はい、やらかしたー!変な女だと思われたー!私のバーカバーカ!もっと言いようがあるでしょうに!)


フランドル伯爵が警戒するような低い声で聞く。

「エリアスと会ったことがあると?」

「いえ、はい。一方的に……なんです……けど」


「人違いではありませんか?」

エリアスがそう言った。完全に不審人物を見る目だ。


(私が不審者です。本当にごめんなさい。第一印象最悪だ。しにたい……)


「まるで恋人を探してるような口振りじゃが、もし先ほど介抱したことでエリアスが気になっておられるなら、それは勘違いだと思われよ」


フランドル伯爵が強い口調で言った。おそらく、訳のわからないことで引き留められて不愉快なのだろう。


「あなたは公爵令嬢。王太子殿下の正妃の第一候補。火遊びの相手が欲しいなら他を当たってくだされ。わしの大事なエリアスは『王妃の愛人』には向いておらんよ」


フランドル伯爵家の馬車が出ていっても、私はそこに立ち尽くしていた。



探していたなら人違い

恋をしたなら勘違い

そう言われた

最悪だ




「アリスお嬢様、皆様が心配しておいでですよ」

カーラが探しに来てくれた。勝手に涙が溢れてきたから、私より少し背の低いカーラの肩を借りて、少しの間泣いていた。



落ち込んでますが、すぐ復活します。次は、【13. 昼下がりのマルシェで再会したけど事件です】です。月曜更新予定です。よろしくお願いします~。

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