11. 私はあなたを探していました!(引きが長すぎる件)
ラファエル様の舞踏は華麗。指先まで美しい。とても上手だから、リードが心地好い。
贅沢な寄せ木細工の床の、ほんのわずかな段差に躓かないように必死になっていると、不意にラファエル様が顔を寄せてきた。
「上手く踊ろうとせずに、音楽を楽しめばいいよ」
(ああ……優しくて気遣いのできるいい人だ……そのままスクスク育ってください)
「はい、ラファエル様。楽しみますね」
笑顔でそう答えた私に、ラファエル様は満足そうに微笑む。
弦楽器に管楽器が加わり、テンポがあがっていく。壮麗な音楽に、自然と体が弾む。映画でしか見たことない『舞踏会』に、私は次第に陶然としていった。
―――すっかり舞い上がってしまった私は気づいていなかった。会場の視線が、羨望と嫉妬が渦巻くどす黒いものに変わり始めていた事に―――。
「王太子殿下と公爵令嬢の、事実上の婚約発表みたいなものよね、これって。お互いの両親も揃った場で。さぁて、この中で、純粋にお祝いしてるのは何人かしら?少なくとも貴方は複雑なんじゃないの、オスカー?」
ブラックタイの細身の夜会服も着こなして、立ち居振る舞いもまるで別国の王子様のようなサシャがオスカーに話しかけた。
「お、おまえ、今日はてっきりドレスだと……」
「あらやだ。私だってアリスちゃんにダンスを申し込む権利があるのよ?忘れてたー?」
長く淡いブロンドの髪はゆるくそのまま流して、気づかれない程度の化粧をしている。背が高いのでまるで流行りの舞台俳優のようだ。
「サシャ、お前なぁ……普段とのギャップありすぎるだろ、それ」
「どうしたの?アタシが男前過ぎてイケナイ恋に落ちそう?」
「ふっざけんな」
「ぼやぼやしてるとどんどん先を越されるよ」
サシャとオスカーが話している横を、アレックスが通り抜けていった。今日は軍服を着ている。
ラファエルと踊り終えたアリスに、すかさずアレックスが次のダンスを申し込む。
「アレックス、今日は騎士団の礼装なのね」
「父も一緒だからね。仕方ないんだ。堅苦しくてごめんよ」
そう言いながらアレックスは左手は腰のレイピアに触れたまま、右手でアリスの手を優雅とって音楽を待つ。
「とても似合ってて格好良いよ、アレックス」
「ありがとう」
(事実です。カッコイイです、とても。スチルに軍服はありませんでした。ありがとうございますありがとうございますー!)
「アレックスって、抜け目ないよねぇ」
次点を取るなんて、ほんとちゃっかりしてるわぁ~~とサシャが言い、ぼんやりしているオスカーを置いて立ち去った。
恥ずかしそうに壁際に一人で立っているご令嬢に、次のダンスを申し込みに行ったようだ。花のように笑うご令嬢の手をとり、サシャもダンスの輪に加わる。
あれはダンピエール伯爵令嬢ルイーズだ。エヴルー侯爵の孫娘で、もう一人の王太子妃候補。
……サシャだって抜け目ない。
ぽつんと一人になったオスカーは、次々と華麗なステップを踏むアリスに見とれていた。
アレックスの次はリュカ。二人とも難しい曲も踊りこなしている。どれだけ練習したのか。どれだけ努力すればあんな風に堂々と踊れるのだろう。
(うおぉぉ、自分で自分の足を踏みそうになったぁぁ!)
私は背中に冷や汗をかきながらダンスしていたのだが、オスカーは知るよしもない……。
難しいステップはリュカが巧みにリードしてくれている。
「ありがとう、リュカ」
小声でそう言うと、眼鏡の奥でアイスブルーの瞳が煌めいた。
「上達したね、アリス。とても綺麗だ。でも顔がひきつってる」
そう言って仕方ないなと少し笑う。
パートナーがリュカじゃなかったら、いっぱい踏んでたな、と目が回りそうになりつつ、私は意地と勢いでダンスをこなしているのだから。
四曲目に私の前に現れたのは、見たこともない貴公子だった。
(うっわーー!格好良い~~誰?……ん?)
「アリス姫、次は私と踊ってくださいませんか?」
聞き覚えのある声。妖艶な流し目。
「サシャ?!」
「どう?今日のアタシ。惚れ直した?」
「うん!いつものサシャも素敵だけど、今日のサシャも格好良いよー!」
私がニコニコ笑うと、サシャは苦笑した。
「のんきなお姫様ねぇ」
「え?」
「そんな事言ったら、男は皆その気になっちゃうわよ」
そう言ってサシャは私の手をとり、ダンスを始める。流れてきたのは手拍子したくなるような軽やかなポルカ。サシャにぴったりだ。
明るいリズムにのりながらサシャが囁く。
「今、ラファエルと踊ってるご令嬢、見える?」
「ええ。どうしたの?」
「あれがエヴルー侯爵の孫娘、ルイーズ嬢よ」
「ああー……」
ダンピエール伯爵令嬢ルイーズ。今のところほとんど接点は無いが、本日めでたく社交界デビューした私は、これから会う機会も増えるだろう。
「さっき踊る前に少し話したんだけど」
「うん」
「あれは本物のお姫様だわ」
深窓のご令嬢。穏やかで争いを好まず、お洒落好きで可愛いものが好き。ラファエルがアリスのエスコートをした事についても「あでやかで華やかで、とてもお似合いでしたわね」と無邪気に微笑んだという。
「ルルちゃんはだいぶ手強そうね~」
そう言い残し、ダンスを終えたサシャが一礼した。
踊り続けて疲れてきた所に、両親から声が掛かる。
給仕たちがカクテルやビスケット、ケーキなどの軽食を運んできたが、私は休憩など出来ない。主な貴族への挨拶回りの始まりだ。
まずはもちろん国王陛下と王妃様。
続いて、家族ぐるみで親しくしているノワイユ侯爵。
オスカーの姿がずっと見えないのが気にかかったが、舞踏の輪にいるのかもしれない。人が多くてわからなかった。
序列から、次はエヴルー侯爵だ。
白髪に碧眼の初老のエヴルー侯爵は、鋭利な目で私を見つめている。
見るからにこの上なく不機嫌そうだ。
私のエスコートが王太子殿下だった事と、それに続くキスが気に入らないのだろう。
一緒にいる長男のダンピエール伯爵も苦々しそうな顔をしている。
(あらら……怖い。でも心配しなくていいのにね。私は王太子妃になるつもりはないのだから)
エヴルー侯爵は、私に向かって何か言いたそうにしていたが、誕生日のお祝いを述べただけで、特に荒事もなく挨拶は終わった。
エヴルー侯爵家も建国からの名家だが、ここ最近は一族からの国母もおらず、王族からの降嫁もなく、権勢にやや翳りがある。だから、孫娘を正妃にして、宮廷内での権力を取り戻したいのだろう。
(女は道具じゃないですよ?ルイーズ嬢がラファエル様のことを好きならいいんだけど……そんな感じでもなさそうだし……)
それから親族のクーベルタン侯爵。叔父と叔母の顔をみたらほっとした。そのまま、他の親族と共に一休みしていると、頃合いをみてお母様が呼びに来る。
今度は挨拶を受けるのだ。
(えええええ、ここで座っていたい……だいたい舞踏会って夜遅くに始まるからもう眠いし)
だが、逃げられない。私の誕生日パーティなのだから、今日だけは仕方ないと思い、我慢して笑顔を作っていた。
日付がかわる頃、ようやく主だった貴族への挨拶もすみ、ご年配の方の中にはそろそろ帰られる方もいる。残るのは遊びたい若者と、結婚相手を見繕いたい未婚者だ。
私は、色々な方とも踊り、それはそれはもう神経を消耗して、立っているのもやっとだった。
(頭がぐらぐらする……部屋に帰りたい。てゆーか眠い)
先日、ラファエル様がいるにも関わらず大騒ぎしたかいもあって、マーゴはコルセットをゆるくしてくれていたけれど、やっぱり長時間は苦しいし疲れる。
外に出ようかな、と広間を出たら気が弛んだのか、めまいがした。
よろめいた私を誰かが抱き止めてくれた。
「大丈夫ですか?」
その声の主を見て、私の心臓がはねあがった。
整った上品な顔立ち、黒髪に緑の瞳。
ずっと探していた人がそこにいた。
次は【12. はい、私が不審者です】です。金曜更新予定です。よろしくお願いします~




