13. 昼下がりのマルシェで再会したけど事件です
勝手に外に出てドレスを汚した事を酷く叱られてしまい、私は先に下がることになった。
「仕方のないお転婆姫ですこと!こんなに泥だらけになって!全くもう!これでは広間には入れませんよ!」
さっきまでは叱られてもいいと思っていたが、落ち込んでいるところに追い打ちをかけられたようで、また泣きたくなってきた。しんどい。
「まあまあ、クロエ。陛下ももうすぐ帰られるし、アリスはこのまま休みなさい」
「申し訳ありません。お父様、お母様」
リラとカーラに裾を持ち上げてもらい、自室へ戻ろうとした時、広間から出てきたラファエル様が私を呼び止めた。
「アリス、倒れたと聞いたが……」
「大丈夫です。ラファエル様が汚れてしまいます。私に近寄らないでくださいませ」
「いや、構わない」
ああ、この王子様はきっと私を抱きかかえてくれるだろう。
それだけは嫌だった。今は。
「いいえ!」
私が大きな声を出したので、両親もリラもカーラも驚いている。
「いいえ、ラファエル様。私のせいでラファエル様のお召物を泥で汚してしまっては、私は恥ずかしくて明日から外へ出られませんわ。私の事を思ってくださるなら、どうかこのまま下がらせてください」
「わかったよ、アリス……」
私は精一杯微笑んで、自室へ下がった。
湯浴みをすませてベッドに潜り込む。遠くにいても広間のざわめきは聞こえてくる。舞踏会は未明まで続く。
(あーあ……ごめんなさい、お父様、お母様、みんな)
疲れていた私は、意識を失うように眠ってしまった。
舞踏会の翌日は、昼過ぎまで皆起きてこない。使用人たちは勿論交代で働いているが、父も母も、兄弟も、まだ寝ているだろう。いや、兄は読書しているかもしれない。
私はというと、リラとカーラが起こしにくるまで、布団の中で目を覚ましてからずっとめそめそしていた。
(あああああ!!!私のバーカバーカ!!!いや、バカなのはわかってたけど、つらい!!!)
昨日の記憶を反芻すると後悔しかない。
食堂に行くと、兄マクシムと弟ジュリアンが楽しそうに話をしていた。私に気づくと二人とも立ち上がって駆け寄ってくる。
「おはよう、アリス。まだ顔色が悪いね」
「お姉様、大丈夫?」
ジュリアンが下から覗きこんでくる。
私はうつむいたその角度のまま、ジュリアンに答えた。
「大丈夫よ、ちょっと疲れがとれないだけ」
お兄様がそっと私の髪に触れた。
「アリス、軽く食べるといいよ。今日のスープは特に美味しいよ」
優しい声で促して、私を席まで連れていってくれる。
(うう、優しさが沁みる……)
遅れてお父様もやってきた。お母様はまだ休まれてるそうだ。
「アリスも今日はゆっくり過ごしなさい」
父に言われ、私はスープでパンを無理矢理飲み込むと自室に戻った。
リラも昨夜は働きづめだったので、休むように言った。
ベッドで寝ている私を気遣うように、カーラが静かにお茶の準備をしてくれている。
どんよりしている私に、カーラが言った。
「あの……アリスお嬢様、お散歩でもどうですか?」
リラに遠慮して、自分から何かを言うことはほとんどないカーラが、私に提案するのは初めてかもしれない。ベッドからおりてカーラのいるソファまで歩いた。
「私、下働きしていた頃、よくお使いに行ってました。今日はマルシェがあります。下町ですが、気晴らしにどうでしょう?きっと楽しいですよ」
カーラはもしかしたら、一部始終聞いてたのかな……。単に疲れてるだけじゃないと解って元気づけようとしてるのかもしれない。
「行ってみようかな!」
部屋にいても鬱々としてるだけだろうから、出掛ける事にした。
下町に行ってもおかしくないよう、エプロンワンピースを選んでみた。歩きやすいように編上げブーツを履く。豪華なドレスも楽しかったけど、動きやすい格好の方がやっぱり自分らしくていいなぁと思っていた。
執事のルベンに徒歩で出かける事を告げると驚かれた。
カーラはいつも歩いていたらしいので、私も同じルートを歩いてみたかったのだが、どうしてもとルベンが言うので、城門までは馬車を使った。マルシェは城門の外にある。
先の戦争で、外にさらに砦と塀が作られているので、もとからあった城門を内門、新しい方は外門と呼ばれている。貴族が内門から外へ出ることは滅多にない。
馬車が王都の城門を入る際に税金をとられるので、行商人は平民向けに内門と外門の間でも商売をしており、カーラはお使いで何度もここに通ったという。日曜日のマルシェは、さらにたくさんの屋台も出るので、お使いついでにそれを楽しんでいたらしい。
昼下がりのマルシェ。港から運ばれてきた魚介類。見たことないような鮮やかな色の魚もあれば、鯖や鯵などに似た馴染みの魚もあった。隣国から輸入されたという果物は店先に積み上げられて、こぼれ落ちそうなのに絶妙なバランスを保っている。たくさんの花を売る店や、小物やアクセサリーのお店もある。
貴族街にはない賑やかさで、街は活気に溢れていた。
「すごい。すごいね、カーラ」
「こっちですよ、お嬢様。あそこの屋台のお菓子が美味しいんです!」
カーラが屋敷の中では見せないような、年相応の笑顔で私に手をのばす。友達といるみたいで、とても楽しかった。
少し固いけど甘くて美味しい焼き菓子。フルーツのフレッシュジュース。呼び込む声はひっきり無しで、値切る声や笑い声が飛び交っている。
二人で手を繋いで、人混みをすり抜けて行った。
カーラは小柄だがすばしこくて、巧みに人を避けている。すごいなぁと思っていると、私の前を歩いていたカーラが「揚げパンも食べませんか?」と笑顔で振り返った。
しかし、次の瞬間、カーラの表情が変わった。はっとしたように口もとに手をやる。どうしたんだろうと思っていると、私の背中に誰かがぶつかってきた。
「すみません」と言ったその人はエリアスだった。
「ルテール公爵令嬢……」
「エリアス……?」
帯剣しているが平服を着ている。洗いざらしのシャツに黒のベストがよく似合っていて、私はまた思考回路が停止しそうになった。
(普段着も……かっこいい……)
だが、眉を寄せて見下ろされた。完全に不審者を見る目だ。
「なぜ、こんな所に……」
(ストーカーだと思われてるーーー!!!)
「失礼します」
「昨日はごめんなさい!」
私とエリアスの言葉は同時だった。踵を返して立ち去ろうとするので、思わず袖を掴む。
「何を……」
睨むような目にひるんで手を離した。
「ごめんなさい……謝りたくて」
「結構です。失礼いたします」
(ヒィィ……塩対応すぎる。しにたい)
その時、内門の方から馬の嘶きと子供の悲鳴が聞こえた。
悲鳴のした方を見ると、小さな男の子が頭から血を流してぐったりしている。その子の傍らで女の子が泣き叫んでいた。
馬車に跳ねられてしまったようだ。私は飛び出して駆け寄った。
「大丈夫?!」
呼び掛けても倒れている男の子には意識がない。頭をうったらどうするんだっけ?動かさない方が良かったよね?
「誰かお医者様を呼んでください」
私がそう叫ぶと、馬車の中から男性の声がした。
「貧民の子供などどうでもいい。馬車を出せ」
馬車に家紋があったので、貴族なのだろう。
……この世界では、貴族はそんなに偉いの?
下町の雰囲気が楽しかっただけに余計、それを簡単に壊そうとする貴族に心底腹が立った。
「まず馬車から下りなさいよ!手当が先でしょう?」
「早く馬車を出せ。急げ!」
その指示に御者が、まず私を追い払おうと鞭を振るった。
上の者が小物だと部下も簡単に卑劣な事が出来るらしい。
鞭が降り下ろされる速度に、避けきれないと判断して男の子を庇うことにした。
だが、その鞭は私には届かず―――
エリアスの剣の一閃に両断された。
洗練された、無駄のない動きで。
それと同時にカーラは馬車のドアを開けて、ひらひらした襟の服を着た男の首元に短剣をつきつけている。こちらも、驚くほど俊敏に。
二人の動きに目が追い付かず、びっくりしていると、それは集まっていた野次馬たちも同様だったようだ。成り行きを見守る周囲の人間の、息を飲む音が聞こえた気がした。
次は【14. 意外な場所で、意外な人物が、意外な事をしてる】です。本当にのんびり更新なのに、見てくださり、いつもありがとうございます。水曜更新予定です。よろしくお願いします~。




