14. 意外な場所で、意外な人物が、意外な事をしてる
エリアスがその貴族の顔を見て言った。やや嫌悪の含まれた言い方だった。
「エーメ男爵ですか……」
「……な、なんだ貴様ら」
エーメ男爵と呼ばれた青年は、カーラの持つ短剣を見て顔色を失っている。
「確か、金で爵位を買った新興貴族の方ですね。こちらにおられるのは、ルテール公爵家のご令嬢。無礼ですよ」
刃を突き付けたまま、カーラが言う。
「こ、公爵?公爵令嬢がこんな所にいるわけない!!」
(ああ、某時代劇のようなテンプレのセリフ……)
「カーラさん、エリアスさん、やっておしまいなさい」と言いたかったがやめた。印籠持ってないし、子供の方が心配だったので。
そこへ数人の憲兵が来て、周りの人達が「歩道に馬車が乗り上げた」「そのまま逃げようとしやがった」など口々に事情を話し始めた。そちらは任せて私は医者がくるのを止血をしながら待っていた。呼吸はしているが、顔色はどんどん悪くなっていく。
「僕が手当するよ」
フードを被った長身の男性が群衆を割るようにして立っていた。声も仕草も若い。
それを聞いたエリアスは剣をおさめ、フードの男性の指示に従って慎重に子供を抱き上げる。
周りの人たちに案内されて、ベッドを提供してくれるという近くの家へ入った。
フードの男性は子どもを質素なベッドに寝かせ、ひざまずいて様子を見ている。
お医者様?それにしては道具もなにも持ってないような。
おじいちゃん先生が診察カバンのようなものをもって往診しているイメージだったので、不思議に思った。
そうっと覗き見るとフードからこぼれるダークブロンド。
―――そこにいたのはガブリエルだった。
「大公……」
ガブリエルが黙るように口元に人差指を立てる。
「じゃあ、手当を始めるよ。大丈夫だから」
横で泣き続けている女の子に優しく言って、ガブリエルは男の子の頭に手をかざした。
部屋の中に風が舞う。ガブリエルの手に向かって流れ込む風。いやこれは、空気中の水蒸気?
ガブリエルは光る水を操っていた。
あんなに白かった男の子の顔色は、血色を取り戻してピンク色だ。ガブリエルが傍らに付き添う少女に向かって言う。
「少し寝かせてあげて。しばらくしたら目を覚ますよ」
「ありがとう、ガブ」
どうやら、少女とは面識があるらしい。少女が家人に促されて休憩するために部屋を出たあと、私は少し逡巡しつつ質問した。
「……ガブリエル、あなた……魔法が使えるの?」
さっきのは、どうみても、キラキラした不思議な力。癒しの水の力。
「秘密にしといてね」
普段と全然違う柔らかい雰囲気に私は悟った。この人は、ずっと演技をしていたのか。
「私は、あなたを誤解してたみたい」
「出来れば忘れてくれると有り難いな。社交界で会ったらいつも通りに接してほしい。ところで、隣の君は……?」
ガブリエルが私の隣に視線を移したので、エリアスが短く自己紹介した。そこでわかったのだが、エリアスはやはり準貴族だった。
「エリアスくんも黙っといてね」
「あと君も」
入り口に立っていたカーラに向かってガブリエルが言う。
カーラは返事をしなかった。
「うん、まあ君は、アリスの侍女兼護衛なんだろうね。報告しないわけにはいかないか。では、ガブリエルという若者に会いましたと言えばいい。ガブリエルなんて名前、ありふれてる。アリスが気づいた僕の身分だけ伏せてほしい。どうかな?」
カーラは躊躇いながらうなずいた。
ガブリエルが案内してくれた安レストランへ入る。狭くて賑やかで、びっくりするほど安くて美味しいお店だった。ガブリエルもフードを取って、長い髪を後ろに結びワインを片手にリラックスしている。その横に座ったエリアスは水を飲んでいた。
「お嬢様のお口には合ったかな?」
「うむ。うむ」
ガブリエルに聞かれて、もぐもぐしながらうなずいたので、向かいのエリアスが笑っていた。
(しまったー!恥ずかしい!……てゆーか、笑うと可愛い……。今まで不審者を見る目でしか見られてなかったからなー……)
「まあ、メニューに子羊の赤ワイン煮込と書いてあってもたいてい牛なんだけど、そこはご愛敬だよね」
そして、ワインを飲みながらぽつりぽつりとガブリエルが話してくれた。
「……やることないんだよね。離宮にいても」
離宮に閉じ込められて、ちょこちょこ抜け出しても、別に誰も咎めなかったそうだ。なぜなら、ガブリエルが外で危険な目に遭おうが、どうしようが、どうでもよかったから。大切だから守られてたんじゃなくて、ただ、隠されていただけの存在。
「はじめは、息抜きだった。でも、いつの間にか下町に友達がたくさん出来た。僕の力の事を知っても黙っててくれる友達がね」
私はガブリエルの話を聞きながら、子羊(※牛かも)の赤ワイン煮を食べ終わって、そのソースをつけてパンをおかわりしていた。このお店は追加料金を払えばパンが食べ放題なのだ。今日は勿論コルセットなどしていない。思う存分食べていた。
「下町を外れると貧民窟がある。そこでは病気や怪我をしても手当すらしてもらえない人がいる。ましてや、働き手でない子供たちは後回し。その子供たちを手当てしていた。そして必ず秘密にしてもらっていた」
ガブリエルはそう言ったが、私はベッドを貸してくれた町人、街の皆は知ってるのではないかと思った。
きっと、貧民窟や下町の人間は本当は知っている。知っていて知らないふりをしている。お飾り大公殿下が自分たちの近くにいて、見守ってくれているのだということを。
私がそう言うとガブリエルは否定した。
「そうだとしても、完全な自己満足だよ。王宮では誰も僕を必要としていない。でもここでは僕は役に立つ存在。そういうこと」
さて、と言ってガブリエルが立ち上がる。
「さっきの男の子の様子を見てくるよ。そろそろ目を覚ます頃合いだ。話せて楽しかったよ。アリスもカーラも、ここでよかったらまた奢らせて。ところでエリアス、君は……。いや、何でもない。また会うかもしれないね」
ガブリエルはフードを被りなおして先に店を出ていった。
「お嬢様、そろそろ私たちも帰らなければ」
「そうね」
その店はナプキンすら置いてなかったので、カーラが手持ちの布巾を差し出してくれた。
店の外に出ると、もう夕暮れだが、まだまだ街は賑やかだった。
「エリアス、ありがとう。助かりました。でもお買い物の邪魔したのでは?」
私は御礼と一緒に、ずっと心配していたことを口にした。あの時、騒動に巻き込んでしまったけど、迷惑だったのでは、と。
「いえ、公休日で、妹に何かお土産でもとぶらついていただけですので」
「妹さんがいるの?何歳?」
(はい、新情報ゲットー!妹有。つくづく私は優しいお兄ちゃん属性に弱い……)
「8歳です」
「なら、アクセサリーも喜んでくれるかも」
カーラが手荷物の中から、貝殻と真珠のついたネックレスを出していた。カーラも同じことを考えていたみたいだ。形の悪い小さな真珠だから、安物なのだけど。
「これを妹さんに差し上げて。今日のお礼だから受け取って。勿論、危ないところを助けてもらった御礼は後日しっかりさせて頂くから」
「とんでもないことです、公爵令嬢。私のことは捨て置きください」
「でもこれは受け取って」
私が差し出した手を動かさなかったから、根負けしたようにエリアスは小さなネックレスを受け取って、「可愛いものが好きだから、きっと妹もよろこびます」と言い、大事そうに袋に入れてポケットに仕舞った。
「……今日は色々と驚きました。ルテール公爵令嬢は、高慢で冷たいとの噂でしたが、噂は信用ならないものですね」
エリアスが初めて私の顔をまっすぐ見てくれた。
「え?」
「貴女は優しくて勇気があります。……でも危なっかしい」
エリアスが私に向かって笑ってくれた。
(いま、誉められた……?ほめた?ストーカーからちょっとは進歩した?)
私は古典的手法に出ることにした。
「あの!私と文通してください!!!」
「……え……???……文通???」
突拍子もない私の発言に、カーラも驚いていた。
次は【公爵令嬢の書簡】です。ちょっと閑話です。そのあとは【15. 校舎裏に呼び出される公爵令嬢】で学園に戻ります。次回は金曜投稿予定です。のんびりですが、よろしくお願いします~。




