ちかくてとおい
ロザリア王女が何を考えていたのかなんて、僕にはさっぱりわからない。
髪を染め、地味なドレスを着てまでして舞踏会へとやってきて、一週間避け続けてきた僕の手をとり、最初の一曲だけ踊ったら逃げるように去っていく。
いなくなってしまった王女様を探したってしょうがないのはわかっている。
けれど、それでもこのまま何事もなかったかのようにいられるはずもない。
ロザリア王女。貴女はなぜ、素顔を見せてくれなかったのですか?
そして……どうしてあの後、僕を処罰しないで、ただひたすらに避け続けたのです?
ああ、まったくもう。わけのわからないことばかりだ。
仮面を外し、一人立ち尽くして強くこぶしを握った僕は、王女様が消えていった方へと足を踏み出していく。
最初の一歩から二歩目、三歩目、と、この足は、彼女を探して速さを増しながら前へ前へと向かう。
それからはもう、夢中で彼女を探して回った。
二曲目には『薔薇の髪飾り』が流れていたことは知っていたけれど、それ以外のことはほとんど何も覚えていない。
どんな美しい衣装をまとった女性も目にとまらず、どんな華やかな音楽も僕の耳に入ることはなく、気が付いたら、僕は会場中だけでは飽き足らず、城内までも駆けまわって王女様の姿を求め続けていた。
――・――・――・――・――・――
どれほどの時間、探し続けていただろう。
部屋の中にいるのかもしれない、と諦めかけたその時、僕はようやく探し求めていた王女様を見つけ出した。
いつも彼女がひとり、本を読んでいたあの庭だ。
「踊らないのですか?」
うつむく王女様へ、前からそっと近づいて声をかけると、彼女はぴくりと身体を震わせ、恐る恐る僕の顔を見上げてきた。
「カイル、貴方どうして」
『ここはノースランドではない』と叱られたにもかかわらず、懲りずにまた王女様に近づく僕を警戒したのだろう。
侍女のメリダさんが木陰から現れ、こっちへやってこようとしていたけれど、王女様は右手を前に出してそれを止めていった。
「メリダ、下がっていて」
「ですが、ロザリア王女殿……!」
「命令です。下がっていなさい」
心配して食い下がるメリダさんに、王女様はぴしゃりと言い放つ。
その言葉に観念したのか、メリダさんはまた木の陰へと戻っていった。
「それで、カイル。どうしてここに? いまは仮面舞踏会の最中でしょう」
ベンチに腰掛けながら、王女様は突き放すように話しかけてくる。
どうやら彼女は僕のことを歓迎してはくれないようだけれど、幸いなことに拒絶もしないでいてくれるようだ。
僕は王女様の前で膝まづき、にこりと微笑む。
「僕と踊ってくれた、名前も知らぬ女性を探していたんです」
ロザリア王女はいつものようなツンとした顔で、僕をまっすぐに見つめてきて、深いため息をついた。
「そう。ここにはそんな女、いませんわ」
「そうですか。とても美しい方でロザリア王女殿下に似ていると思ったのですが」
呆れたように王女様は小さく息を吐いて立ち上がり、僕もそれにつられるように立ちあがって、向かい合う。
そして、王女様はいつものようにまた、僕のことを強く睨め上げてきた。
「私はロゼッタの第一王女。幼い頃ならともかく、いまはもう上流の者としか踊りません。周りからも、踊りにしろ、結婚にしろ、相手には由緒ある家系の者を、と望まれています。ですから、その女は私ではありません。貴方はきっと……幻でも見たのでしょう」
ロザリア王女は視線を僕から夜の空へと移し、どこか寂しそうに微笑む。
淡い月明かりは、彼女の金の髪を柔らかく包むように照らし、その前髪にだけ微かに残った、森のような深緑の色を映し出していった。
ああ、もしかしたら僕らの想いは同じなのかもしれない。
自惚れてしまいそうになる一方で『お前とは住む世界が違うのだ』と、そう言われているような気がして。
手を伸ばせばすぐ届く場所にいるのに、不思議とこの距離がひどく遠いものに感じた。




