決着
『それじゃあ、レオン君。これから軍本部に要救助者発見の知らせを送るから迎撃してね』
「同士討ちをさせるつもりか!」
『嫌なの?』
「くっ!」
(拒否権がないのを知っているくせに……!)
「……だが、お前が外にいれば軍は信用しないだろう」
『それもそうね』
(そうだ……そのまま降りて来い……)
最初からレオンは従う気などなかった。なんだかんだ適当な理由を付けて、戦艦・グローリー号へ入り、シャーリーを救出するつもりだった。
レオンの上空には、赤い光が見え始めていた。それはグローリー号が大気圏へ突入し始めたことをレオンに知らせる。
レオンは降下ポイントを割り出すと、機体をその場所へと向かわせた。すこし機体の調子が悪そうに演じながら。
(戦闘……となると、やっぱり今の状況じゃつらいからな)
今の装備では虫は倒せても戦艦を倒すのは一苦労だろう。燃料だって十分ではない。万全じゃない状態で戦いを挑むのは無謀というものだった。
(出会いがしらに艦橋をつぶせばまだ活路はあるが、そうするとシャーリーが……)
空にはグローリー号がゆっくりとその高度を下げていた。大気圏突入を示す赤色の光はすでに消えている。レオンの機体と合流するまでにそう時間はかからないだろう。
「虫たちの戦闘で機体にガタが来ている。軍と戦うのなら、現状じゃ少し厳しい」
レオンはすかさず通信を入れる。だが、一向に応答は返ってこない。
「おい、返事を……」
レオンがうんざりした声でもう一度問いかけようとしたその時だった。
「……!?」
グローリー号から放たれたレーザーは、一直線にレオンが乗るSoar Wingへと向かっていく。レオンは機体を傾け、間一髪のところでその攻撃を避けた。
「いきなり何をする!!」
『機体にガタが来ているなんて、やっぱり嘘だったじゃないの』
「……それを確かめるために攻撃をしたのか……!」
『貴方の命なんて重要じゃない。軍にこの星の絶対的な王は私ってことを知らしめればそれで十分』
「シャーリーを解放しろ!!」
『……はぁ、しょうがないわね』
ヘレナがうんざりした声で返事をすると、グローリー号の発進用ハッチがゆっくりと開く。
(どうしてハッチなんかが……?)
レオンはなんとなくだが、そのハッチから出てくるものの予想はついていた。だが、それを現実だと受け止めるには少しばかりの覚悟が必要だった。
そんなわけがない。レオンはそう自分に言い聞かせるが、その予想が的中していたという事実を思い知らされた。
ハッチから出てきたのは……虫だった。
『ほら、シャーリーちゃんを開放してあげたわよ』
「こ、のっ……!」
操縦桿を握る手からぎゅっと音がする。レオンは怒りに満ちた目で戦艦・グローリー号の艦橋にいるヘレナをにらみつけた。
「この屑がっ!!」
『あら? 私は殺さないとは言ったけど、虫にしないなんて一言も言っていないわよ』
いつもの飄々とした口調で話すヘレナ。それが絶対的な自信から来るものだということはすぐに分かった。
『シャーリーちゃんたちが二度と人の姿に戻ることはない。私が命令すれば、シャーリーちゃんの手であなたを殺すこともできるわよ』
「こんなところで死んでたまるか! お前を殺して、俺達は生きて帰らせてもらうぞ!!」
『貴方は生きて帰れるかもしれないけれど、シャーリーちゃんたちの甲殻は大気圏を突破できるようにはなっていない。それに時間が経てばシャーリーちゃんはその本能のままに攻撃し始めるわ』
「くっ! シャーリーを元に戻す方法はないのか!?」
『私が研究するとでも? 虫になれば私の意のままに操ることができる。一体だけではなく群れもね。統率が取れた昆虫たちほど怖いものはないわ。そんな生物兵器を人に戻す……なんてバカみたいな研究するわけがないわ。もっともこの星にもともと存在していたウイルスがあれば話は違うかもしれないけど、もうすでにここにあったウイルスはすべて変化している。戻す方法なんて永遠に手に入らないわ』
ヘレナの笑い声が通信機から響く。レオンはギュッと操縦桿を握ると、シャーリーをみた。
目は黄色く不気味な様相をしているが、それを攻撃する気は一向に起きなかった。
「シャーリー……」
シャーリーは羽を広げて、レオンの隣を飛ぶ。攻撃する意思は全く感じられなかった。
「むげぬを、るをえ……」
その声を聞いたレオンはようやく理解した。
(そうか、これは鳴き声じゃなくて……言葉だったんだ……)
「お前を助けられなくて……ごめんな」
「ねるえをろすあぎょとあ」
「ごめん……ごめんな……」
『さて、別れの挨拶は終わったかしら?』
「別れの挨拶?」
レオンは鼻で払う。すると、珍しくヘレナの声に怒りの感情が混じった。
『何がおかしいの?』
「別れの挨拶は俺たちがすることじゃない。お前がこの星にいるすべての生き物に対してすることだ」
『私が別れの挨拶を? こんな状況でよくも言えたわね』
「俺は負けない。生きて、いつかシャーリーを元の姿に戻す」
『理想を追いかけて、若いわね。いつか知るわよ、どれほど望んでも、どれだけ努力しても手に入らないものがあるってことを。そんな無駄な時間を過ごす意味、ないわ』
「確かにそうかもしれないな。だが、その過程は次につなげる糧になる。無駄なことなんてない!」
レオンはスピードを上げて、グローリー号へと近づく。
『やはり、あなたとは意見が合わないわね!』
戦艦の砲門がレオンの機体に向き、機銃が、レーザーがレオンに襲い掛かる。
「くっ!」
その弾幕の間を縫い、レオンは確実に距離を縮めていく。
『無駄よ! さあ、あの子を殺しなさい!』
ヘレナの声に従うように、虫たちが飛来し、レオンに襲い掛かる。
「いんる! んおよぞなおちつ!!」
「くそしるつき!」
「もぞ! もめいるむつき!!」
「といそるあづき!!」
虫たちは様々な言葉を発してレオンに襲い掛かるが、レオンはその言葉を理解することができず困惑していた。
「くそっ! どいてくれ!!」
可能な限り攻撃しまいと、レオンは攻撃を避けつづけるが、多勢に無勢、だんだんと追い詰められていく。そして、虫の攻撃を避けた先にいた虫にレオンは気づかなかった。
(しまった!)
今から機体を操作しても激突は免れない。それでもレオンは避けようと機体を操作する。
「なっ!?」
結果から言うとレオンの機体は、虫に激突しなかった。それはレオンの操作が間に合ったからではなく、その虫が突き飛ばされたからだ。
「シャーリー!!」
「けるえをのあれこすと!」
『なぜ私の命令を無視できるの……!?』
ヘレナの驚いた声が、通信機から聞こえる。どうやらヘレナでさえも、シャーリーの行動は予想外だったようだ。
「すまない!」
レオンはシャーリーの援護を受けながら距離をゆっくり、だが確実に詰める。
そして、ついにレオンはグローリー号の至近距離に近づいた。
「ぐぅっ!!」
近づけば近づくほど、弾幕はひどく、攻撃は苛烈になっていく。レオンが攻撃できる隙など全く見当たらなかった。
『さあ、そのまま死ねばいいわ!』
(くそっ! 機銃の砲門がなければまだ……!)
虫たちの攻撃を避けながら、機銃を避けなければならないこの状況は、厳しいというものではない。生きるか死ぬか、その二択の中で、かぎりなく後者に近い状況だ。
「頼む! 頼むから……この屑の野望を止めさせてくれ!!」
レオンの叫びが、響く。その声を聞いたのか、目の前にいた虫が鎌を構えたまま制止ししていた。そして、そのままグローリー号の方へと近づいていく。
一匹、また一匹とその虫は増えていく。
『なぜ!? 私の命令を聞きなさい! 早くあの子を殺すのよ!!』
ヘレナのヒステリックな声が響くが、その声に従う者はいなかった。虫たちはグローリー号の砲門をすべて破壊していく。そのなかで機銃に当たり、体液をぶちまけながら落ちていく虫たちもいた。
「むてですわこ!」
その言葉はレオンにもわかった。
「これで終わりだ!」
『うそよ、こんな……! こんなことで!!』
「あの世で嘆くんだな!!」
レオンはミサイルの照準をあわせ、全弾一斉に発射した。
『レオン・ハワードっ! 私は貴方を!!』
ヘレナの声は爆発音の後、ノイズに変わり、通信機がその声を流すことはなかった。
爆発を繰り返しながら、沈んでいくグローリー号。それをレオンは上空から見下ろしていた。
「終わったんだな」
レオンが隣で飛ぶシャーリーにそう問いかけると、シャーリーがうなずいたように見えた。
「お前をここに置いていくことになるが、必ず迎えにくる」
「づけけりとちつ。るみおうなかつきりりねわじちてとちつ」
「もう行くよ。……またな」
レオンはスピードをMAXにして高度を上げていく。
(燃料も残り少ない。突破できるか……?)
ぐんぐんと昇っていく高度に対して、勢いよく減っていく燃料。それは周りが熱に包まれてから急激に変化した。
(持ってくれ……! 持ってくれよ……!!)
だが、レオンの希望むなしく燃料は底をついた。
「くそっ!!」
(ここまでかっ!!)
あきらめかけたレオンはギュッと目を閉じる。だが、一向にレオンの機体は高度を下げる気配がない。
レオンが目を開けてみると、高度が下がるどころがどんどんと上昇している。
「どういうことだ!?」
レオンが周りを見渡すと、虫たちがレオンの機体を押し上げていた。
「やめろ! やめてくれ! お前たちの体じゃ、燃え尽きる!!」
羽が燃え落ち、地上に落ちていく虫たちの姿が目に入る。それでも、虫たちはやめようとしない。
「とるえをわおしよじあかつおう!」
「シャーリー! もうやめろ! お前が死んでしまう!!」
その声にシャーリーは反応せず、レオンの機体を押し続け、 レオンの機体は大気圏を離脱した。
「みおとよじぬおうなかつ……」
「シャーリィィィィィィィ!!」




