番外5‐6 異世界で俺は白米を炊く 前菜編3『高山田正大の場合』
(´・ω・`)「もう二度と思い付きで話を書き始めたりなんかしないよ」(○見え風)
――推奨レベル:150 地底型ダンジョン『世界の奈落』
MAPだけで見れば高レベルモンスターが生息するものの、ごくごく普通の地下ダンジョンである。
このダンジョンを凶悪たらしめているのが、このダンジョンを横切って伸びている星の血管とも言われているマナの通り道『地脈』である。
巨大な魔力の大路はダンジョン内の重力を捻じ曲げ、±数倍の重力変動を引き起こして、時には体が埃の如く軽く、時には自重で立ち上がれなくなるほど重くなる場所が点在している。
そして、ダンジョン内で待ち構えるのはそうした環境に適応した高レベルモンスターたち……故にここは世界の奈落、地底の奥深くまで伸びた黄泉へと繋がる危険に満ちたダンジョンである……
「っていうのが、ゲームの時の説明だったよな。確か」
ゲームで見慣れたはず場所を現実に足を踏む事になり、僅かな懐かしさと違和感を覚えながら、足に当たった小石が真っ直ぐ飛んで行ってしまう重力軽減ゾーンを歩いていた。
このゾーンは少しでも踏み込む力加減を誤れば、その反動で体が天井に叩きけられるほど重力が弱く、吹き飛ばし防止効果がある靴を履く事で、なんとか地面に足を付けて居られている。
時折、壁に張り付いたヤモリの様なモンスターや地中からワーム型モンスターが襲ってくるのを撃退するが、やはり体重が軽い所為か攻撃に重みが乗らず、浅いダメージしか与えられないので『麻痺』や『眠り』に『石化』といった状態異常で片っ端から動きを止めるしかなかった。
「くっ、やはりゲームと現実じゃあ感覚が違うな……ゲームじゃあ数値上のマイナスだけだったが、ここじゃあ体の動きが阻害されて重心移動もままならず、技を繰り出すのも一苦労……これは思った以上に難易度が高いな」
ゲームでは単なるフレーバーだった物が現実となった事による感覚のズレに悩まされながら、モンスターを異常状態にして動きを止めてからその場から離脱するという方法で奥を目指して進む。
そして、この状況に慣れ始めた頃、慣れ始めた体の軽さが他ならぬ俺自身に牙を剥いた。
「ぐあっ!?」
モンスターが出なくなり、油断していた俺は突然地面へと叩きつけられた。
「しまった……! エリアが変わったのか!」
ゲーム時代は地面の色などで分かり易くエリアが区分けされていたから、重力が違う場所も簡単に目視できたが……
今はリアルな薄暗い洞窟の中……当然、エリア分けなんかされている訳がなかった!
「不味い……今の状態でモンスターに襲撃されたら反撃できねぇ……!」
さっきまで重力が軽減されていたので、重量のある装備を着込んでいたのが仇となり、自重さえもが重く圧し掛かり腕一本動かせない。
「め、メニュー画面を……それさえ操作できれば装備が片づけられる……はずっ!」
画面を出すだけならスキルの様にワードを唱えれば出てくる。
しかし、そこからの操作は指で行わなければいけないので必死に指を伸ばす。
「【メニュー】! そ、そうび画面を……!」
視界の端に表示しているHPゲージがガンガン減っている。
恐らく、装備が圧迫して身体にダメージを与えているようだ。
「こんな……間抜けな死に方出来るかっ! 【筋力強化】!!」
ステータスの『筋力』のみを一時的に上げる強化系魔法【筋力強化】。
ゲームの時にはもっと使い勝手の良い総合的な攻撃力を上昇させる魔法があった為に、ゲーム内イベントなどで重い物を持ち歩く時ぐらいにしか使われていなかった死にスキルだ。
だが、この状況ならばこれが一番使える筈……!
魔力の光が全身を包み込み、魔法のエフェクトとして筋肉が盛り上がる。
ちなみにこの筋肉は本当に盛り上がっているのではなく、筋力強化を視覚化しているだけなので、これによる重量増加はない。
というか、これ以上重量が増えたら自重で圧死してしまう。
「そして、付いててよかった『ぜんぶはずす』ボタン!」
俺の指がそこに触れた瞬間、身体に纏っていた一瞬で消え去る。
流石にパンツは残るが、それ以外の一切がアイテム欄に収納されたお陰で体が軽くなった。
「ふぅ、強化魔法を掛けて何とか立ち上がれるか……」
身体は鉛のように重く、動かすたびにまるで泥の中にでもいるかのように空気が体に纏わりつく。
横目でステータスを覗き見れば、既にレベルが2つも下がり経験値を示すバーが3mm程度しか残っていなかった。
「はははっ、これ以上レベルが下がったらここから動けなくなるな……その前にっ!?」
視界の端で僅かに動いた陰に思わず飛び退き、それの姿を確認して自分の運の悪さを呪った。
目の前に現れたのはこの状況下で最悪の相手、全身が鉱物の鱗で覆われた爬虫類モンスター。
「この状況で鉱石蜥蜴かよ……」
こちらは装備がほぼ使えず、身体も思うように動かない。
一方相手はこの環境に適応していて、動きは鈍いが物理防御に特化した重戦車級モンスター。
ゲームの時は毒袋などを投げつけて倒していたが、現実となったこの状況でアイテムを真っ直ぐ相手に投げつける自信がない。
「しかも、バッチリ気付いてこっちに来てるし……さて、どうした物か」
完全に手詰まり、絶体絶命のピンチ……完全に諦めかけたその時、俺は思いつく限りで最悪の手段を思い付いた。
「あー、最悪だ……確かにこの方法を使えば助かるかもしれないが、その代わりにその後の保障がない……が、生き残る為にはそう言っていられないか!」
両足に力を入れ、近くの岩を足場に思いっきり飛び上がり、アイテムボックスから一本のナイフを取り出して掴む。
ナイフに重みが数倍にもなって落下し始める前に、俺はスキルを発動させる!
「ブチ抜きやがれぇ! 【刺突抜き】!」
防御無視の貫通攻撃スキルを地面に向かって放つ!
ゲーム時代ではフィールドの設置物などは破壊不可能である……が、ここがデータで作られたゲームではなく、別世界であるならばこういう事も可能なはず……!
貫通攻撃スキルによって穴が開いた硬い岩盤を鉱石蜥蜴が踏み抜き、穴を中心に罅割れが広がって行く。
――ピシッ……ピシッピシッ!
罅割れた岩盤は鉱石蜥蜴の体重に耐えきれずに崩落する!
勿論、咄嗟に動けない俺もその崩落に巻き込まれて地下へと落ちて行った……
崩落のどさくさ紛れに鉱石蜥蜴を撒き、本格的にアサシン系スキルをフル活用にして、一度も戦闘を行う事無く最奥にある地底湖へと辿り着く事が出来た。
ゲームの中での設定では、最奥であるこのエリアでは重力が10倍にもなる為、プレイヤーの全ステータスが10分の1になり、全ての行動に遅延が掛かるという最も難易度が高い場所なのだ。
なのだが……
「ぐっ……う、動けねぇ……。ステータスが10分の1どころか、これじゃあ何にもできねぇ……!」
まるで全身が押し潰されているかの如く、身体が地面に倒れたままピクリとも動かせなかった。
這うようになら何とか動かせるが、ハッキリ言ってナメクジの歩みの方が早いくらいだろう。
「装備の重さ……だけじゃないな。自重すら支えられそうにないとは……このダンジョンを甘く見ていた……」
これでは金剛巨蟹の捕獲どころか、モンスターに出会った瞬間に嬲り殺される。
何とかして体を動かしたいが……
「ダメだ、腹が減って力も入らない……本格的に飢え死にしそうだ……ん?」
今、視界の端に光る物が見えた。
アレはもしや……!?
食欲に支配された俺は、どこに残っていたのか10倍の重力下で身体を起こして、それを探した。
そしてついに、甲羅がキラキラと輝く蟹――金剛巨蟹を発見した。
「よ、ヨッシャァー! ついに辿り着いたぞ! 待ってろよ金剛巨蟹、今食ってやるからな!」
俺は動ける内に『魔法のテント』を展開した。
ゲーム時代ではどんな環境下でも『魔法のテント』の中は通常フィールド扱いだったのが、どういう原理なのかこの世界でも適用されているようで、中は一切の重力変動を受けていなかった。
このテントは使い捨てで一日しか使えないがどんな環境下でも使える便利アイテムである。
テントの中で調理の準備をしてから、俺は金剛巨蟹を捕まえる為に外へ出た。
現金な物で、さっきまで指一本浮かす事ですらできなかったのに目の前に食う物があると分った途端、体中に力が漲ってスムーズには動けないものの普通に歩くぐらいの事は出来るようになっていた。
生息域がこんな場所の為に討伐ランク『B』の金剛巨蟹だが、それ自体のステータスはちょっと硬いDランクモンスターと変わらない。
「とは言っても、この場所でこのデカさは脅威だな……」
地底湖の中には2m程の金剛巨蟹が何匹か底を歩いていた。
俺の細胞も非常食よりも美味そうな餌を見つけて、体中が疼き出して今にも獲物に飛び掛からんと震えが止まらない。
「よし、まずは一匹を誘い出して捕獲だな。この重力下で硬いコイツらに囲まれたら洒落にならん」
ゲーム時代には水面を揺らしただけで地底湖全体の金剛巨蟹が敵対状態になる仕掛けだったから、恐らくここも似たような物だと考えていい筈だ。
そこで俺はゲーム時代伝統の漁法、通称「魔法ガチンコ漁」の準備を始める。
と言っても用意する物は『範囲が狭い全体魔法』、これだけだ。
「狙っている相手をこれの範囲ギリギリに入れてっと」
N.W.C.ではデータ処理の関係上、幾ら全体魔法のエフェクトが水辺に掛かっていても水面が揺れる事は無い。
これを利用して行われたのが、狙っている水中の敵を全体魔法の範囲に入れて放ち、敵対状態にして水中から引っ張り出すという戦法である。
これならば余計な敵を呼び込まずに済み、水系の相手を地上で相手できる。
そこからの戦闘はHPを削る作業なので割愛する。
同じ手順を3回ほど繰り返して、4体の金剛巨蟹を手に入れた俺は、いそいそと切り分けてアイテムボックスにしまっていく。
「よーし、金剛巨蟹確保!」
目的の物を手に入れて帰ろうと振り返った時、全身にゾワゾワっと震えが走った。
思わず地底湖を見直すと、何故だかわからないが猛烈にこの池の水が必要な気がして、気が付けば俺は池の水を量にすれば樽で4個分ほど確保していた。
「何してんだよ俺……こんな水を持って帰ってもボックスを圧迫するだけだろうに」
自分の行動に呆れながら、ダンジョン脱出アイテムを使用した。
「おー、帰って来たかマサヒロ!」
『世界の奈落』から脱出して森を抜けると、入口の所でオッサンと『なんちゃらの爪』とかいうパーティが待っていた。
「……オッサン、何してんの?」
「いや~、そろそろお前が帰って来るんじゃないかと思ってな。ここで待ってたんだよ。それで? 目的のブツは手に入ったのか?」
オッサンの問いに、俺はニヤリと笑ってアイテムボックスから金剛巨蟹の足を取り出す。
それを見て周囲から驚きの声が上がる。
「え~、ソイツがアンタの探してたモンスターか。で? ソイツをどうするんだ?」
「は? 食うに決まってんだろ。何言ってんだ?」
愚にも付かない質問に思わず素で問い返す。
こんなに美味そうな物を食わずしてどうするというんだ。
「お、おい正気かよ……その殻なんて宝石だから高く売れんじゃねぇ? それを売ってその金で喰うもんかった方がいいんじゃねぇか?」
「あんなゲロ以下の物を俺に食せと? 冗談だろ、こっちの方が確実に美味い」
無駄に絡んでくる槍使いをあしらいながら、竈を準備して鍋に秘境の原水を注いで火を点ける。
湯が沸騰し始めた所で塩を入れ、金剛巨蟹の足を数本入れる。
その様を見てオッサンがボソッと呟いた。
「なあ、なんか殻の色が落ちてねぇか?」
「さぁ? 気のせいだろ」
確かに殻の付いた鉱石の輝きが若干くすんでいる気がするが、これは単に茹でているからだろ。
鍋でじっくりと数十分ほど煮込んで、十分に茹った所でお湯から引き揚げて氷水で締めた。
「よーしできた。じゃあ、早速食うか」
「う~む……本当にモンスターを食べるのか」
「な? マサヒロは変わってるだろ?」
外野の声を無視して、入れは万感の思いを込めて手を合わせた。
「いただきます」
俺は一本の足を手に取ると、普通の蟹の要領で関節を圧し折って捩じり中の身を引っ張り出す。
それはまるで殻という鞘から抜かれた刀様に輝いて……いなかった。
何というか、一度冷凍したのをそのままレンジで解凍したような、水分まで流れ出てしまったかのように、引き抜いた身がグニャリと垂れ下がっていた。
「なんか、輝きが鈍いような……気のせいか?」
とはいえ、苦労して取ってきた食材なのだ。
見た目は悪くとも味の方は……
「ハム、むぐむぐ……不味い」
「へ? 不味いのか?」
「ああ、というよりも味が無い」
まるでトイレットペーパーでも口に入れているかのようにモサモサしていて、身から染み出る汁は真水の様に味も香りも無い。
おかしい、こんな筈ではないんだが……
「何がおかしいんだ? 不味い奴を偶々捕って来ちまったのか? それとも調理法が悪いのか?」
一応ステータスを確認したが、レベルの減少も止まらず体力が回復した様子もない。
何が悪かったのか、水や鍋を確かめている所で直感的にある物が閃いた。
「そうだ……あの地底湖の水!」
「水?」
今から思えば、あの時の震えは豪食細胞が地底湖の水に何かを感じ取った反応に違いない。
その直感を信じて、俺は鍋に地底湖の水を注いで再び金剛巨蟹の足を茹で始めた。
すると、数分もしない内に変化が現われた。
鍋の中の蟹の足が、先ほどとは打って変わって輝きを増し始めたのである。
「やっぱり! コイツが正解だったか!」
「ど、どういう事だ?」
「この水は『世界の奈落』奥深くの地底湖の水だ。恐らく、あの地底湖の水は地上から染み込んだ水が地面の中で圧縮され減圧されて濾過された結果、余計な不純物を含まない栄養のみを含んだ地下水となって溜まった物なのだろう。そして金剛巨蟹はその中で生活しているから相性は抜群なんだ」
予測みたいに言っているが、実はアイテム欄の説明部分に物語上の設定として書いてある。
なるほど、『鑑定』スキルにはこういう使い方もあったのか。
それから数十分後。
先ほどとは違い、地底湖の水で茹で上がった蟹の足は眩しいくらいにキラキラと光り輝いていた。
恐る恐る殻から身を引き出すと、金剛巨蟹の身が刀の如く真っ直ぐと立ち、ふっくらとした身は瑞々しい輝きを放ていた。
「……ゴクリッ」
思わず唾を飲み込む。
まるで花の香に誘われる虫の如く食欲の赴くまま、俺はそれを口に運んだ。
そして前歯で噛み切った瞬間、金剛巨蟹の身は口の中で弾けた。
噛むたびに蟹肉が口の中で弾け飛び、出汁の効いた肉汁が飛び散り口の中に溢れてくる。
先ほどの物とはまるで違った。
飲み込むと蟹肉が咽をつるりと滑る様に通り抜け、蟹肉から溢れ出る肉汁はあっさりとした味わいにも拘らず幾つもの魚介から出汁を取ったが如く濃厚で、複雑な香りが鼻を突き抜ける。
――美味い。
全身がまるで食欲に支配されたかのように、次から次へと蟹の足を手に取っては貪る様に食らい、止まらない。
チラリと見たステータスは、飢餓状態が回復してどんどんステータスが正常に戻って行った。
さっきから全身がビクンビクンと痙攣しているかのように震えて、口から入ってくる旨味に歓喜している。
そして茹でて置いた蟹の足を全て食べ終わる頃、俺のステータスにはある表示が出ていた。
[『覇食細胞』のレベルが上がった!]
[『覇食細胞』に適合した食材を食べた事でランクが上がった!]
どうやら俺の細胞共はよっぽどこの食材が気に入ったらしい。
経験値バーがグングンと元に戻って行き、レベルが上昇している。
失った分を回復するには足りないだろうが、それでも半分以上は取り戻しているのはやはり異常なんだろうな……
「なら決まりだ。金剛巨蟹を俺のフルコースの『前菜』にする!」
こうして俺の異世界フルコースの一つ目が決まったのであった。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




