番外6 戦え!仮面リッター!!『北郷隼人の場合』
北郷隼人は一度死んだ。
登校途中の通学路で、スピードを出していた車が角から飛び出してくるのに反応できず、不幸にも轢かれてしまった。
全身を強く打ち付けほぼ瀕死の状態、普通であればそのまま死を待つだけ……の筈だった。
「……あれ? ここは……」
目を開けると、見知らぬ部屋にいた。
それも普通の部屋ではない、床には煩雑に伸びたコード、置いてある棚にはビーカーや薬の瓶がズラリと並び、見た事もない機械が幾つも置いてある。
それを見た俺の感想は『マンガに出てくる研究室みたい』だった。
そんな風に部屋を見回していると、部屋のドアが開いた。
「おや、もう目覚めていたのか。早かったね」
そう言って入ってきたのは白衣の女性だった。
腰まで伸びた髪はテカっていてボサボサ、目の下には隈を作り、よく見ると白衣も黄ばんでいて、まるでマンガの中のマッドサイエンティストの様な風体だ。
「聞きたい事はあるだろうが、まずはついて来たまえ」
白衣の女性はそれだけ言うと、踵を返して部屋を出て行ってしまった。
俺は慌てて追いかけようとベッドを降りた所で、自分が何も着ていない事に気が付き、ベッドの脇に置いてあった手術着を引っ手繰る様に来て追い掛けた。
ここは地下にあるのか、廊下には窓一つなく数m間隔で扉があるだけだった。
俺は見失わない様に追い掛けていると、女性がある扉の前で立ち止まり、脇にあった機械を操作して扉を開けて中に入ってしまった。
俺も扉が閉まる前に滑り込むように部屋の中に入った。
そして部屋の中で見た物は、SF映画などで良くある『中に人が浮かんでいる円筒形のカプセル』が並んだ部屋であった。
しかし俺が衝撃を受けたのはそこではない。
そのカプセルの一つには人が入っていて、何とその中に居たのは……俺だった。
「な、何なんだよ……これは一体!」
そこで俺の手がおかしい事に気が付く。
俺の手が所謂、手甲のような物で覆われているにも拘らず、その手からはハッキリと感触が伝わってきている。
つまりこの手自体が、俺の体の一部である事を明確に示していた。
混乱している俺の肩に誰かが手を置いた。
反射的に振り向くと、その手の主はここへ案内した白衣の女性だった。
「さて、突然の事で混乱しているだろうが、まずは説明させてくれ。まず、今日は君が事故に遭ってから2週間経っている。コレでも色々と無理をして急いだんだが、これが精いっぱいだった。済まない」
一瞬、女性が何を言っているのか分からなかった。
しかし、彼女が白衣の胸ポケットから俺の携帯を取り出して、俺に見せつけるように画面を開くと、携帯のカレンダーには俺が知っている日付から14日も過ぎた数字が表示されていた。
「私はここで研究員をしている山本美陽だ。今回は私の不注意が原因でこうなってしまって本当に申し訳ないと思っている」
「待って……何が何だか……とりあえず、この中にいる俺は何?」
「それは君の肉体だ。車に轢かれた所為で現代の医療では修復不可能なまでに損傷してしまった為、仕方なく開発中だったこの治療カプセルを使用する事にしたんだ」
「治療カプセル……じゃあ、俺は何なんだ? こうして体だって……」
「それについてはこれを見給え」
そう言って彼女が取り出したのは……手鏡だった。
そして、そこに映し出された物を見て俺は思わず驚いて鏡を落としてしまった。
「おっと、この鏡は局員の私物だから大事にしてくれ。壊したら私が怒られる……」
女性の抗議など、俺の耳には入っていなかった。
そこに映っていたのは、特撮にでも出てくるような人型のロボットだった。
「見ての通り、今の君はそのアンドロイドの身体に意識が移されている状態だ。君の身体は事故に因って激しく損傷し、この治療カプセルで1年間を掛けて治療しなければ死んでしまう状態にあった。そこで私は君の意識を一旦そのアンドロイドに移す事にしたのだ」
「な、何だってそんな事したんだよ……」
「それについては本当にすまない。実は君を轢いた車を運転していたのは私なのだよ」
「!?」
彼女の告白に俺は一瞬、頭が真っ白になった。
この人が……俺をこんな目に?
「だが冷静に聞いてくれ。君の身体を治療するにはこの施設の設備がどうしても必要だったのだ。そして、それには君が事故に遭った事は何が何でも伏せなければならなかった。何せ私が逮捕されてしまえばこの研究所は閉鎖、当然機材などはゴミとして廃棄される可能性が高い。そうなっては君を治す事が出来ないからだ」
「で、でも、だからって何でこんな体に……!」
「それも偽装工作の一つだ。丁度開発中だったアンドロイドに人の意識を移すという実験の最中でね。君の意識をその体に移す事で、君の身体が治る1年間を誤魔化して欲しいのだよ。勿論、それが終われば君の意識は元の身体に戻すし、私も潔く警察に自首しよう。ほら、ここに事故を記録したドライブレコーダーのデータがある。君も持っていたまえ」
そう言ってUSBメモリーを渡される。
正直色々な事が起き過ぎて、展開に付いて行けないが一つだけわかる事がある。
この人多分、風呂嫌いだ。
「いいかい? 君の身体は絶対に私が治すと約束する。その代り、君はその体で絶対に事故に遭った事をバレない様に隠してくれ。アンドロイドから意識を移すのは恐らく私にしかできないし、バレれば私は逮捕され君は一生そのままだ。何があってもこの事は隠し通さなければならない」
「いや、どう見たってこんな見た目じゃバレるって! どう見たってロボットじゃんこれ!」
「ああ、『クロスアウト』と言えば元の君の姿になれるはずだ」
「く、『クロスアウト』?」
そう言って瞬間、俺の義体が瞬時に人間の俺ソックリに変身した。
顔を触って確かめると、肌の感触までソックリだった。
「開発が煮詰まった時にたまたまやっていた特撮にヒントを得てね。音声入力ならば咄嗟の時にも便利だろ? ……そう言えば、君は幾つだ?」
「じ、16ですけど?」
「という事は高校生か……不味いな」
「な、何が不味いんだ?」
「現在の君の身体に使用されているエネルギー炉は特別性でね。通常稼働でも約6時間、フルスペックなら3分で過負荷を引き起こしてしまうんだ。そうなると君は排熱の為に一時機能がダウンしてしまうんだ。そこで使うのが……」
彼女は近くにあった机に置いてあるタバコのダースケースを持って来た。
こんな物を渡されても俺は未成年なんだが……
「これはタバコ型冷却材だ。コレを定期的に吸っていればまず暴走が起こる事は無い」
「……これ、傍から見れば俺がタバコを吸っているようにしか見えないですよね?」
「本当ならば研究員か、最悪は私がそれに意識を移して実験するつもりだったんだ……まさか未成年でぶっつけ本番を行うとは想定外だったんだよ」
「そんな事言われても……それに俺、タバコなんて吸った事ないですよ」
「ああ、火のつけ方はまずタバコを銜えて軽く吸いながら火を点けるんだ。そして吸うときは肺全体に行き渡らせるイメージで、ゆっくり深く吸わないと冷却材の効果が無いから注意してくれ。それと吸い殻はちゃんと携帯用灰皿があるから、そこに捨てたまえ」
「最近は条例が煩いからね」などと言いながらライターと携帯灰皿も渡された。
なら何でこんな形にしたんだろう……
「そうだ、君にそれの名前を教えていなかったね」
「それって……このロボットの事ですか?」
「ああ、そのアンドロイドには『騎士』という意味のリッター、仮面リッターという名前が付いている」
「仮面リッターってダサくないですか?」
「仕方ないだろう。最初はバイク乗りをモジってライガーやサイダーにしようとしたんだが、前者はプロレスラー、後者は炭酸飲料みたいだと反対にあってな」
「俺も仮面サイダーは嫌ですね」
「ライザーという案もあったんだが、そこでそもそもモジる必要があるのか? という意見が出てな。そこでオリジナリティを出そうと会議をした結果がリッターという訳だ。決して会議が1週間も続いて怠くなってきたからおざなりに決めた訳じゃないぞ?」
「決めたんですね。怠くなっておざなりに決めたんですね」
そもそも全身が機械なのに何で仮面なのだろうか?
頭の良い人が考える事は良く分からない。
「そうだ、その機体のスペックを説明していなかったね。そのアンドロイドは元々、遠隔操作で災害地へ出向いて活動する為に作られた汎用作業ロボットでね。今は人間レベルまで機能を抑えているが、フルのスペックならこの程度さ」
そう言って分厚いコピー用紙を渡されたので、流し読みで読んでみたがとんでもない内容だった。
まず、目には赤外線や熱感知などの機能が付いていて、一度見た景色を再生する機能まで付いていて、耳は可聴外域の音も聞き分けられる為、雑踏の中で落ちた針の音も捉える事が可能。
皮膚には合成樹脂を利用した人工皮膚を使用していて、関節なども自由に伸縮できるのである程度まで体系や顔の形を変えて変装する事が出来る。
さらに、体内のエネルギー炉から発電する事で10万キロワットの電撃を放つ事が可能で、電子頭脳から強力な電波を発して電子機器を操る事ができる。
最高速度は時速400km、10tトラックを軽々と持ち上げるパワーも持つ。
「……悪の組織が作り出した怪物とでも戦うんですか?」
「そんな事がある訳ないじゃないか。テレビの中でもあるまいに」
でも、このスペックって明らかに作業用じゃないですよね?
新幹線も追い越せる速度ってどこに必要なんですか。
「通常のその状態でも常人よりも力があるからと言っても、くれぐれも喧嘩の道具にはしないでくれよ?」
「しませんよこんな危険物……殴った瞬間、相手の頭が道に落ちたザクロになっちゃいますよ」
コンクリの壁が砕けそうな拳を人には使いませんって。
精々コインでも曲げて脅すに留めますよ。
「いいかい。私も出来るだけフォローはするが、くれぐれも君の身体の事は他人にはバレないでくれよ? それと週に一度はメンテナンスの為にウチに来るように」
「分かりました……はぁ、これから親になんて説明しよう」
「その辺は私も付いて行って誤魔化すから安心したまえ」
そう言って俺は2週間ぶりとなる自分の家に帰宅したのであった。
彼女……博士の説明で両親には「俺は実験中に巻き込まれた。守秘義務の観点から連絡できなかった。これからも時々、研究に協力する事になった」と説明した。
博士の研究所はそこそこ有名な所であったようで、両親も半信半疑ながら頷いていた。
帰り際、博士は俺に1年後には事故の証拠を警察に持って行って自分を訴えても構わないと言い残して帰っていた。
その夜、明らかにパワーの違う身体に四苦八苦しながら俺は元の身体に戻る為に、何としてもこの事を隠し通す事を決意した。
そして数日後、幼馴染にあっさりばれた。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




