番外5‐2 異世界で俺は白米を炊く『高山田正大の場合』
「食わなくても不味いのが分かる。こんな物が食えるか」
「なんだと!? このガキ、もう一遍言って見ろ!」
「ちょ、マサヒロ!?」
俺の言葉に飯屋の親父が真っ赤な顔をして調理場から出てきた。
幾ら凄まれようが、俺は意思を変えるつもりは毛頭ない。
こんな物を料理だと嘯いて出す方がよっぼど酷い。
――こうなったは今から2時間ほど遡る。
俺はオッサンの言葉に釣られて、美味い飯屋とやらを目指して歩いていた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はラインハルト、冒険者だ」
む、老け顔のオッサンの癖に無駄にカッコいい名前だな。
だがオッサンで十分だ。
「俺は高山田正大、料理人だ」
そう、俺はゲーム内でも料理人を自称していた。
何せ自由度の高すぎるゲームN.W.C.には味覚を感じる機能があり、現実のようにとはいかないまでもそこそこの再現度を誇っていた。
しかし、ゲーム内で出される料理は殆どが味気ない物ばかりで、食うのが趣味の俺は料理アイテムを自作するようになったのだ。
数あるジョブからアサシンを選んだのも、食材の採取を手早く済ませられそうだったからに過ぎない。
俺の自己紹介を聞いたオッサンは目に見えて嫌悪感を露わにした。
「りょ、料理人? 兄ちゃん、料理人なのか?」
「そうだが?」
「……悪い事は言わねぇ。他の奴の前でそれを言うのは止めとけ。気持ち悪がられる」
……ああ、そういえばこの世界では料理人は最も卑しい職業だったな。
あれか、仕事とはいえ死体を平気な顔で弄っているような物なのだろう。
確かにあまり好まれる物ではないな。
「だが断る。俺は料理人に誇りを持っている。他人にどう思われようが知ったこっちゃないな」
というよりも、人は生きていれば飯を食うのだから、宗教とは言えそれを嫌悪するとは何事だ。
そんな俺の言葉に、オッサンはあまり良い顔はしなかった。
「まあ、兄ちゃんがそう言うなら俺は強く言わねぇけどよ……恩人が無下な扱いをされてるのは見たくないんだ」
「あんまり煩いようなら、真っ向から捻じ伏せるさ」
俺にはそれができるだけの武力と技術、そして道具まである。
それに生きている限り、王様だろうが奴隷だろうが男も女も子供も大人も、食欲には勝てんさ。
「は、凄い自信だな。だが、あんまり我が強いのは叩き潰される要因になるぜ?」
「それこそ俺の餌食にしてやるよ」
こちとら世界中の食事が食えると云われた、食文化が混沌としていた日本人だぜ?
一般家庭で食えるレベルでも、こちらでは十分度肝を抜けるだろう。
そんな事を考えながらニヤリと笑っていると、オッサンが声を上げた。
「おお、見えたぜ! あそこが街の入口だ!」
オッサンの声に釣られて前を見ると、2m程の壁と門に並ぶ行列が見えた。
どう見ても10人以上はいて、中には荷物を載せた馬車とかいるんだが……
しかも、馬車なんて荷物まで点検してるぞ。
「なあ、アレってもしかしなくても検問とかやってるよな?」
「そりゃあ、ここいら辺じゃそこそこデカい街だからな。防犯上は仕方ねぇよ」
そして俺たちは今からアレに並ぶわけか……
牡丹肉を食ったとは言え、まだまだ腹は減っている。
というよりも中途半端に食った所為で、腹の虫がさっきから泣いている。
異世界に来てレベルの高い肉体になった所為か、今ならランブルボア丸々一頭は余裕で食えそうだ。
「これを待つのか……? 正直、腹が減って辛いんだが」
「腹が減ってって……さっき肉食ってただろう?」
「あんなもんじゃ、全然足りない」
呆れた顔をしているオッサンは無視して、何か食う物は無いかアイテムボックスを開く。
流石に生肉を出してここで焼くのは無理だな。
料理人に誇りはあるが、無駄な注目や争いは腹が減るだけだ。
「となるとこれか」
俺が取り出したのはひよこプリントのお手軽アイテム。
丼と卵と砂時計も併せて取出し、パパッと準備を整え魔法でお湯を作り出す。
「お、何だそれ?」
「忙しい時の便利なお供……インスタント麺だ」
お湯を丼に並々注ぐと、鶏ガラの匂いが湯気と共に立ち上る。
卵を割って落とすと蓋をして砂時計をひっくり返す。
「これで3分待てば完成だ」
「そ、それも食い物なのか? なんだか見た事ない形だが……」
「気にするな」
興味深そうに丼を覗き込んでいるオッサンを無視して、砂時計の砂が落ち切るのを待つ。
3分が経ち、砂が落ち切った所で丼の蓋を開けた。
卵が若干透明を残した良い具合の半熟になっていて、麺もいい具合に解けている。
俺は割り箸を取り出して、逸る気持ちを抑え込みつつ割り箸を割った。
そして、親指に割り箸を挿みながら両手を合わせて軽く頭を下げる。
「いただきます」
食事前にこれをするのが食う者としての俺のポリシーである。
改めて割り箸を持ち、麺を掬い上げて……一気に啜る!
ズズズッっと音を立てながら麺が吸い込まれ、鶏ガラスープの香りが鼻を抜ける。
……うん、普通に美味いな。
黄身を麺に絡めながら夢中で食べ、スープの一滴まで飲み干して喰い終わると、何やら視線を感じた。
思わず周りを見回すと何故か近くにいた奴らが殆どこちらを見ていた。
「……みんな、何を見ているんだ?」
「そりゃお前の食ってたもんが珍しくて見てたんだよ……ってなんだ今のは!? その枝みたいな道具も知らねぇが、今食ってたパスタみたいのは何なんだよ!?」
「オッサン、煩い」
そうか、そういえば神様が考えてみれば似非ヨーロッパ風のこの世界に、インスタント麺なんかある訳ないか。
その上、保存食と言えば黒パンや乾燥させた肉と野菜だけとなれば味気ない事この上ない。
そんな脇でいきなり美味そうな物を食ってる奴がいたら……うん、俺なら殺意が湧くな。
「気にするな。たかが麺じゃないか、そんなに騒ぐ事じゃないだろ」
「騒ぐよ!? こんな所で突然、しかも簡単に高級なパスタ料理なんか食い始めたら誰だって驚くぜ!」
大袈裟な……
それより聞き捨てならない事を言っていたな。
「パスタが……高級?」
「当たり前だろ? 作る人間が極僅かしかいないんだから食えるのは貴族ぐらいだ。極稀に金に困った貴族の払下げの品が市場に出回るが、滅多に食えるもんじゃないな」
「なるほどな……」
つまり俺はアレか、マンガの成金坊ちゃん如く学校の昼休みにフルコースを食べ始めたような物なのか。
……うん、それは驚くな。
「何せパスタは製法も材料も何もかもが一族の秘法とされてるって話で、誰が作ってるのかさえ秘密なんだぜ? ……まさかマサヒロは」
「何を期待しているのかは知らんが、俺はその一族とかじゃないからな。俺はただ純粋に世界を回って飯を食いたいんだ」
「世界を回ってまでやることが飯を食う事かよ……つくづく変わった兄ちゃんだなぁ」
変わっているとは失礼な。
俺は3度の飯より食うのが好きなだけだ。
それにしても、いつになったら街に入れるんだ?
腹が減り過ぎて幻覚が見えそうだ……
「そういえば……この世界のドラゴンはどの辺にいるんだろうか……近くにいるといいんだが」
「あ、何言ってんだよ。こんな町の近くにドラゴンがいたら大騒ぎになっちまうよ」
なるほど、流石はファンタジー物の上位モンスター。
うーむ、いつかはその肉を食ってみたい。
「お、やっと動き出したぜ。後は俺たちまで荷馬車はいないから時間はかからないと思うぜ?」
「そうか……何でもいいから早くしてほしい」
空腹で倒れそうだ。
街に入るには冒険者になるか入国税を払えばいいらしい。
一瞬、ゲームで使っていたギルドカードを使おうかとも思ったが、オッサンに聞くと現在最高はAランクが14人、最高位のSランクになると3人しかいないそうだ。
……うん、面倒な事が起こるのが目に見えているのでこのSランクカードは出さないで置こう。
そんなこんなで、俺たちはオッサンの行きつけの飯屋へと入り、オッサンのオススメの料理が運ばれてきて……冒頭へと至る。
「食いもしねぇで俺の飯が不味いなんて何でわかる!」
「見りゃ判るだろ。オッサンのオススメだっていう野菜炒めは一旦煮込んでから炒めたもんだからグチャグチャで、塩の代わりに入っている塩漬け肉も屑ばかり、おまけにパンは保存の仕方が悪いのかカビが生えてる始末。こんな物を客に出して置いて何が飯屋だ」
「ぐぬぬぬ、言わせておけば……っ! じゃあ、お前は俺より上手く作れるってのか!?」
ほう、俺にその言葉を言うのか。
「良いだろう。料理狂の名が伊達ではない事を教えてやる」
と、啖呵を切ってみた物のハッキリ言って料理場は下の意味で想像以上だった。
床は野菜クズなどが腐って真っ黒、調理器具は辛うじて洗ってはあったが調理台には虫が集っていて肉の油でドロドロ。
火は竈を使うらしいが、こっちももう何かで真っ黒で臭い。
こんな所で料理など作ろう物なら一発で食中毒に当たるだろうな。
「しかもパンは足元の戸棚の中って、もう色々とアウトだろ……」
一応、嗜みとして【洗浄】は覚えているが……これじゃあ魔法を使っても1日掛かりになりそうだ。
仕方ない、調理場は諦めよう……
「おい、オッサンも手伝え。料理する場所の変更だ」
「そんな事言って逃げるつもりじゃねぇだろうな!?」
飯屋の親父がこっちを睨みながら叫んでいる。
ハッ、何で俺が勝てる勝負から逃げなくちゃいけないんだ。
親父の顔をチラッと見て鼻で笑い、裏口から裏庭に出た。
裏庭に出た俺は、アイテムボックスから簡易調理台を取り出す。
と言ってもバーベキューコンロと小さいテーブルだけだが、これだけでも意外に役に立つのである。
「まずはコンロの中に炭を入れて火を点けて、鍋で水を沸かさないと」
「おい、マサヒロ……一体何を作るつもりだ? まさかまたモンスターの肉なんか入れねぇよな?」
「安心しろ、今回はこの店に合わせて肉を一切使わないでやる。うむ、食材は微妙に湿気てるパンと草臥れた野菜か……植物性の油ってないか?」
「植物の油ぁ? ああ、薬屋なら売ってんやねぇか?」
「じゃあ、店員に聞いて何も混じっていない油だけを種類別に買って来てくれ」
「あ? ああ、分かった」
手持ちの油じゃあランクが高すぎて、この店で出せるレベルじゃない。
この店でも出せるレベルの食材を使って作らなければ、あのおやじを納得させられないだろう……
そんな風に準備を進めていると、店の親父が裏口から椅子を持って出てきた。
「ふん、何かズルでもされちゃあ叶わんからな。ここで見張らせてもらうぜ」
「ああ、存分に見て居ろ。いかにお前の料理が愚かだったのか思い知らせてやる」
鍋でジャガイモを茹でて、パンを軽く炙る。
塩漬け肉も細かく刻んでおく。
後は……。
「マサヒロ、油を買って来たぜ!」
「よし、そこに置いてくれ」
俺は油の入った壺を一つずつ開け、【食品判定】で食べられるかを鑑定して行く。
オッサンが買って来た油は5つ。 その内、人間に有毒と判定が出たのは3つ。 残りの内の1つは粘度が高すぎてこれからやろうとしている物には向いていない。
「という事はこれか……サラサラで香りが足りないがいける……か」
まずは焙って置いたパンを、おろし金を使ってパン粉にする。
茹でた芋は皮を剥いて潰し、刻んだ肉と混ぜて小判形に丸める。
小麦粉、解いた卵、パン粉の順に衣を付けて、熱した油でカラッと……揚げる!
揚がったら油から上げて、油を切って紙でオッサンと店の親父に手渡した。
「完成だ。さあ、食って貰おうか」
「ふん、見た事もねぇ料理だな。本当に食えるのか?」
「まあ、食ってくれよ。料理勝負を吹っ掛けて置いて毒のある物なんぞ出すか」
店の親父は暫く顔を顰めて見ていたが、やがて目を瞑って噛り付いた。
軽く炙った事でサクッとした香ばしい衣と、塩っ辛い肉を混ぜた事で塩気がホクホクのポテトに移り、何も掛けずともそれだけでしっかりとした味が出る。
2人とも食ったまま何も言葉が出ないようだ。
「どうだ? 俺の料理の味は」
「美味い、美味いぜマサヒロ! こんな物を食べたのは初めてだ!」
「……くっ」
興奮気味に捲し立てて絶賛するオッサンと、悔しそうな顔をする親父。
どうやら勝負はあったな。
「教えてくれ……何なんだこの料理は」
「それか? それはコロッケという俺の国じゃあ割と一般的な食い物だ。おかずに良し、パンに挟んで良し、中の具に色々加えられるバリエーションの高い料理だ」
「コロッケ……クソ、俺の完敗だ」
親父が負けを認めてめでたしめでたし……とは行かなかった。
「おい、美味そうだなそれ! 俺たちにも作ってくれよ!」
いつの間にか店の中には満杯になるほどの客が入っていて、コロッケを作れと騒ぎ出した。
これはどういう事だ?
「そりゃあ、あんだけ店の中で騒いでたらみんな見に来るだろう……まあマサヒロも頑張れよ」
ニヤニヤと肩を叩くオッサンの頭をとりあえず叩いて、ジャガイモの芽取りと茹でた物の皮むきをやらせる。
良いだろう、ここにいる全員を満足させてやろうじゃないか!
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




