番外5‐1 異世界で俺は白米を炊く『高山田正大の場合』
目を覚まして真っ先に見えた光景を見て、俺は自分が異世界に来た事を確信した。
何故ならば……
「ひぇ~、だ、誰か助けてくれー!」
「ウヴォォォォ!
今、俺の目の前には頭に犬耳を生やしたオッサンが、軽自動車程度の大きさの猪……ゲーム内では初心者殺しと名高かったランブルボアに追いかけられていた。
俺が目覚めたのは小高い崖の上で、その少し離れた草原で繰り広げられている追っかけっこに若干の不快感を覚えつつも、このまま見殺しにするのも気分が悪いので助ける事にした。
「はぁ、やれやれ。異世界初戦闘の相手はランブルボアか、あんま美味くないんだよなぁ。アイツ」
俺はそう呟きながらメニュー画面を開いて、アイテムボックスから武器を取り出す。
装備はゲーム時代の物がそのまま反映されているので、初心者向けの中ボスクラスのランブルボアに後れを取る事は無いだろう。
最初の一歩を踏み込んだ瞬間の急加速に若干驚いたが、違和感なくN.W.C.の頃と同じだと確信して俺は一気に駆け出した。
ランブルボアが初心者殺しだと言われるのには、高い攻撃力と攻撃を受けても仰け反らないという所にある。
通常は動作の最中に攻撃を受けると、仰け反りという動作のキャンセルが発生するのだが、ランブルボアの突進中はスーパーアーマー状態になっている為、幾ら攻撃しても止まらないので、攻撃一辺倒になりがちな初心者が初めてぶつかる壁と言われている。
そんなランブルボアだが、コツを覚えてしまえば簡単に倒せてしまう。
その一つが……
「食らえ、【刹那刺連突】!」
【忍び足】スキルで気配を消しながら素早く近づき、アサシンの攻撃スキルの中でも威力は弱いが一番手数が多い物を選択する。
というよりも、このスキルは『どんな相手に対しても必ず1ダメージを与える』というだけの、殆ど使い道が無いスキルなのだが俺の持つスキルと武器があれば最恐のスキルへと変貌する。
今、俺が使っている“ヒュプノスの枝角”という攻撃に5割の確率で敵を眠らせる効果を持つ短刀と、攻撃に状態異常を付加する『状態異常攻撃(極)』スキルを加えれば、確実に何かしらの状態異常を引き起こし、また状態異常は重複するので眠ったまま毒に侵され麻痺で痺れて混乱するなんて事もあり得るのである。
「グオォォォ……ブブブ……」
ランブルボアの弱点は、突撃中は仰け反れない為に連続攻撃を当てやすい事と状態異常を受けやすい事だ。 大体の初心者はここで攻撃以外の方法の重要さを学ぶ事となる。
どうやら今回は眠りと麻痺を引いたようで、俺の攻撃を受けたランブルボアはビクンビクンと体を痙攣させながら白目を剥いて、その巨体が地面に倒れた。
内心では緊張していた俺だったが、ランブルボアが倒れたのを見てほっと安堵し、解体用のナイフを取り出す。
すると、追っかけられていたオッサンがこちらへとやってきた。
「いやぁ、助かったぜ坊主。まさか、あのランブルボアを一撃で伸しちまうとはな!」
「倒しちゃいない。状態異常で動きを止めただけだ」
俺はオッサンにそれだけ言うと、血抜きが遅れると肉が臭くなるので作業に没頭する。
と言ってもこの世界には魔法という便利な物があるので、尻尾を切断して尻を適当に掘った穴の中に突っ込むと、【血抜き】の魔法を発動させる。
これはゲーム内では“モンスターの血液”というアイテムを取得する為だけの魔法だったが、現実となった今では解体に便利な魔法である。
「ほう、手際が良いな兄ちゃん」
オッサンが感心したように呟いたが、俺は一切返事をしない。
寧ろ解体作業はここからが本番である。
俺は解体中に腸内の物が溢れない様に線をした後、皮を剥ぐ作業へと入る。
本来ならばこんな大物を1人で解体などできる筈もないが、そこは魔法もスキルもある異世界、地球にはなかったあらゆる物を使って解体してやろうじゃないか!
「まずは皮剥ぎ、【白刃一閃】!」
狙いを定めた斬撃が、猪の肉と皮を綺麗に切り取る。
剥ぎ取った皮は売るなり加工してアイテムにしてもらえるから取って置く。
次に足と首を落として、腹を掻っ捌いて内臓を取り出して初級水魔法で軽く洗い、身体を3枚に下す。
「お、おい、兄ちゃん。ランブルボアの肉なんか切ってどうすんだよ」
「あ? 食うに決まってるだろうが」
「は!? 止めとけってモンスターの肉には毒があるって話だ! 人の食うもんじゃねぇよ!」
「煩いなぁ。俺が何を食おうがオッサンには関係ないだろう」
勿論、このままでは死後硬直が始まっているので、食っても硬くて不味いのは明らかだ。
本来ならば10日ほど寝かせる必要があるらしいが、伊達にゲームでは料理狂などとは呼ばれていない。
ゲーム内でも味噌や醤油の醸造に成功させた技を見せてやろう。
「【熟成】!」
素晴らしき廃人共のノリと努力と血反吐の結晶、昔にゲーム内で俺は自家製味噌を作ろうと思い立ち作り上げた、対象を腐らせずに熟成させるオリジナル魔法である。
当初はゲーム内では、アイテムの鮮度が落ちれば一律で腐敗状態にかならず、温室まで作って貰って大豆を蒸して置いておいても腐った煮豆しかできなかった。
そこで俺が目を付けたのはチーズだった。
何故かチーズだけはゲーム開始当初から食料アイテムとして存在していて、雑貨屋で買う事が出来た。
しかし、食料アイテムの重要度も高くなかったので、どこでどうやって作られているのか誰も気にも留めていなかったがチーズは発酵食品だ。
つまり、何らかの方法で牛乳を発酵させている筈と、俺は牧場へ赴きNPCに1日中張り付いて、その謎を解明した。
何とNPCが搾りたての牛乳を“チーズの壺”というアイテムに入れた途端、中からチーズを取り出したのだ
その後ブチ切れた俺は廃人仲間と共に腐敗とは別の発酵状態を作り出す効果を開発、それだけで現実世界の1年を消費したのは良い思い出……である。
思わず開き掛けた黒歴史を振り切って、肉をブロックに切り分けると食べる分以外をアイテムボックスに仕舞い込んだ。
「よし、良い具合に柔らかくなったな。後は塩胡椒を振って……」
「おい止めろ! 死ぬ気か!」
そう叫ぶと、オッサンは俺が持っていた肉を奪い取る。
俺は眉を顰めてオッサンを睨み付けた。
「おい、ふざけるな。それを返せ」
「ふざけてんのはどっちだよ! アンタは俺の命の恩人だから、こんな自殺行為は見逃せねぇんだよ!」
何が自殺行為か。
俺はただモンスターの肉が食ってみたいだけだ。
オッサンは肉を返す様子が無いので、先に火の用意を始める。
と言ってもアイテムボックスに入っている調理器具を取り出すだけだが。
「良いか兄ちゃん、モンスターの肉には魔力が宿っててな? 昔はモンスターの肉を食えばレベルが上がるなんて法螺話が流行って、冒険者なんかは挙ってモンスターを狩っては食ったんだがレベルが上がるどころか、食った直後に病気になって死人が続出したんだよ!」
「むう、香り付けは大蒜にするか。わさび醤油という手もあるが……」
「聞けよ!?」
「黙れ、俺は今腹が減っているんだ。俺の食事を邪魔する者は何人たりとも許さん」
「こわっ、何で殺気を放ってんだよ!? わかった、腹が減ってるならこれをやろう」
そう言ってオッサンが取り出したのは少量の干し肉だった。
この程度で俺のワクワクを抑えられると思ったら大間違いだ。
「よし、フライパンに火が通ってきたな。では肉を焼こう」
「は、この肉は絶対に渡さ……あれ!? 持ってた筈の肉がねぇ!?」
ふ、アサシンにその程度の警戒など無きに等しいわ。
騒いでいるオッサンを無視して、肉を熱したフライパンの上に乗せると油が弾けて気持ちの良いパチパチという音が響き渡る。
「お、おい、肉の焼き方なんか分かるのか? 念入りに焼いたら焦げちまって食えたもんじゃねぇぞ?」
「そんなに焼くか、俺はミディアムぐらいが好きなんだよ」
「み、みであむ?」
香ばしく焼ける肉の香りが漂ってきたのを見計らってプライパンから皿に移す。
使う食器は全てレアアイテム“神のシリーズ”で統一、このアイテムは食事の時に使用するとオートHP回復や攻撃力上昇などの効果があるのだ。
「む、付け合せを忘れたか……と言っても今から作っていては肉が冷めるし、このまま食うか」
「ああ……俺は何度も言ったからな!」
では早速、異世界での最初の食事を始めようか。
適度に脂の乗り良く熟成された肉は、ナイフを入れるとバターの様にスルリと切れる。
切り分けた一切れを口に入れ歯を立てた瞬間、肉の旨味が舌の上に流れ出す。
口の中で融けるのではなく、寧ろ口の中でガムの様に噛めば噛むほど肉の旨味が流れ出し、硬すぎず柔らかすぎない丁度良い噛み心地でゆっくりと解けて行く。
「……うん、普通の猪と何か違うかと思ったが、変わらない……いや、こっちの方が美味いな」
「う、美味いのか? 聞いた話じゃあ臭いわ硬いわで、酒で流し込んでやっとだったって聞いたんだが……」
「ふん、どうせ大した下処理もしないで適当に焼いて食ったんだろ? 後、俺は食事中だ。話しかけるな」
「お、おう……」
オッサンが黙ったので、俺は心行くまでランブルボアのステーキを堪能したのであった。
「ふう、食った食った。結構やるな異世界」
「マジで食べやがった……信じられねぇ。兄ちゃん、身体は何処もおかしくないのかよ」
「ふ、今の俺は美味い物を食って身も心も充足している……こんな事は初めてだ」
「いや、そういう意味じゃねぇよ! ……はあ、色々あり過ぎて驚き疲れたぜ……」
そういえばこのオッサンは何故ここにいるのだろう?
「おいオッサン、何で人の食ってる所を見ながらツッコんでたんだ? 趣味なのか?」
「どんな趣味だよ! それに俺はまだ30代だ! ……はぁ、俺はアンタに命を救って貰ったから礼をしようと思っただけだよ。そうしたら恩人がモンスターを食い始めてそれ所じゃなくなったがな」
「じゃあ、気にするな。別にアンタを救うつもりでやったんじゃない。見過ごしたら次食う飯が不味くなりそうだったからやっただけだしな」
というか俺はドラゴンを食いにこの世界にやってきたのだ。
他にもマンモス型のモンスターの丸焼きや、魚モンスターの刺身の海鮮系なんかも食ってみたい。
フェニックスの卵とか、ポーションの材料になる物も料理に使えるのが多そうだ。
「それでも助けて貰った事には変わりねぇ! 何か礼はさせてくれ!」
「しかし、そう言われても……」
ハッキリ言って俺の手持ちのアイテムがあれば、自給自足など簡単にできるし、持ち運びできる魔法式ロッジもあるので衣食住にはまず困らない。
仙人のような暮らしになるが、人里に下りて厄介事に巻き込まれるよりはマシだろう。
……はて、そういえば何か忘れているような気がしたが……思い出せないなら重要な事じゃないだろうな。
「そうだ、兄ちゃんは食うのが好きなんだろ? だったら俺がモンスターの肉なんかより美味くてマシな飯屋を紹介してやるよ!」
ほほう、ソイツは面白い。
オッサンの自信満々の台詞に、俺は思わず興味を惹かれてしまった。
「分かった、そこまで言うのなら案内して貰おうか」
「へっ! 食って驚くなよ? そんなゲテ物より数倍は美味いぜ!」
そして俺はオッサンに連れられて、近くにあるという街へと行く事となった。
この時の俺はオッサンの台詞に惑わされ、大事な事を失念していた。
何故、神様が俺をこの世界へと送ったのか。
その理由を思い出したのは、店屋に入って料理が運ばれてきた直後だった。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




