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それは引き金となった事件が起こる三日前のこと。
学園生活も始まってもうまもなく一カ月が経とうとしていた時のことだった。
この学園に入学してからある程度の日数が過ぎ去っていたこともあり、最初は常に緊張感を漂わせていた他の生徒達も今は特定の友達等を作ったりして談笑したりと、どこの高校でも見かけるような光景が増え始めていた。
一方で、特別模擬に持ち込むことでKPTを他生徒から奪おうと動く生徒もチラホラではあるが徐々に動き始めていた。
その中でも最近になってKPT狩りと呼ばれる生徒が台頭し始めていた。
その内の一人だったのが同じクラスの垣見内である。
垣見内は特別模擬が発表されてから、初日のオレを含めて積極的に勝負をしようぜと声をかけていることは知っていたが、直近で発表されたどれだけKPTを獲得しているのかというKPT獲得ランキングでは五百人いる生徒の内、堂々の4位に入っていたほどだ。
しかし、一方で垣見内には不穏な噂も流れ始めていた。
それは
『垣見内は脅迫まがいに自分よりも弱い生徒を狙って勝負を仕掛けている』
というもの。
正直、この部分だけを切り抜けば、やり方はともかくそこまで大きな違和感を覚えることはないだろう。
だがこの噂には続きがある。
『その勝負を断った生徒は総じて骨折等の重傷を負わされている』
つまり、垣見内は自分よりも弱い生徒を狙って半ば強引的に特別模擬を仕掛け、その勝負を断った生徒には力による暴力によって重傷を負わされているというもの。
事実、この一週間で既に四人の生徒が骨折などの被害にあっていたそうだ。
もしこれが真実ならば、垣見内は校則の穴を突きながら行動しているともいえる。
なぜなら、校則には普段の生活で生徒を殺害することは禁じられているものの、生徒に骨折等の重傷を負わせた際のペナルティなどは一切書かれていないからだ。
日常生活での殺しさえしなければ何をしても問題ないという校則の穴を利用して、弱者を狙ってKPTを荒稼ぎしているのだ。
本音を言えば、オレはこの件にあまり深くは干渉したくはなかったのだが、一度声をかけられている以上は今後も狙われることを考慮し、今日から遠目に動きを監視するようにしていた。
しかし、垣見内に目立った動きがないまま、時は放課後へと進んでいった。
「今日のところは垣見内に目立った動きはなしか………」
自動販売機で買った紙パックのジュースを握りしめながら、喉へと流し込みながら垣見内の方へとじっと見つめていると一人の女子生徒が声をかけてきた。
「ねぇ。あなた、ジーと垣見内のことを見つめているみたいだけど何してるの?」
氷点下レベルの冷たい口調と目線。間違いない、ベルティアだ。
わざわざこのタイミングで声をかけてくるなんて一体何の用だろうか。
「ちょっとな。あいつに関する詳しい話ならお前も知ってるんじゃないか?」
「えぇ、一応小耳に挟む程度だけど。それにしても、あの垣見内って男、大した男じゃないわね」
ベルティアはまるで垣見内という人間性を全て見透かしているかのようなはっきりとした口調で言い放つ。
オレも何となくは察してはいたが一応それとなく理由を聞いてみる。
「一応そう思う理由を聞いておこうか」
「まず、最初に強いやつと勝負したいとあんなに堂々と宣言しておきながら、いざ実際に勝負が始まると自分よりも弱そうな人間しか狙わず、自分よりも強い人間との勝負は挑むどころか挑戦すらも断り続けているそうね」
「いわゆる弱者狩りってやつだろう。いいか悪いかはともかく、やり方自体に不自然さは感じないけどな。ただ、一部の生徒に大怪我を負わせている点だけは本当なら擁護のしようがないが」
「詳しいのね。私もそれに同意ね。まぁあんな器の欠片もないことをやり続けていたらそう長くは続かない灯でしょうけど」
ベルティアは腕組みをしながら垣見内の方へと視線を向ける。
そんな話をしていた最中だった。
垣見内が近くの席で石山成子の方へと近づき、いきなり机を蹴り飛ばした。
そしてまるで手慣れているかのように石山に向かって言葉を投げつけた。
「おい。おめぇ、俺と差しで勝負しろ。でないとどうなるかわかってるよな?」
実際に初めて垣見内が脅迫をしているところを見たが、これはわかりやすいくらいのヤクザの脅しだ。
オレみたいな人間ならともかく、石山のような女性なら垣見内のようなガタイのいい男に脅迫をされれば中々断ることは難しいだろう。
それはオレも含めたベルティアもそう思っていた。
だが石山はオドオドとした態度を見せていたものの、それでもはっきりとした口調で答える。
「す、すみません………。私はそ、その………い、忙しいのでまたの機会に………」
石山は授業中や休み時間の時の行動も含めて非常に大人しく、とても無口な印象だった。
ずっと自分の好きな小説を読み続けており、その間に誰かと話したりすることもなかった。ちなみに朝比奈の方から声をかけたられたのは除いている。
それでも、朝比奈が声をかけていた生徒は何らかの実力のある生徒を率先して優先していたと考えれば、垣見内は明らかに見た目と偏見だけで相手を選んでいることは明白。
その証拠に、垣見内は顔を赤い鬼のように赤く膨らませながら右手をガッチリと鉄球のように固く握りしめ、そのまま力任せに石山の方へと殴り掛かった。
石山は逃げることができずにそのまま目を瞑った。
しかし、垣見内の拳が石山に届くことはなかった。
垣見内の拳をオレの右手一本で完璧に受け止めた。
「な、お、お前は…………」
「どうやら噂は本当だったようだな。本当に噂程度で済んでいればもう少し泳がしてもよかったがここまで暴力に全く躊躇がなく、我慢できない性格だったとはな。一般社会なら刑務所行き常連だな」
ゆっくりと確実に垣見内の右の拳に痛みが走るように徐々に力を入れていく。
その痛みは垣見内の神経という神経を通じて確実に痛みは激痛へとグレードアップさせていきながら、全身へと伝わっていく。
「い、いだだだだだだだだ!」
「どうした? この程度で弱音を吐いていてはお前が求める強者とはまともに勝負すらさせてもらえないぞ。いや、むしろそれが目的か? だってお前は所詮、自分より弱い奴としか勝負する気がないんだっけか?」
挑発。今の垣見内にはこれ以上にないほどの最高の煽りである。
さぁこれで垣見内はどうでる。
「は、離せ……! こ、こいつに手を出すのはやめてやるから手を離してくれ!」
力づくで抵抗することもなくあっさりと降参。ちょっといつもよりも右手に力を入れた程度だったのにこのわめきようとは。
もはや挑発に乗る余裕すらもないというわけか。
オレは右手をあっさりと離す。このまま右手を握りつぶしてもよかったが、とりあえずこれで当分はオレに目を付けることはないだろう。
「鶴川! そしてそこの陰キャ女! お前らはいずれ確実に息の根を止めてやる………!」
垣見内は虚言に近い言葉を言い放ちながら、逃げるようにそそくさと教室を出ていった。
本来なら、朝比奈と違ってここで人助けをするつもりはなかったのだが、このまま石山が無惨に殴られ、いじめられている様を眺めるだけでは胸糞悪かった以上は仕方ない。
程なくして、その様子を端の方から見ていたベルティアがこっちへと向かって行きながら言葉を言い出す。
「やはり所詮は器の小さい小物だったようね。あの様子なら遅かれ早かれ他の誰かに利用されるだけされた後、最後に使い捨てられるか自ら自滅して終わりかどっちかでしょうね。少しは私のライバルになるかなというほんの淡い期待をしてみたけどとんだ的外れだったわ」
ベルティアは失望交じりにため息とともに呆れた様子で口を開いた。
ベルティアの入学初日の両手に血が染まっていたことの真相をまだ誰も知っているわけじゃないがやはり朝比奈が積極的に声をかけていたことと、その圧倒的余裕を感じさせる風貌から推測するにやはりただものではない雰囲気を感じさせる。
とはいえ、これで垣見内の方からオレに接触することはまずないだろう。石山の方は未だに恐怖による体の震えがまだ完全になくなったわけじゃないがそれでもどこか脅威がなくなったことによる安心感が見えた。
そして、石山は何も言葉を発することなくバタバタと何度も礼をした後、そのまま駆け足で帰っていった。
その様子にベルティアは再び呆れた様子で
「せっかく助けられた身なのにありがとうのあの文字すら言わないなんて、ここの生徒は態度の悪い生徒が多いことね」
と若干馬鹿にしたような口調で話す。
まぁ垣見内はともかく、石山の方はただ単にコミュ障を発揮しただけだと思うがベルティアの気に障るのもあれだったので今回はあえて言わないようにした。
そして、ベルティアは髪をゆっくりと後ろにかけた後、再び腕組みをしたままこちらに別れの挨拶の言葉もなく教室から去って行った。
「挨拶すらしないのは態度が悪いって言ってたけどそれってベルティアも同じなんじゃ……」
率直に感じた疑問は間違いなくベルティアの逆鱗に触れそうだったので絶対に聞こえないような声の大きさで独り言を呟いた。
やはりベルティアには興味を注がれているのか嫌われているのかよくわからないまま、自分の部屋へと戻った。
そして翌日。
いつも通り昼ご飯を食べていた最中のこと。
そして当たり前のように朝比奈と美神も一緒である。
あまりにも自然すぎてもはやこの二人とは友達を超えた幼馴染のような親近感すらも湧いてくる。
そんな時、石山が辺りをキョロキョロと落ち着かない様子でオレの方へとやってきた。
そして単刀直入に比較的短い言葉で
「あ、あの……! こ、この前はた、助けていただきありがとうございました! お、お礼といっては失礼も承知ですが、こ、今度、私がよく読む小説をお、お貸ししますね!」
普通の人よりもまだ小さい方ではあるが、それでも普段よりも大きな声ではっきりと感謝の言葉を伝えた。
その後、オレや朝比奈が話すよりも先に顔を赤くしたまま猛ダッシュで教室を出ていった。
その様子をなぜか嬉しそうな顔で聞いていた朝比奈がウキウキな様子で
「ねぇ! 鶴川君、石山さんともしかして何かあったの?」
ちょっと食い気味に聞いてくる朝比奈。
相変わらずというかなんというかこういうところも陽キャのギャルみたいである。
「まぁちょっとな。別にたいしたことはしてねぇよ」
「ふ~ん。そっか! でも石山さんのあんな顔見れて私は嬉しいよ!」
全く朝比奈には関係のない案件なのにまるで自分のことのように喜んでくれる朝比奈は本当に不思議である。
それでも、ちゃんと自分の口からお礼の言葉を言って来てくれたことに少しばかりの満足感もあった。
また機会があれば石山ともう少し話してみたいという興味も湧いていた。
しかし、その好奇心はあまりにも残酷な形で打ち砕かれることになる。
事件当日__。
今日もいつも通り、朝から自分のクラスへと向かっていた時のこと。
その道中で昨日、図書館に忘れ物をしたことを思い出し、一度図書館へと向かって行った。
そして、図書館のドアを開いた直後、オレの目に飛び込んできたのは…………
何本もの剣が体中に刺さり、まるでイエスキリストを処刑した時のような貼り付けの状態で吊るされていた変わり果てた血だらけの石山成子の死体だった。




