1-2
九龍学園の正門をくぐった直後、自分の両手が汗で少しずつ濡れ始め、より一層の緊張感が走る。
今まで普通に登校していた小中学校時代とそこまで大きく変わった心境の変化はない。
強いて言えば、オレを含めた他の生徒間同士で緊張感が張り詰めていることぐらい。
だが、一度この学園に踏み込んだ以上はもう後戻りはできない。
正確には、学校の許可なしではこの学園の外に出ることは出来ないといったところだが。
オレが卒業して外の世界に戻るころにはこの世界の闇が暴かれ、自分の家族のように強大な力によって理不尽に死んでいった人々や苦しむ人たちの希望になる事が今現時点での最終目標。
改めて想像するだけで白目をむきたくなるほどの険しい道である。
校舎の中へと入るとそこはまさにお金をかけて造られたという雰囲気の漂う豪華できれいに整備された教室の数々。
ほこりや汚れがほとんどなく、まるで最近完成したばかり建築物のレベルで綺麗かつ完璧に整備されている。
相変わらず政府がかなりのお金を投入して造られただけのことはある。
ひとまず、オレは入学時に言い渡されたクラスへと向かっていく。
九龍学園は入学する五百人を事前に二十クラスに分け、各クラス二十五人で学校生活をスタートさせていくことになっている。その中から様々な試験等を含めた学生生活を最後まで生き残るって卒業することができる生徒は多めに見積もっても半分以下までに減らされる。
だが、これも警察官だった父親が独自で調べ上げた調査資料を基にした情報。
正直、この情報が本当に正しいのかどうかも父親が既に死んでしまっているので知ることは出来ない。
唯一できることは自分自らの目で本当の真実を確かめることのみ。
そんなことを考えている内に自分がお世話になるクラスの前へとたどり着いていた。
「ここが1―T組か」
1―T
こここそが今回オレがお世話になるクラスだ。
事前の通知では、このクラスで配属されることになっているということ以外に誰が一緒のクラスになっているのかという情報は一切ない。
つまり、この教室のドアを開けた瞬間から初めて自分と同じクラスの生徒の顔と名前を知ることになる。
ここだけを切り取れば、普通の高校生と変わらないと思う人が大半かもしれない。
しかし極端な話、この学園では教室のドアを開けた瞬間から顔も知らない初対面の人間がいきなり全力で殺しにかかってきてもおかしくないということを暗示しているとも捉えることができる。
慎重に右手でドアを開けた直後、そのまま教室の中へと入ることはせずに反射的に左側に身体を移動させ、人の目ではとても視認できないレベルの速さで飛んでくる小さな物体を瞬時に右手で掴んだ。
掴んだ物体が何かを確認すべく慎重に右手のひらを開いていく。
手の中に掴んでいたのはやはり予想通り銃弾だった。
もし、このまま何の気配も察知せずに教室の中へと入っていれば、間違いなくこの銃弾の餌食となり、まともに学校生活を送ることなく人生を終了させていただろう。
「へぇ~! お前、不意打ちの銃弾避けるなんてやるじゃねぇか!」
放たれた銃弾先へと視線を向けるとそこにはまるで総合格闘技の選手かと疑ってしまうほどの大柄な男子生徒が机の上に座っていた。
右手には拳銃を握っていて、その先からは煙が細くたなびいている。
「おっと。先に自己紹介をするってのが礼儀だよな? 俺は垣見内剛太だ。早速だが、お前。俺と一丁殺し合いしねぇか? 他の奴らは俺と殺し合い避けたがる脆弱な奴らばっかりでよ。それに、今のお前の動きはとても人間業じゃない。相当な実力者と俺は見るぜ」
何かと思えば早速殺し合いの申し込みか。
まぁこの学園に入学した時点でこういうことはある程度想定済みだ。
とはいえ、入学していきなり血の争いはオレとしてはあまりいいとは思っていない。
「悪いがそんな子供じみた喧嘩に興味はない。やるなら他を当たれ」
「んだとおめぇ! この俺がわざわざ名指しで指名してやったってのに断るってのか!」
垣見内からわかりやすいくらいの怒声がオレの耳へと嫌でも入ってくるがここは無視でいいだろう。あまりこれ以上の面倒ごとは出来る限り避けたいところだ。
「そっちが無視を決め込むってのなら、こっちからいかせてもら……」
垣見内は大柄の体格を生かし、勢いよく殴り掛かろうとするもその拳がオレに届くよりも先に鋭い刃が彼の喉へと突き刺さる。
「まぁまぁ。今は入学したばかりになんだし、そんな殺気だった雰囲気はやめよ? それに、この学園は基本的に試験外の殺し合い禁止って事前に伝えられてるでしょ? 校則を破った時点で処刑されるってこともね!」
垣見内を止めたのは明るいオレンジ色のポニーテールにスレンダーで少し歩くだけで他の人を一瞬で魅了してしまいそうな美しい体を持った女子生徒。
外見だけで見ればわかりやすい陽キャのギャルといったところか。
しかし、さっきの垣見内を瞬時に止めた一連の流れはとても女子高校生とは思えないほどの俊敏な動きと、躊躇なく喉元へと刀を寸止め出来るほどの余裕と殺気。
その恐怖をオレの皮膚が瞬時に全身へと伝わっていた。
そしてそれは、垣見内も同感だった。
「……ちっ! わーたよ。今回はお前の言葉通りに従っておいてやるよ。朝比奈希」
「わざわざフルネームでなんてどーも! まぁ試験で対決するってことになったらその時は本気で相手にしてあげるね!」
朝比奈の不意に見せた笑顔は一瞬ではあったがオレの体に確かな恐怖を与えていた。
どんな恐怖なのかは具体的に言葉で表せないが、それでも体が本能的に危険を察知していた。
それはオレだけではない。喧嘩を止められた垣見内とそれ以外の生徒も同様だった。
そんな中、朝比奈はそんな事を全く気にする素振りもなくこちらに声をかけてきた。
「ごめんね~! 急に喧嘩吹っ掛けられたみたいだけど大丈夫だった?」
朝比奈が時折、髪を自分の片耳にかけながら優しい声のトーンで話しかけてくる。
人が平気で殺されるこの学園において、わざわざ他人に優しく手を差し伸べようとする姿はまさに仮初の天使である。
「あぁ。問題ない。それよりさっきは助かった。こちらこそ礼を言わせてくれ」
「いいよいいよ~! せっかくこの学園に入った仲間なんだしさ! これからはよろしくね! 鶴川君!」
朝比奈が突如握手を求めてきたと同時に初対面であるはずのオレの名前を知っていることに驚きが隠せなかった。
「なぜオレの名前を知っている? まだこっちは名前を名乗っていないはずだぞ」
「あ、それはね~。ごめんだけど今は言えないな~」
この学園に入るまでは誰の名前などは一切他の生徒達には名前は明かされないことになっている。つまり、この教室に入った時点で誰かと顔見知りという可能性は1%あればいい方だ。
だが、オレがこの教室に入った直後、ほぼ全員のクラスメイトの顔を視認したがその誰一人として過去にオレと会ったことのある人物は皆無だった。それはもちろん朝比奈もそうだ。
にもかかわらず、朝比奈はオレの名前を知っていた。向こうが一方的に知っているだけの可能性もあるが、どこで知ったのかを露骨に濁されたのはどうも怪しい。
オレはこの学園に入学した生徒の中では間違いなく無名の存在なはず。
何度考えても謎が深まっていくばかり。
とはいえ、このまま握手を拒否していてもクラスで孤立してより情報を得る手段を自ら手放すのと同義。
ここは素直に握手に応じておくか。
「まぁいい。これからよろしく頼む」
「こちらこそよろしくね!」
右手で互いに握手をした。
その直後、始まりを知らせるチャイムが校内中に鳴り響いた。
そして、それに合わせたかのように教室のドアがガラガラと開き、黒い長髪をなびかせた20代中盤くらいの女性が入ってきた。
間違いない、この女性こそがオレたちの1―T組を担当する先生だ。
「お前らー。そろそろ朝礼を始めるから指定された席に座れー」
若干やる気のなさも垣間見える声によって散らばっていたクラスメイト達がぞろぞろと自分の席へと座っていく。
だが、そんな中でオレの隣の席は空席のままだった。
全員が席に着いたのを確認し、先生はそのまま朝礼を始めようとした直後。
勢いよくドアが開き、白い髪のロングで背中に大きな銃を背負った女子生徒が両手を赤い血に染めた状態で入ってきた。
「入学早々、ギリギリになってしまいすみません」
彼女は遅刻したことに謝罪の礼をすることもなく、淡々とした様子で先生に話しかける。
その異常な状況にも、先生は全く動揺を見せることなく冷静な口調で答える。
「本来なら遅刻にしてやっているところだが、今回は初日ということで特別に遅刻はなしにしてやる。さっさと鶴川の横に座れ、ベルティア」
指を指した先にあったのはオレの隣の空席。
名前を呼ばれたベルティアは無言で空席の方へと向かい、そのままスカートを整えながらゆっくりと座る。その後、ベルティアは血で汚れた両手を自分のハンカチで拭き始めた。
ベルティアが最後に座ったのを確認した先生は改めて話を始める。
「えー、少し遅れてしまったが改めて始める。私の名前は高梨だ。まず手始めに、入学おめでとう。そしてようこそ、九龍学園へ」




