7-2
「神の種の本質? そんなことまでお前は知っているのか?」
ベルティアの話に思わず淡い期待を抱かざる終えない。
父親が追い続けてもたどり着けなかった神の種に関する真相に対する手がかりをここまで手に入れることができるかもしれないという可能性を感じてしまって期待をしないという方がおかしいだろう。
しかし、その淡い期待も一瞬にしてベルティアの言葉で打ち砕かれる。
「先に釘を刺しておくけど私の言う神の種に関する本質って言うのは基礎知識のことだから。その確認のために聞いたのよ。あなた、この学園に入ってきて神の種に関する基本的な知識は頭に入ってるの?」
「い、いや。遺伝子操作を行うものってことしか……」
オレの中の淡い期待が儚く散ったと同時にため息のような力のない声で答える。
今更この学園に入学しておいてあれかもしれないが、正直、神の種に関する情報は父親の残していたメモや日記を何度も探しても、ネットで検索をかけても神の種に関する目新しい情報はほとんどない状態で入学してきた。
結果的には神の種に関する具体的な基本情報を教えてもらえるのだからこれはこれでOKという気持ちで今はいよう。
「もはやこの世界における核になりつつある神の種に関する知識がこの程度しかないのにあなたがなぜこの学園に入学できたのか未だに理解できないわね」
「それは本当にぐうの音も出ないです」
相変わらずベルティアの言葉にはたまにではあるが強烈なトゲが突き刺さってくる。
とはいえ、これももはや彼女の性格という名の個性として捉えておくほかない。
「まぁいいわ。せっかくの機会だし、私なりの言葉で簡単にだけど説明してあげる」
「ありがとう。毎度手間ばかりかけさせて申し訳ないとは思ってるよ」
「別にいいわよ、これくらい。その分、ちゃんと働いてもらうけどね」
まだこの学園生活が始まって日が経ったというわけではない。
だとしても、ベルティアは未だに人によって態度を露骨に変えたりする悪癖は相変わらずだが、それでもオレのような何度か面と向かって話をしていくうちに、ベルティアなりに歩み寄るために色々と努力はしているんだなということだけは素直に感じ取れる。
そんな事をベルティアの様子を見ながら考えているとベルティアは二本目のペットボトルのお茶を喉の奥へと流し込み、きっちりと蓋を締め切った上で話を始める。
「正直なことを言うと、私もまだまだ神の種の全てを知っているわけじゃないわ。ただ、そもそもの知識として神の種、一部では遺伝子覚醒薬とも言われているらしいわね」
「遺伝子覚醒薬? 遺伝子操作じゃなくてか」
確かに、体の中にある遺伝子を操作するだけでここまで人間は生まれ変われるものかというそもそもの疑問はあった。
しかし、実際は何らかの作用を引き起こさせることで遺伝子が突然変異を起こし、それが結果として人類の覚醒を引き起こしているというわけか。
「詳しい原理等は流石にわからないけどね。ただ、神の種は世間では遺伝子操作を行うことで力を生み出す薬って程度の認識だけど、実際は遺伝子に強烈な副反応を引き起こすことで人間の体内物質を意図的に変化させて、通常の状態から覚醒状態へと変化させるもの。一部の噂では神の種って呼ばれているのは人間の体内を性質変換することで神へと近づくための種とも言われているそう。だから正確に言えば世間とは若干解釈が異なるみたいね」
ベルティアから話された内容は一回だけ聞いた限りでは完全に理解しづらいもの。
それでも正確に内容を頭に整理すれば、表向きに報じられている内容と実際にベルティアから聞いた内容とではかなり違っている。
同時にこの若干の違いをなぜ世間に公表していないかという謎も残る。
謎が一つ分かると同時にまた新しい謎が誕生する。
これはある意味人生における心理なのかもしれない。
「なるほど。とりあえずは神の種に関する知識が世間と実際とでかなり異なっているってことはわかった。だが表向きに神の種は遺伝子を覚醒させるものではなく遺伝子を操作するものと公表しているのは少し気になるな」
「それは私も同意ね。覚醒と操作とでは内容がかなり違ってくるから。だけど、こればっかりは今現時点では調べようがないわ。ただ、ほんのどこかの風の噂では神の種による遺伝子覚醒は行った人間全て例外なく何らかの副作用が出るとは聞いたことがあるけどね。ただ、人によってその時期や副作用の内容にはかなり個人差があるそうだから絶対という確証はないけど」
やはりお互いの推測だけではより一層の謎が増えるばかり。
ベルティアの話していた神の種を使ったことによる副作用についても気になるが、今は調べようのない謎を追い続けても時間の無駄か。
とりあえずは頭の片隅にでもこの話は残しておいておくか。
「なるほどな。本当にざっくりとではあるが神の種についての基本的な知識は知ることができた。感謝するよ」
机の上に腰かけていた体を立ち上げ、ゆっくりと軽く頭を下げる。
その感謝を受け取ったベルティアは右手で髪を小さくいじりながらそれまでほとんど見せたことのなかった照れ顔。
それまで見せていた彼女の視線が突如として恥ずかしがるように視線が違う方へと逸れる。
「い、いいわよ。このくらい、大したことじゃないわ」
ベルティアの見せたその表情は、時間こそ一瞬だったが初めてベルティアの表情が可愛い女の子としての一面を見せたような気がした。
「それに、まだまだ私たちは計画が決まったばかり。まずはその計画が成功するための最善を尽くすまでよ」
すぐにベルティアは表情を瞬時に切り替え、いつものクールな顔つきへ戻した。
この切り替えの速さは流石というか学ぶべきものがある。
「今日のところはここまでにしましょ。明日からの動きは後日追って私のメールから指示を送るわ」
ベルティアが使い慣れた手つきでオレの方へと自分のアドレスを送った。
この学園では一応、学校専用に作られたアプリもいくつか存在し、その中には連絡交換用のレーインというアプリもあったのだが、ベルティアは万が一敵組織からやり取りの内容を不正に横流しされる可能性が捨てきれないことも考慮し、学校外で作られたメールアプリでやり取りをすることが決まった。
ここまで徹底しているのは絶対に一睡の油断も隙も与えてはならないという強い覚悟が垣間見える。
「それじゃあ、そろそろ教室の鍵を閉めるからさっさと外に出るわよ」
黒板の方へと向かい、横に立てかけてあった教室用の正真正銘の鍵をくるくる回しながら話すベルティア。
そのままベルティアが教室の外へと踏み出そうとした足をオレは止めた。
「ベルティア、最後に一つだけ聞かせてくれ」
オレの頼みにベルティアの足がピタリと止まる。
ほんのわずかな静寂の後、ベルティアといつもと変わらぬ口ぶりで
「何? まだ聞きたいことがあるの?」
と短い口調で淡々と話す。
オレがベルティアに聞こうとしてたこと。
それは入学初日にベルティアが1―T組の教室に入ってきた際、明らかに誰かを殺してきたと確信するほどの血を両手に浸らせていたこと。
入学する前に一体何があったのか、そして殺した相手は誰なのかを知っておきたい。
一連の事件との関連性は薄くても、これは単純にオレ自身が事の真相を知っておきたいという本能的要素が強い。
「別に大した事を聞くわけじゃないが確認しておきたいことがある。入学当日、お前は両手を真っ赤な血に染めた状態で教室へと入ってきた。あれは間違いなくお前が誰かを殺してきてから自分のクラスへと入ってきたものだと思っているが初めてこの学園の教室に入る直前、一体何があったんだ? そして、誰かがお前を襲ってきたからやむを得ずに手を下したのか? それだけ教えてほしい」
ベルティアがホワイトエンド事件以後、どういう風に過ごしてきたのかは自分にはわからない。それでも、なぜベルティアが手を赤く染めないといけなかったのかという理由を作戦に動く前に知っておかないといけないというぼんやりとした義務感があった。
オレの質問を聞いたベルティアの顔が一時的な曇る。
しかし、ものの数秒で表情がまたいつもの顔へと戻り、そのままどこか窓の外の先の世界を見ているような目でこちらに視線を向けずに語りだした。
「そうよ。入学直前、私のことを奇襲してきた人を五人ほど殺してきた」
「誰を殺したんだ? まさか一般人を殺したわけじゃ」
オレの頭によぎり始めた疑念をベルティアは強く否定するように首を横に振った。
「いいえ。流石の私でも一般人を無差別に殺していくほど頭はイカレていないわよ。私を襲ってきたのは死神の目。多分、ホワイトエンド事件の生き残りだったシルフィー一族の私を始末しろってどこからか指示があったんでしょう。もう私にとって慣れたてしまった日常の一部でしかなかったけど」
ここに来て知るベルティアが死神の目に目を付けられているという真実。
聞き返したいことはあるが今はベルティアの話を最後まで聞くことを優先し、一旦は聞く耳の方へと神経をとがらせる。
「話を続けてくれ」
「私はただ、死神の目の下っ端たちが明らかな殺意を持って殺しに来たから返り討ちで息の根を止めただけ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
ベルティアが強引に話を終わらせ、一時の静寂が教室中に漂う。
ベルティアの地雷を踏んだような内容ではなかったものの、それでもベルティアの話していた最中の表情を読み取れば何となく殺したくて殺したわけではなさそうだということだけはわかる。
「急に変なこと聞いて悪かったな。それじゃあオレは教室を出るよ」
気まずい雰囲気にさせたことを軽く謝罪し、そのまま速やかに教室を出ようとした足を今度はベルティアが止める。
「待って」
どこか悲壮感と覚悟が入り混じったような3文字にオレは返事よりも体が彼女の方へと振り向いた。
「あなたがどう思っているかなんて今は興味もないし好きでも嫌いでもいい構わないわ。だけど、これだけは覚えておいて。この世界はあなたが思っているよりも何十倍も黒く、嘘と偽善と仮初の正義でまみれているってこと。そして、それが時として人類が築きあげてきた常識も歴史も未来も破壊するときが来るって。そうなった時にあなたはどうするの?」
彼女の言葉はオレの父親が残したと似ていた。
ベルティアの言葉がこの先の未来にどう影響するかもわからないし、今考えたって仕方のないことだ。
それでも、ベルティアの言い終わった後の表情とその直後に吹いていた春らしからぬ冷たい風がこの先に起こる嵐の予感を感じさせたに違いない。




