書店員
「今朝届いた発禁指定の本のリストだ。店を開ける前に、棚から除去してくれ」
店長の声が朝の店内に響く。
店員がリストを見て、同僚たちとひそひそ話をする。
「この作家。発禁処分を受けるの、これで何作目だ」
「八作目だよ。これで残りは二作品のみ。棚がガラッと変わるな」
「売れっ子だったのにな。少し残念」
「おい。お前も再教育センター送りになるぞ」
「あぁヤバイヤバイ。設定破綻なんて、作家のすることじゃない。急いで片付けないと」
リストの本を棚から探す書店員たち。
「しかし、このリストにある本、もうないぞ」
「店長、リストの本、ほとんどありません」
「本当か? ちょっと見てみる。ほんとだな」
店長はパソコンでデータを確認する。
「あの、この本たち、先週一気に売れました」
私は店長の側に行き、報告する。
「あぁ。せどり連中か……。まぁうちとしてはありがたいが、危ない橋を渡るな」
店長は目を細めた。
……
私の名はタカモリサナエ。
都内のとある大型書店の書店員だ。
大学を出て、好きだった本の仕事をしたいと思い、書店員となった。
そして書店員となり、三年後。
設定破綻罪が成立した。
少し思うところはあるが、時代の流れには逆らえない。
私は昼休み、いつもお手製の弁当をビルの屋上で食べている。
コンビニの袋を持った店長がやってきた。
「店長。お疲れ様です」
店長は私の弁当を覗き込む。
「あぁタカモリか。お前、手作り弁当持ってきてるんだな。えらいな」
「いえいえ。ごはんを詰めて、冷凍食品のおかずを詰めているだけですから、調理というより、ただの好みの選択です」
「上手いこと言うな。作家でもなれるんじゃないか?」
「いえいえ。作家は難しいでしょ。今は設定破綻を起こさずに書くことが求められるし」
「そうだよな。設定破綻なんて、昔話の時代からあるもんな。なんで桃から人が生まれる」
「法の制定後……、児童書の棚、結構ボロボロになりましたよね」
「あぁ。俺の知り合いの保育士さん、園で読む本がなくなったと嘆いていたわ」
「まぁでも、児童書とかは、制定後一気に売り上げが上がりましたよね」
「だよな。お陰様でというのは微妙な気持ちなんだけどな」
「しかし、設定破綻した本って、割合的に売れていたじゃないですか?
あれってどういうことなんですか?
読者が設定破綻を望んでいるんですか?」
「タカモリ……、
それは正確ではないな。
始めは設定破綻を起こさず、淡々と進めていた本も、
年月を経ると、設定破綻をきたすんだ」
(ぷしゅ)
店長は缶珈琲のプルタブを開ける。
珈琲の香りが鼻をかすめる。
黒い缶に白い文字。
ブラックの無糖。
店長は一口飲むと、がさがさとコンビニの袋を探る。
取り出したのは、焼きそばパンだった。
焼きそばパンの袋の端のギザギザ部分に手をかけ、
一気に下ろす。
透明のビニールと共に、紅ショウガが三本ほど地面に落ちた。
店長はそれに気が付かず、がぶりと一口。
ふと指を見ると、指に焼きそばが垂れていた。
「しかし、年月を経ると設定破綻をきたすとはどういうことですか? まるで加齢現象のようです」
私は軽口を叩く。
「加齢現象か。たしかにその通りかもしれないな」
店長は空の雲をじっと見つめる。
ブラック珈琲といい、いまの仕草といい。
店長はハードボイルドに酔っているのだろうか?
そういえば店長が好きだった漫画はたしか……、
暗殺者の話だったような。
あれも設定が無茶すぎるということで、発禁処分になっていたな。
「つまり、売れるという過程で、設定破綻を起こしやすくなっていくんだ」
店長は言った。
売れる過程で、設定破綻を起こしやすくなる?
いったいどういうことなのだろうか。
「話が見えません」
私は店長を見る。
店長は焼きそばパンを食べ終わり、こんどはコロッケパンを手にしていた。
焼きそばパン、コロッケパン。
まるで男子中学生のようだ。
私はなんとなくそう思った。
「店長、つかぬことをお伺いしますが、焼きそばパンとコロッケパンって、中学生のころから好みが変わってなかったりしますか?」
「なぜ知っている?」
店長は不思議そうな顔をする。
「いえ、なんとなく」
私は言葉を濁す。
たしか店長は三十代後半だったはず。
中学生のころから、パンの好みが変わっていないなんて、そんなことがあるのか。
いや、あるのだろう。
「まぁいいさ。設定破綻を起こさない作家というのは、俺の焼きそばパンとコロッケパンみたいなもんだ」
店長は遠い目をした。
「どういうことですか?」
「成長がないとも言えるし、ブレないとも言える。重要なのは時代に流されないことだ」
時代に流されない。
「設定破綻した作品は、時代に流されたと?」
そう言いながら、自分でも考えた。
それは一理ある。
そう思えた。
「あぁ。時代に流されたのもあるし、声の大きい読者やSNSの声に流されたとも言える。亡くなったキャラが突然復活するパターンは、大抵これだしな」
店長は言った。
「それ、聞いたことがあります。一部の読者が圧力をかけると」
「あぁそうだ。よくよく考えると恐ろしいことだよな。作家というと物語の世界では神同然の存在、それに圧力をかけるのだからな」
神に圧力……。
「私、聞いたことがあります。どこかの寺の住職が、五穀豊穣の神を祀っていた。ある日急な来客で、寺の食料が足りなくなった。するとその住職は、その神像を縄でぐるぐる巻きにして、お前がさぼっていたからこうなった、すぐに食料を手配しろと罵ったと」
「そんな奴が本当に存在するのか。とんでもないな」
店長は苦笑いをした。
気が付くと、店長はパンを食べ終わっていた。
「まぁ。そういうことだ。作家というのは物語の中では神ではあるが、いろいろと肩身の狭い神だとも言えるのだよ。
論理的思考が甘い作家もいるのは事実。
だが、肩身の狭さゆえに設定破綻を起こす作家もいるんだよ」
店長はそう言い、去っていった。
ふと足元を見ると、紅ショウがはどこかに消えていた。




