設定破綻罪
「ほら、アニメとか映画でさ、設定が論理的に崩壊している作品があるじゃない。ああいうのはさ、教育上悪いと思うんだよね」
与党安全国民党の重鎮の一言で、世界は激変した。
一般的な国家でも与党の重鎮の一言は大きい。
しかしこの国の重鎮の一言は、大きいというレベルを凌駕していた。
重鎮の一言に賛同する者が増え、数か月のうちに立法化の機運が高まる。
なぜこんな事が起きたのか?
実は安全国民党は常に60%の議席を確保していた。
なので立法化しようと思えば、スグにできたのである。
通常このような形であれば、一党独裁国家と海外から批判を受ける。
しかしこの国の安全国民党は批判を受けなかった。
なぜか?
それはあらかじめ通す法案と、通さなくても良い法案を決めていたからだ。
例えば必ず通したい法案があれば、60%の議席をフルに使い、法案を可決させる。
通さなくても良い法案であれば、意図的に与党内部に反対者を出させ、法案を否決させる。
これにより、一党独裁ながらも、議員は国民の方を見ているという雰囲気を出していたのである。
半年後、官邸――
「ボン。これで念願の設定破綻罪が両院で通過しましたな」
安全国民党の重鎮ヌコカイは目を細めた。
「ありがとう。これも君のお陰だ」
安全国民党の議長の息子タケルは頭を下げた。
「ボン。何をみずくさい。昆布出汁かなんか足しましょか」
ヌコカイは笑う。
「なんだよ。昆布出汁って」
「ほら、みずくさいのも、出汁が入れば旨味に変わるでしょう」
「本当にあなたは食えない人だ」
「そりゃ出汁とか水ですからな。食うというより、飲むとか吸うでしょう」
ヌコカイは笑う。
沈黙が流れる。
「ところで、大変なのはこれからですよ」
ヌコカイは真顔だった。
「ああ、わかっている。それはうちの百蟲隊がうまくやってくれるよ」
タケルは目を細めた。
……
タケルは思い出していた。
設定破綻罪の概念が誕生したあの日のことを。
それは十五年前、彼が十五歳の時だった。
その頃はやっていたアニメの展開について、教室では議論が巻き起こっていた。
「もうあんな状態になれば、復活はムリだろう。弾薬もつき、怪我もしている。食料もない。話は終わりだよ」
タケルは状況を冷静に分析し、そう判断を出した。
「たしかにそうだ。しかし今回のクールが始まって、まだ三話だ。だいたい計十二話あるから、これからなんか手を打ってくるよ」
タクミは言う。
その後も、議論は続いた。
「俺は絶対に終わると思う」
タケルはタクミを論破し、拍手喝采を受けた。
一週間後、アニメが放映された。
内容は先々週死んだはずの仲間三人が謎の生物に命を救われ、
助けに来たという展開だった。
タケルが教室に入ると、
皆笑った。
「あんなに論破して俺スゲーみたいになっていたのに、よく教室に来れるよな」
そんな声が聞こえた。
タケルはあんなのはズルだ。
そう言いたかったが、言えなかった。
そう教室は完全にタクミに掌握されていた。
その日からタケルは学校に行くのを辞めた。
……
俺はタケル。
この国の与党安全国民党の議長の息子。
学校で恥をかき、
引きこもった。
父には正直に事情を説明した。
父は目を細め、
「お前の好きなように生きなさい」
と鍵を渡してくれた。
鍵は屋敷の中の一室の鍵であることがわかった。
俺は部屋に入る。
部屋は雨戸で閉ざされ、光はほとんど入ってこなかった。
俺は電気をつけ、窓を開け、雨戸を開け放つ。
ホコリっぽいにおいと、少しのかび臭さが、五月の乾燥した土のニオイに混じり、吸収される。
その部屋には、
飾り気のない古ぼけた木の机と木の椅子がそれぞれ一つずつ。
それに腰ぐらいの高さの金庫が一つ、端っこのほうにあった。
金庫の上には、鍵が一つ。
俺は鍵を開ける。
金庫の中から冷気が出てくる。
そこには多量の現金と手帳があった。
サラリーマンが生涯で稼ぐ額の倍ほどはあっただろう。
俺は手帳を見る。
そこには父の人脈の全てがあった。
俺は椅子に座り、机の上に手帳と札束を一つ置き、
考えを巡らせる。
父の意図は?
春の心地よい風が、眠りを誘う。
俺はそれにあらがい、なおも考え続ける。
「政治は弱点を知り、それを徹底的に活用すること」
ふと父の声が聞こえた。
俺はメモを取る。
「政治は弱点を知り、それを徹底的に活用すること」
「政治は弱点を知り、それを徹底的に活用すること」
「政治は弱点を知り、それを徹底的に活用すること」
何度も復唱した。
父が何度も言っていた言葉だ。
父は俺に何をしろと言っているのか?
父は、
「お前の好きなように生きなさい」
とは言った。
しかし、あの父が、本気でそんな事を思っているとは思えない。
なにか、最適解があるはずだ。
俺は考える。
俺は何と戦った。そして何に敗れた。
俺が戦ったのは、論理破綻した物語だ。
そして、論理破綻が世間に受け入れられたことにより敗北した。
論理破綻した物語。
論理破綻が世間に受け入れられた。
なぜだ。
なぜ。
そんな事が可能になる。
ご都合主義。
そうか……、
これがご都合主義か。
ご都合主義という言葉は知っていた。
今まで、
特別なんでもないものとして看過してきた。
しかし、ご都合主義は、圧倒的な暴力だ。
それは人々の脳を破壊する。
到底許される行為ではないだろう。
ご都合主義が俺に牙をむくのなら、潰してしまおう。
俺は多量の金を前にそう思ったのだった。
……
俺は手始めに、ヌコカイに連絡をした。
自分の事情を説明し、父にリストと金を渡されたことを伝えた。
「ほう、なるほどね。じゃあボンは革の手帳を託されたってことやね」
やけに意味ありげな言い方をする。
「まあそうだけど、どうすれば良い?」
「私らは政治家やさかい。最終的にはルールでケツを拭くんやわ。ボンが恥かいたんもルールが曖昧やったからや。そう思わんか?」
「それは、その通りだと思う。しかし設定破綻をルールで無理にするなんて、どうなんだ?」
「よう考えてみ。車もな。200㎞くらい出るやろ。でも高速道路でも200㎞出さんわな。これおかしないか?」
「それは思う。そもそも車の制限速度を法定制限速度に変えたほうが良いと」
「せやな。でも考え方を逆にしたら、法定速度があるのが、そもそもムリがあるとも言える。自由に走って良いという世界やったら、200㎞でも走れば良い」
「しかし、それだったら危ないだろう」
「そや。だからルールがあるんや。今回のボンの話もな。設定破綻が国民の安全に危害をもたらすんやったら、成立すんねん。車の法定速度とまるで同じや」




