古書店街浄化作戦
それは八月の暑い日のことだった。
仏畑古書店街では、暑さもあり、客足が遠のいていた。
(ぶーがたん。ぶーがたん)
カウンターに乗せた扇風機が、首を振る度に異音を出す。
「もうこの扇風機も寿命かな」
ヨコミゾ古書店の店主ヨコミゾは、
ホコリをかぶった扇風機を一瞥する。
(からんころん)
ドアベルが鳴る。
「いらっしゃい」
店主はドアも見ずに言う。
客の顔に興味がないというのもあるが、
それよりもプライバシーに配慮してのことだ。
客は店内を5分ほど物色している。
あの足取りは明確に何かを探している動きだ。
店主はそう思う。
何かお探しですか?
そう尋ねようと思ったが、やめにした。
逃げられる恐怖を感じたからだ。
今日はこんな暑さだ。
きっとボウズだろう。
ならほおっておいて、買ってくれるのを期待しよう。
なにせ、
設定破綻罪が成立してから、売ってもいい本が少なくなった。
店主は張り紙を一瞥する。
本買取します。但し設定破綻の本はのぞく。
手書きの張り紙だ。
こうでもしておかないと、
今や書店は破綻警察から常時チェックされる身の上だ。
表面上だけでも、従順にしておかないと。
「店主」
客が呼ぶ声がする。
「はい。何かお探しですか?」
先ほど用意したセリフが使え、
店主の顔は満足げだ。
「S氏の食卓初版本があると聞いた」
店主は客の顔を見る。
中肉中背で、目つきは鋭い40過ぎの男。
柔道でもやっていたのであろうか、
耳は餃子のような形。
ほんのりと車とタバコのにおいがした。
「お客さん。冗談はよしてくださいよ。発禁本ですぜ」
店主は言った。
男はジャケットの内ポケットから、
茶封筒に入った札束をどんと置いた。
男は何も言わない。
ただじっと店主の目を見る。
店主の目の色がみるみるうちに変わる。
「ちょっとすみません。雨が降りそうなので、シャッターを降ろしてきます」
店主は慌てて、シャッターを閉め、店の奥に行く。
3分ほどして、店主は油紙でつつまれたモノを男に手渡す。
「確認するぞ」
男は言った。
「へいどうぞ」
男は油紙を開き、中を確認する。
それはまぎれもない発禁処分になったS氏の食卓初版本だった。
男はジャケットの内側にしのばせたマイクに話しかける。
「S氏の食卓初版本を押収した。でてこい」
店主の顔がみるみる恐怖と怒りに変わる。
「お客さん、破綻警察か。だましやがったな」
店主は言った。
「騙してはいない。初版本があると聞いたと言ったあとに、札束を見せただけだ。買うともなんとも言っていない」
数分後、数名の私服の男たちが、店に入ってきた。
店は徹底的に調べられ、末端価格500万円相当の発禁本が没収された。
その日、仏畑古書店街で摘発を受けた店は58件。70件ある古書店の大部分が、摘発を受け、店主および関係者が逮捕された。
……
その後、摘発を受けた古書店は、全て廃業となった。
跡地には様々な店舗が入った。
半年後、歴史ある仏畑古書店街には12件の古書店が残るのみとなった。
摘発を受けた中には、仏畑古書店街の会長も含まれており、
行政指導により、仏畑古書店街の名称、および看板も撤去されることとなった。
一つの歴史が幕を閉じた。
……
古書店街の摘発で逮捕されたのは、計80名。
全員が再教育センターに拘留された。
再教育センターでは、
3か月の反省教育が行われる。
設定破綻が起こす数々の脳への悪影響。
などが徹底的に叩き込まれ、
自分の行ったことを反省文に書かされた。
一時間に原稿用紙二枚、
それを一日五時間。九十日間。計四百五十時間の反省。
そして一日三時間のディスカッション。
これは逮捕者を設定破綻側、設定破綻を批判する側にランダムで置き換え、
ディスカッションを行うというもの。
設定破綻を批判する側が完全なる勝利を起こすのが、終了の条件だった。
始めは、設定破綻を擁護する脳を持っていた店主たちも、
3か月後には、設定破綻を憎む脳に変わっていった。
そして彼らは、出所後、破綻警察の配下として、活動することになる。
……
ここは破綻警察のとある支部。
うす暗い無機質なコンクリートのビルの中に声が響く。
「おいヨコミゾ。ヨコミゾはいるか」
男の身体はごつく、耳は餃子のような形になっていた。
「はい。ここにいます。トゴシ警部殿」
細い男が駆け寄ってくる。
「あぁ、そこか。カツ丼を食いに行くぞ」
「はい。お供します」
二人はコンクリートのビルから、外に出た。
男たちは商店街に入る。
その雑居ビルの地下一階にその店はあった。
カウンターが10席ほど。
地下なので窓はない。
食券制の店で、入口の食券機で食券を買ってから、注文する。
「おいヨコミゾ。俺は大盛にするが、お前はどうする?」
「じゃあ、私も大盛で」
「味噌汁を五十円増しで豚汁に変えられるが、どうする?」
「じゃあ、警部殿と同じで」
「よしわかった」
「おいくらですか?」
「よせ。今日は俺の奢りだ」
「いつもありがとうございます」
男たちはカウンターの真ん中あたりに座った。
十四時を過ぎ、店には他に一人しか客はいなかった。
「ここはな。昔、雑誌に載っていてな。それからたまに来るんだ」
警部は言った。
「いい店ですね。雰囲気がある」
数分ほどして、カツ丼と豚汁が運ばれてくる。
「あっあっふう。こりゃうまい」
「そうだろう。ここの大将のカツは揚げ方がウマい。たしかパン粉が特注だったんだよな」
警部は店主の方を見る。
「へいおっしゃる通りで、うちはパンを一斤で買って、それでパン粉を作ってます」
「だからこんなに美味いんですね。警部殿、良い店を紹介してくださってありがとうございます」
「良いって事よ」
十分ほどして、食事を終える。
帰り際、ヨコミゾが隅っこの本棚に目を光らせる。
ヨコミゾは耳打ちする。
「警部殿。あの本棚に発禁本がありますぜ」
警部は店主を呼び、胸のジャケットから手帳を見せる。
「おい、あそこの本。発禁本だ。今度来る時までに処分しておきな」
そう耳打ちした。
「へい。ありがとうございます」
店主は言った。
……
それから三時間後。
トゴシ警部は逮捕された。
罪状は設定破綻幇助だった。
リークしたのは……、
いったい誰だったのだろう。




