作家の苦悩
私は32歳の売れっ子作家。
大手出版で累計3000万冊を売り上げた男だ。
始めは、遊びのつもりだった。
ほんの遊びのつもりで投稿した作品が、ランキングで上位を取り続け、
大手出版から商業化のオファーが来た。
これからも、私はこの世界で食っていける。
そう確信したのも束の間。
編集からの一本の連絡で、私の未来は闇へと落ちた。
「設定破綻罪。両院を通りました。施行は三か月後だそうです」
「ちょっと待ってくれ。設定破綻罪なんて、可決しませんよって言ってただろう」
私は声を荒げてしまう。
台所の女房が心配そうにこちらを見ている。
私は受話口をふさぎ、ベランダに出る。
現金一括で買った中古マンション。
小さいながらも私が本で建てた城だ。
「施行は三か月後って、いったいどうなる?」
「上層部の話ですと、破綻した設定の論理的接続が可能なものは継続するそうです」
「具体的にどうする?」
「たとえば6巻で設定が破綻した事象が起きたなら、その6巻をリコールで回収し、新しい巻を配布するということになります」
「その6巻の印税はどうなるんだ?」
「リコールで回収した分の印税は支払われません。新しく販売された分については支払われます」
「破綻が回避できないものは?」
「最終的に夢落ちで終わらせるという形になります。ただしこの場合、基本的には作品は打ち切りになる可能性が高いです」
「私の作品はどうなるのだろう?」
「わかりません。先生の作品は、ずいぶん前から設定がインフレを起こしていますから、回避は困難かもしれません」
わかった。考えると言い、私は電話を切った。
「あの設定破綻罪。影響を受けそうなのですか?」
女房が心配そうに見ている。
私は躊躇する。
正直に言うべきか、それとも隠すべきなのか?
ただ、先日家訓として設定した。
「家族同士で嘘やごまかしは禁止」
というルールが頭をよぎる。
「破綻が回避できる設定を入れられるなら、継続できる」
短く答える。
女房は腕を組み考える。
リビングにある、
私の作品を手に取り、流し読みをする。
「回避は難しそうですね」
そう呟いた。
「あぁそうかもしれないな」
短く答える。
「あの……、いったん終わらせて、人気のキャラクターをスピンオフして出すのはどうでしょうか?」
女房は言った。
それだ。
私は無言のまま、
編集へ電話をかける。
「いったん終わらせて、人気のキャラクターをスピンオフして出すのはどうか?
たとえばミルフィーとか」
「なるほど、確認してみます」
電話口で数分待つ。
もし、
いけたら私は復活できる。
どのキャラクターをスピンオフさせよう。
今後は設定が破綻しないようにしなければいけない。
しかし、
逆にそれが無理だったら、どうなんだ。
私に新しい物語なんか書けるのか?
胃の中が熱く感じる。
なにかに掴まれたように、締めあげられる。
「お待たせしました。無理だそうです」
沈黙が流れる。
いつもは間を嫌がる編集が、何も言ってこなかった。
それだけで、私は見放された気持ちになった。
「なぁ。私はこれからやっていけるのだろうか?」
私は力なく言った。
「申し訳ございません。今回ばかりは私にもわかりません」
そう返ってきて、私は何も言えずに電話を置いた。
氷河期
という言葉を思い出した。
急に地球の環境が激変し、
多くの動物が死に絶えた氷河期。
まるで、氷河期みたいだと私は思った。
私はふと大学時代の友人の顔を思い出す。
彼も物書きになったと聞く。
電話してみよう。
まぁ解決策を思いつかなくても、愚痴の一つでも聞かせてやろう。
そう思った。
(ぷるるぷるる)
「はい。アカギです」
電話に出る。
声は昔と変わらない。
「あのヨツハシだよ。大学の同期の」
「あぁひさしぶりだな。どうした?」
昔と変わらない気さくさ。
「いや。私はいま作家で、ほら設定破綻罪が施行されるだろ。たしか君も物書きだったと思ってな」
「俺はノンフィクションだからな。
そもそも設定破綻するような作品を書かないよ。
あれ笑うよな。なんで設定破綻するような作品を書くんだ」
ゲラゲラ笑っている。
「あぁそうだな。なんで書くんだろうな。いろいろ事情があるんじゃねぇか?」
「事情?設定破綻なんか、読者を舐めているだろう。読者がアホだと思っているから書けるんだよ。証拠を徹底的に集めないと物書きなんかできないだろう」
「読者をバカにはしていないと思うよ。むしろあれだよ。サービス精神だよ」
「お前やけに設定破綻している側の肩を持つな。お前ひょっとして……」
「まさか、そんなわけないだろう。ちょっと思考実験としてな。質問するが、設定破綻した作品を破綻から回避させる方法があるとしたら、どんなものだ?」
無理やりなこじつけだ。
バレるだろう。
そんな風に思いながら、彼の言葉を待つ。
「……思考実験か。ひさしぶりだな。そうだな。夢落ちだろうな」
「夢落ちはありだろうな。実際夢落ちで終わる作品は増えるだろうな。
他は思いつかないか?」
我ながら他力本願過ぎて、嫌になる。
思えば、設定破綻したのも、他の流行っている作品の要素とかを、適当に寄せ集めて、なんとなくツギハギさせてきたのが大きな原因だ。
「そうだな。設定破綻が少量なら、記述を2~3か所変えるだけでいけそうだが、破綻が多数なら無理だな」
「そうか。わかった。じゃあな」
「あぁじゃあな。大変だろうけど頑張れよ。魚太郎ごこち先生」
そう言い彼は電話を切った。
魚太郎ごこちは、私の作品のペンネーム。
あいつ知ってて、煽ってんじゃねぇか。
私は自分のやっていることが恥ずかしくなった。




