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酔狂〜紫硝の怪物達〜  作者: 紫月 凛
二章〜何でも屋と表の女子高生〜
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体力テスト side咲葵

リアクションありがとうございます。

咲葵(さき)ちゃんなら今年の体力テストも一番なんだろうなぁ。」


 私立光明学園高等部の二年D組で三人ほどの女子生徒が固まり、一人が思い出したように話題をふった。

 咲葵と呼ばれた黒髪をショートカットにした長身の少女は笑って首を横に振った。


「そんなことないよ。」


 一瞬、咲葵の薄い桃色の瞳に仄暗い光が宿った。だが、すぐに謙遜するような表情を取り繕ったため、それに気づく者はいなかった。


「おはよう。」


 チャイムが鳴る数分前に抑揚のない挨拶とともに黒髪黒目の生徒が入ってきた。何人かで固まっておしゃべりしていた生徒はそれを合図に自分の席へと戻っていく。

 咲葵も例に漏れず、「またあとで。」と軽く手を振り、自分の席に座った。


「紫夜さん、今日は来たんだね。」


「体力テストあるからでしょ。」


「去年は確か……咲葵ちゃんの次に記録が良かったよね。勉強もできて運動もできる。さらに顔もいい……いいなぁ。」


 咲葵の耳にそんな会話が聞こえてきた。本を開こうとしていた手がピタリと止まった。


(私の次?それは手を抜いてたからだろ。今年こそは勝ってやる……)


 咲葵はそれ以上、会話を聞かなくていいように読書に集中しようとする。しかし、どうしても集中できない。

 そうこうしている間に担任の教師がやってきて、ホームルームが始まった。諸連絡で体力テストについての話が出ると、教室内がざわついた。顔をしかめる者や記録更新に燃える者など様々な反応が入り乱れている。


 だが、咲葵の頭に浮かんだことはそれらのどれとも違う感情だった。


――父と母に認めてもらわなければ――


 咲葵の脳内はその感情に支配され、それ以降のホームルームは上の空だった。






「よし。何か質問はあるか?ないなら適当にペア組んで計測始めていいぞ。」


 教師のその言葉を合図に生徒達は仲の良い者達でペアを作っていく。そんな中、一人だけ誰にも誘われない生徒がいた。零華だ。彼女は学校にほぼ来ていない。そのため、誰も零華と組みに来ないのは必然だった。

 咲葵の周囲からも生徒はいなくなっていく。皆、早々にペアを組んで計測を開始していた。咲葵は頬に手を当てて何かを思案している零華に近づいていく。


「零華、あたしと組め。」


 まだ計測を開始せずにおしゃべりに花を咲かせていた一部の生徒達の視線が一斉に二人の方へ集中した。それは珍獣に向けるような視線だった。

 成績はトップだが、ほぼ学校に来ない零華、常にトップに近い成績を修めているのにほぼ毎日登校している咲葵。その二人の接点はゼロに等しいからだ。


「絶対に手加減すんなよ。本気でやれ。」


 零華は無表情を崩さない。咲葵の言葉に対し、何の反応も示さずに適当に腰まである髪を束ねている。


(返事くらいしろよ…!無愛想女っ!)


 零華の眼鏡の奥の瞳は感情が抜け落ちているかのようだ。人形でももう少し柔らかい目をしているだろう。


「先生が今日以外だといつできるか分かんないって言ってたかんな。さっさとすんぞ。」


 零華は何の反応も示さない。はたから見れば、咲葵が人形に話しかけているようにも見えるだろう。それほど零華の表情は動いていなかった。表情筋が生きているのが疑わしくなるほどである。






「なんで……なんでお前なんかが……」


 全ての計測を終えると、咲葵は校庭の隅の日陰で顔を俯かせてそう呟いた。勝ち気な表情は消え失せ、何かを恐れているような表情になっている。


「なんでって訊かれても……私にはわからないわよ。」


 普段、一言も発さない零華は抑揚のない声でそう言い放った。


「わからない……はっ、そうだろうな!お前はあたしの努力なんか知るわけないもんな!」


 顔を上げた咲葵の目は怒りと僅かな恐怖に染まっていた。実際には、恐怖を零華への怒りで誤魔化しているだけだ。


「自分を卑下するのはやめなさい。」


「卑下してねぇよ!」


 反射的に咲葵は言い返した。


「貴方の成績を見たらわかるわよ。この学校で常に三位以上を保っている。努力なしじゃ無理よ。」


「黙れ!」


(黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!)


 零華はやはり、体力テストで手を抜いていた。去年の記録を更新してはいる。しかし、それでも零華には余裕があった――手を抜いている者特有の。


「努力なしじゃ無理!?ならなんで本気になってくれないんだ!?どうせ内心ではあたしのことを嘲笑ってるんだろ!?」


 咲葵はそう叫んでいた。怒りで叫んでいるように見える。しかし、その叫びは酷く虚しかった。恐怖をねじ伏せようとして失敗していた。


「違うんだ……認めてほしいのはあんたじゃない……あんたに……他人に認められても意味ないんだ…」


 糸の切れた人形(マリオネット)のように咲葵の頭がガクリ、と下を向いた。目は虚ろで、目の前に零華がいることなどに意識を割くことすらできていなかった。











 だから、咲葵は見逃した。

 あの常に無表情でいる零華の口角が、ほんの僅かに()()()()ことを。

皆様は零華とセナの関係を覚えていますでしょうか?

一章の最初のほうしか出ていないので忘れている方は一話や二話あたりを読んでみてください。

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