H-805 ドローンはオットーさんに任せよう
所長室から解放されたのは日付が変わってからだった。
研究者達には時間の概念が無いのだろうか? それとも俺達とは違った時間軸を進んでいるのかもしれない。
部屋に戻ると、とりあえずシャワーを浴びて寝る前の1杯のバーボンを頂く。グラスの三分の二が水だけど、バーボンの風味は楽しめる。ウイル小父さんが見たら顔を覆って嘆くに違いないけどね。
グラスを持ってベランダに立ち、タバコの火を点ける。
明日はオットーさんとの打ち合わせだな。
地下鉄は前のドリル付きのドローンで良いだろうけど、ビルの地下ともなると……。
そういえば、地に潜むゾンビを専門に狩る部隊を作ったんだった。あの時のドローンは3対の脚を使って階段を降りられたし、ちょっとした段差だって越えられた。
あのドローンを改造すれば良いのかもしれない。
追加仕様は……。
先ずは制御距離を伸ばすこと。可能であれば地上から地下数km先まで制御できるようにしたい。ニューヨークはゾンビの数は半端じゃないからなぁ。地上に降りたなら直ぐに囲まれてしまいそうだ。
2番目は搭載する爆弾の数を増すこと。少なくとも100kgを越える焼夷弾を3発は欲しいところだ。
地下施設は案外広いし、部屋が1つとは限らないからね。
3番目は自衛武器だな。偵察行為がゾンビを集団化させる可能性もあるし、それがドローンへの攻撃に移行することだってある。その場から逃走するための自衛手段は必須だろう。
もう1つ位は要求できるかな?
監視と聴音は既存のドローンの仕様で十分だろう。となると……、サンプルの採取という事になりそうだ。
今回はニューヨークへの攻撃の前準備だからねぇ。地下に潜むゾンビの状況を調査するわけではないから、要求しようとしては『可能であれば』という枕言葉が付いてしまう。
だけどオットーさんの事だからなぁ。案外立派なサンプル採取手段を設けてくれるかもしれない。
その光景が目に浮かんでしまうから思わず顔が綻んでしまった。
だけど寝る前だからね。悲観的な思いで眠るより、愉快な気分で横になる方が良い夢を見ることが出来るだろう……。
ドーバー市に到着して3日目。7時半に目が覚めた。
目覚まし時計を7時にセットしていたはずなんだが、どうやら無意識に止めてしまったようだな。
早く準備を終えないとシグさんがやってくるからね。
制服に着替えて。バッグを持ち食堂に向かう。
研究所の朝の食堂は案外閑散としているんだよなぁ。
朝食のトレイを受け取って、空いているテーブルで素早く済ます。
コーヒーを直ぐ飲めるように水増ししている姿を、しっかりとカウンター奥の小母さんに見とがめられてしまった。
困った男だという感じで顔を少ししかめて首を振っていたんだよなぁ。また変な噂が広がるかもしれない。
朝食が終わると食器をカウンターに戻して、エントランスで今度はゆっくりとコーヒーを味わう。砂糖たっぷりのコーヒーが俺には一番だ。
時刻は8時を過ぎたところだ。30分程すればシグさんがやってくるに違いない。
ノートパソコンを開き、昨夜課題として取り上げた項目を再確認しながら追記をしていると足音が近づいて来た。
顔を上げると、シグさんが若い士官を伴って俺の方にやってきた。
初顔がいるとなれば……。ソファーから腰を上げると2人に向かいあう。
互いに敬礼を交わしたところで、初顔の士官それも女性だ。階級章は少佐だから本部長が言っていた副官という事になるんだろうけど、俺より副官の階級が上というのはどう考えてもおかしな話だ。
「元空軍のエリザベート少佐です。エルザとお呼びください」
「サイカ大尉です。発音し辛いのか、皆がサミーと呼んでいますから、同じようにお呼びください。それにしても階級が下の士官の副官という事になってしまいます。今回だけの特例でしょうからしばらくは我慢してお付き合いください」
とりあえず座って貰う事にした。
エルザ少佐は、かつては攻撃ヘリを指揮していたとのことだ。シグさんがコーヒーを運んで来てくれたから、オットーさんが現れるまではエントランスで待つことにしよう。
「皆は降格なのか? と言っていましたが、サミー大尉の下で戦うと知って羨ましがるのですから困ってしまいます。さすがに直ぐに行動を起こすという事にはならないでしょうが、総勢1個小隊でニューヨークに向かうのは危険を通り越して自殺行為にも思えるのですが……」
エルザさんはレディさんより少し年上に見えるな。シグさんよりは若いに違いない。だけど美人なんだよねぇ。軍に入らずにハリウッドに行ったなら有名な女優になっていたかもしれないな。そんなエルザさんの言葉は、まるで年下の弟の悪戯計画を戒めるような口調だった。
「臆病な男ですから、無茶はしませんよ。ニューヨーク攻撃を有利に展開するための先行攻撃が俺達の任務になります。もうすぐ、航空宇宙軍の士官がやってきます。彼に新たなドローンを作って貰う事になりますが、その出来栄えで俺達の戦果が決まると言っても過言ではありません」
「フリーダム軍がそのままニューヨークに突入したなら、事前砲撃をいくら行ってもゾンビに包囲されかねん。我等の任務は地下に隠れ住むゾンビを可能な限り殲滅することだ。サミー達はこれまでにも何度かニューヨークのゾンビの状況確認を行っている。さすがに地上では命が幾らあっても足りんからビルの屋上からドローンを使っての威力偵察だったが、それでもゾンビがビルに集まってくるからヘリで緊急脱出をしている」
「今回も同じだと?」
「基本は同じで良いでしょう。ですが、拠点となるビルの位置を変えながら広範囲にゾンビを攻撃したいですね。俺達の戦力に統合作戦本部が2個分隊を増援してくれるとのことですが、その戦力ではラッシュに耐え切れません。ラッシュ時の遅延対策も必要です」
瓦礫で階段を埋めたけど、天井を破って上階にやってくるとは思わなかったからなぁ。
最上階から2つ下の階層辺りで何とか食い止めたいところだ。
かつてニューヨークで行った作戦を話していると、エントランスの扉を開ける音がした。
扉に顔を向けると、オットーさんが女性副官を連れている。顔を向けて腕を上げた俺に気付いて近づいて来た。
これで全員だろう。互いに敬礼を交わしたところで、カウンターのお姉さんに用意して貰った会議室へと移動する。
会議室は1階の通路を進んで直ぐのところだ。
扉の番号を確認して中に入ると、10人ほどが座れるテーブルが真ん中に置いてあった。扉の向かい側は窓だ。植栽越しに隣の建屋が見えるけど、圧迫感はないな。左手に大きなモニターが架台に乗っているし、モニター前のテーブルにはノートパソコンとレーザーポインターが置かれていた。
「適当に座ってください。もうすぐコーヒーセットが運ばれてくるでしょう。セルフでお願いします」
俺の言葉に笑みを浮かべながらオットーさんがテーブルに着いた。
先ずはエルザさんを紹介したんだけど、副官が少佐と聞いてオットーさんも驚いているんだよなぁ。
「それだけ本部長が気にしているという事だろう。ニューヨークに追加で戦略核を落とせと言った人物が指揮を執るのだからね」
「その方が今でも確実だと思っています。それぐらいしないとニューヨークは落ちませんよ。ゾンビの数が尋常ではありませんからね」
「爆撃に砲撃……。それを何度か繰り返すに違いない。ニューヨークに地上軍が進行するのはその後だろう?」
「ある程度進行したところを見計らってゾンビが軍を囲んでしまうでしょう。ゾンビの人海戦術は近代兵器を無力化してしまいます」
『戦は数だよ!』という有名なセリフがあるぐらいだからね。孫氏だって大軍なら軍略は必要ないとまで言っているぐらいだ。
「それでサミー君は何を?」
大規模砲爆撃が始まる前に、地下に潜むゾンビを狩ることを説明した。
さすがに全ての地下を掃除できるとは思えないから、かつてのニューヨークの地図を使って、地下鉄や駅それに大型建築物の地下施設に巣食うゾンビを狩ることを伝える。さすがにニューヨーク市の全ての地下施設からゾンビを全て狩りだすことは出来ないと正直に伝える。
「地下鉄は、あのゴリアテモドキが使えそうだし、建物の地下は昨年結成した地下施設に潜むゾンビを専門に狩る部隊に渡した歩行型ドローンが使えそうだ。となると私の役目は
あのドローンをまた作ることになるのだろうが、新たな要求はあるのかい?」
「オットーさんが頼りですから、よろしくお願いします。追加したい要求は、3つあるんです。1つは搭載する焼夷弾を任意の場所に仕掛けて遠隔起爆が出来る事。2つ目は複数の焼夷弾を搭載出来る事。最低でも炸薬量50kg以上の爆弾を3つは欲しいところです。3つ目はこれらのドローンを操縦する兵士を酸化させて頂きたい。もう1つあるんですが……、できればゾンビのサンプルを採取出来ればありがたいです」
最後の言葉にオットーさんが笑みを浮かべて頷いてくれた。
元々は惑星探査用のドローン開発を行っていた技官だからなぁ。自分の腕の見せ所に違いない。
「了解だ。テストはこちらで行うよ。それと機数はどれほど必要かな?」
「出来れば3セットは欲しいですね。稼働2機に予備機が1機あれば十分に思えます。爆弾は多ければ多いほど助かります。最低でも200個は欲しいです」
「ドローンの観測手段は監視カメラに集音装置、温度計とガス分析装置ぐらいで良いかな。簡易型には通常のカメラと集音装置だけにするつもりだ。メインとサブで活動できるようにして、それを2セットずつ作るよ」
「簡易型を爆弾運搬用に使うということですか?」
「少なくともメインのドローンよりは搭載量を上げられるだろう。焼夷弾は白リンだけでなくナパームも使うつもりだ。これはその道の連中に任せるから心配しないで良いよ」
操縦者を一時的に派遣するのも問題は無いらしい。応募者多数で困るんじゃないかと言っているんだよなぁ。
「私達は前線に出るようなことはあまりないからねぇ。個人的な恨みを持っている兵士は多いんだよ。彼らのメンタルを維持する上でも、できれば数人は参加させたいね」
「たぶんビルの上での作業になるでしょう。それでも参加してくれると?」
「ゾンビが直ぐに見える場所なら、そこは前線だ。それで十分。参加する兵士の銃の腕も確認しておかないといけないだろうな。さすがに50m先の的にも当てられないような兵士ではねぇ」
射撃が優秀なら別の場所に向わせたいところだ。
でも最低限自衛が出来ることが条件だからなぁ。事前にライフルの扱いだけでも出来るように訓練してくれるだけで十分だろう。
ドローンの製作を引き受けてくれたので、次はどんな戦いをするのかを説明する。まだ作戦案までは出来ていないんだが、地下の戦闘について事前にレクチャーしておけば、少しは状況を理解してくれるだろう。
「まだ作戦計画のプロットさえ出来ていませんが、どのような戦闘になるかはある程度話すことが出来ます。先ず目的は地下に潜むゾンビを狩ることにあるのですが、俺達が地下に向かうことはありません。地下どころか地上を歩くことさえ現在のニューヨークでは不可能に思えます……」
前回同様俺達はビルの屋上に拠点を築き、そこからドローンで地下を攻略する。
前回のように一か所で粘るようなことはせずに、事前に選んだ幾つかのビルを拠点に、ドローンの活動範囲が作戦範囲となる。
「ニューヨークはビルの屋上さえ安全とは言えません。俺達の存在がバレたなら、それこそ蟻のようにゾンビが押し寄せて来ます。俺達の部隊だけでは防ぎきれませんから、統合作戦本部が2個分隊の兵士とエルザ少佐を派遣してくれました。エルザさんの任務は、俺達が立て籠もるビルに押し寄せてくるゾンビの迎撃です。それと迅速に次の拠点にヘリで移動できるようにしてください」
戦士型の進化種はかなり強引に上がってくるからなぁ。まだニューヨークに自爆ゾンビがいないことが幸いだ。
あんなのが大量に押し寄せて来たなら、ビルそのものが倒壊しかねない。




