H-804 メデューサの進化速度が遅ければ物理攻撃以外の選択もできそうだ
俺達に連絡があったのは19時半を過ぎた頃だった。
ヤンセン夫妻とともに所長室に向かい、部屋に入ると奥にある会議テーブルへと案内された。
笑みを浮かべた所長と握手をすると、「良く来てくれた」と感謝されてしまった。
できれば情報だけを送りたいところだったけど、ドーバーに来た以上素通りすることは出来ないからね。ましてやオリーさんの部屋を利用させて貰っているからなぁ。
席に座ると、すぐに夕食が運ばれてくる。
先ずはワインで乾杯したところで、食事をしながら近況を話すことになった。
「……どうにかデンバーからメキシコ湾に至る道路を確保できました。この動線を元にして鉄道を整備することで大陸中央、さらには太平洋沿岸のカリフォルニアまで資材の輸送が行えます。輸送機に比べて格段に輸送量が増えますからゾンビの掃討に拍車が掛かるでしょう」
「数年前は、このドーバーから動けないと思っていたのだが、そこまで進んでいるとはねぇ。私が存命中に、この騒動が終わるんじゃないかと思えるようになったよ。本部長達も喜んでいるに違いない」
それほど喜んでいるとは思えなかったんだけどなぁ……。
作戦成功自体は喜ばしい事ではあるが、それを元にした次の作戦は広範囲になってしまうだろうし、何といってもノーススターの締めくくりであるニューヨーク市のゾンビ掃討作戦は、実施前から困難が予想されている。
他の作戦区の進捗は順調だから、資材をフリーダム作戦に移動することもあるだろう。それが容易に予想出来るから、マリアンさんは越境ゾンビを駆逐するための戦力を早い段階で確保したかったに違いない。
「それで、今回も新たなゾンビを紹介して貰えるのかな?」
「それはサンディから届いております。先ほど、サミー君に所長へ提出するレポートの概要を教えて貰ったのですが……。正直、ちょっと驚きました。サミー君が自らの仮説を否定するものでしたからね。……そろそろ、コーヒーが運ばれてくるでしょう。私から彼の学説を簡単に紹介し、それを皆で考えることにしたいですね」
ヤンセンさんがいつものオリーさんの役目を務めてくれるようだ。ヤンセンさんに顔を向けて丁寧に頭を下げる。
俺の一番苦手なことだからなぁ。論理だった説明は専門家に任せた方が間違いないだろう。
全員の食事が終わると、コーヒーが運ばれてきた。大きなポットそれに砂糖とミルクまでテーブルに乗せられているから、お代わり出来そうだな。
コーヒーが覚めるまで一服して待とうとしていると、ヤンセンさんが手元にタブレットを取り出しモニターに映像を映し出した。
モニターに映ったのはゾンビの進化を図示したものだ。
最初のゾンビは俺達が通常型と呼んでいるゾンビだけだった。そこから統率型や戦士型が現れ、さらに教協に合わせたように体を変異させたゾンビが現れてきた……。
「あれから10年も経っておりませんが、ここまでゾンビの種類が増えています。種が増えたのはゾンビの進化速度が驚異的であり、それは周辺環境条件によるものであると、我等は認識しておりました。これは統合作戦本部から末端の兵士に至るまで同じであったはずです……」
先ずは現状認識を再確認したという事かな。
テーブルに集まった博士達の中には、30代程の男女までいるんだよなぁ。初めて見る顔だけど、研究所も学識経験者を増員したのかもしれない。
ヤンセンン博士の話に、何度も頷いているところを見ると、やはり全員のゾンビに関する基本的な認識は同じなのだろう。
だけどエントランスで俺の話を聞いただけで、論理だった新たなゾンビに関する考え方を学識経験の豊かな博士達に披露出来るんだからなぁ。とても俺には出来そうにない。
10分も経たない時だった。
「何だと! そんな考えを持ったとは……」
突然テーブルを囲む博士の一人が大声を上げた。
「サミー君は、そのような考えを持ったようです。私も驚きましたが、その場で反論出来る材料はありませんでした」
「サンプルで確認すれば良いことだろう。あれから10年程経過している。研究所が入手したサンプル個体数は数十体程だ。遺伝子解析で直ぐに判別できると思うが?」
「それが容易ではないのです。ゾンビの部分的なサンプルは多いのですが、メデューサ本体のサンプル数は10体に届かないでしょう。メデューサの進化によって体の変異が起こると推測しておりましたから、変異した細胞遺伝子の解析に重点を置いていました」
「なるほど……。それなら、すぐにサミー君の仮説を覆すことは出来そうにないね。とはいえ、今あるメデューサの遺伝子変異とメデューサ以外の体の遺伝子変異の比較が少しは出来るという事になる。明日から始められそうかな?」
「明日と言わず直ぐに始めます。速報を明日中に用意できるでしょう」
初めて見た若手博士2人が席を立って所長室を出て行った。
困惑した表情では無く、どちらかというと面白いことを聞いたという感じがするんだよなぁ。俺の傍を通るときに俺に向かって笑みを浮かべて小さく頷いていたからね。
典型的な研究馬鹿という事になるんだろうか? オリーさんもテーマを見つけたら一目散なところがあるからなぁ。あまり前線に来ない様にしないといけないだろう。
「サミー君とは初めて会いました。彼は軍に同行してゾンビの生態を調査しているのですか?」
ミランダさんより少し若く見える女性が問いかけた。
顔は俺を見ているんだけど、俺への問いかけでは無さそうだ。
「彼は軍の士官だよ。階級は大尉だね。この研究所に所属しているオリー博士の夫だが、我等の貴重な情報やサンプルを与えてくれる。大尉ではあるが指揮所のテーブルで部隊を動かすようなことはしていないようだね。最前線でゾンビを相手に戦っている。研究所に届けられる新種のゾンビのサンプルの大半は彼から送られている。彼の働きを評価して私は彼に上級研究員の資格を与えた。とはいえ、皆のように研究成果を発表するような機会はまるでなかったから、彼の意見はオリーが報告書に纏めていたようだね。今回はヤンセン博士が纏めてくれたようだ」
「そういう事でしたか……。オリー博士の報告書は何度も読んでおります。共同執筆者としていつもサイカ〇〇という名があったのですが、サミーさんの本名という事ですね」
「統率型ゾンビを始めて確認したのはサミー君だ。その確認方法とゾンビラッシュの対応方法についても彼が考えたと言っていいだろう。ゾンビ騒動が始まった時はハイスクールの生徒だったが、海兵隊が彼を自軍に加えて成果を確実に上げている。それで今は大尉という事だね。研究所としては彼に与えられるものは上級研究員としての待遇だけなのが残念だよ」
所長の話にうんうんと頷いているんだよなぁ。
エディのような姿態なら頼れる男と思われるに違いないけど、ニックよりも貧弱に見えるからねぇ。なぜここにこんな男がいるんだろうと思われるのは仕方がないな。
「全く持って面白い考えだが、私は彼の推測が正しいように思えてならない。そもそもメデューサは寄生体なのだからね。寄生体が寄生した相手を作り変えるのであればメデューサの進化速度はそれほど速くはないはずだ。となれば……、メデューサの嫌う薬品開発という事も意味が出てくることになる」
「メデューサを直接狙うウイルスも利用できそうですね。進化速度が遅いのであれば耐性や抗体が生まれるまでに時間が掛るでしょう。物理的な手段で倒すこと以外の方法が取れそうに思えます」
化学兵器に生物兵器という事なんだろうな。
だけど、その研究の一端でメデューサが生まれたに違いない。方法を誤るとかえって危険な生物が生まれそうだ。
「人体に無害な化学薬品、既存のワクチンであるならこの研究所で試してみることも可能だ。だが始めるのは、先ほど部屋を出たエルトン博士の速報結果を見てから出良いだろう。それに良い機会でもある。彼への要望事項はあるかな?」
「わたしから 1つお願いしたい。来年行われるニューヨーク攻撃だが、サミー君が参加するのであれば是非とも同行したいのだが」
エントランスでの俺の話を聞いていたからなぁ。
出来れば同行して欲しいところではあるんだが……。
「邪魔はしないわよ」
ミランダさんも一緒ってことか。ありがたい話ではあるんだが……。
「実は統合作戦本部長から、部隊を進める前にニューヨーク市攻略の最大の課題を減らすよう指示を受けました。作戦は来春を予定しているのですが、今回は情報収集が目的ではありませんからかなり危険になりますよ」
「それだけゾンビを真近に見られるという事だろう。サミー君の邪魔にはならないよ。自分の身を護れる所でゾンビの情報を入手するつもりだ」
「目で見るだけでは不足でしょう。明日、オットーさんと打ち合わせを行いますから、その時にドローン操縦者を頼めるか確認しておきます。マジックハンドが使えるドローンなら生体サンプルを入手できるでしょう」
「是非とも頼みたいね。そうだ! 私から本部長にお願いしておこう。少しは便宜を図ってくれるかもしれん」
ドローンの操縦に長けた人物であるなら、オットーさんの部下でなくとも良いということかな?
だけどマジックハンドが付いたドローンなんて、オットーさんの部隊以外に持っているのだろうか?
ちょっと首を傾げたくなったけど、ダメで元々だからね。本部長に期待しよう。




