H-801 やはりニューヨークの作戦に参加することになりそうだ
出掛ける準備が整ったところで、エントランスのソファーに腰を下ろして待っているとシグさんが現れた。
きちんと制服を着ているな。体型が整っているシグさんのきびきびした動きを見ているとやはり海兵隊の戦士だと感心してしまう。
エントランスの中に入り周囲を見渡し、俺を見付けてこちらに近寄ってきた。急いで腰を上げて、先ずは互いに敬礼を交わす。
「統合作戦本部の会議室に向かう。議題は何も言っていなかったぞ」
「ちょっと行きたくない気がしますが……。そうもいかないでしょうね」
シグさんの後に付いて歩き出す。
エントランス前に駐車してあったのはハンヴィーだな。シグさんの運転で統合作戦本部に向かい受付カウンターで用向きを伝えると、直ぐに案内の兵士が俺達を1階奥の会議室へと案内してくれた。
兵士が会議室内に俺達の名を告げると、すぐに入るよう返事が返ってきた。
扉を開けて数歩部屋に足を踏み出してシグさんと並び部屋の将官に敬礼をする。答礼が返ってきて本部長が座るように指を伸ばした席はマリアンさんの座る隣の席だった。海兵隊中将が面白くない顔をしているけど、これは仕方がない事だと思うんだよねぇ。
「これで揃ったな。昨日マリアン少将達と会議を行い、要望については理解したつもりだ。これで来春にはアメリカの南部地区に巣食うゾンビを撲滅するための作戦が動き出すに違いない。南部はそれで良いだろう。ペンデルトンが主導している西海岸とロッキー山脈それに中央平原に対する作戦もそのまま続けて欲しい。海軍はカナダの大陸間鉄道を使って北西部を中心に作戦を行うのも了解だ。問題は……」
理解できた。フリーダム作戦の最終目標であるニューヨーク攻略がいよいよ始まるという事だろう。
既に橋頭保は出来ているからね。後は地上部隊が都市部へ入る前に、どれだけゾンビの数を減らせるかだけなんだよなぁ。
「マリアン、サイカ大尉をフリーダムに引き抜くことは出来んか?」
笑みを浮かべているマリアンさんに、真剣な表情で本部長が問いかける。
「そうなると越境ゾンビの方が手薄になりかねないわ。それなりの見返りを提示してくれると思っているけど、私としては昨日と同じ返事になるわよ」
どんな見返りを要求したんだろう? まさか1個大隊規模の戦力増強なんてことはないよな?
「戦略核5発に戦術核を10発の使用許可を私から申し出たなら罷免されかねん。だが、一応打診はしておいたぞ。使用するのは国外だとはっきり伝えてある。さすがに昨日今日で回答が届くとは思わんが、使用許可が出たとしてもその数は論外だろう」
「新たな運河の掘削だと伝えて貰った?」
「目を丸くしていたよ。そんな使い道があるんだなと感心してはいたが……」
要するに理由付けと言う事だろう。アメリカの復興を目的とした新たな運河を作るためと言うなら平和目的という事になる。
とはいえ詭弁も良いところだな。
「核の使用許可が出たなら、半年交代でフリーダムへの参加を認めたいところね。でも核の使用に関わるフリーハンドが条件よ。あの集団を追い遣ったのは良いけど、そのまま放置した責任はしっかり取るべきでしょうね。出来れば太平洋で消えて欲しいぐらいだわ。上手く大陸に渡ったら、次に何が起きるか分からないわよ」
たぶん大陸間弾道弾を使うだろうな。
これが最初で最後の覇権のチャンスだろうからね。
とはいえ、大陸間弾道弾の数はアメリカよりも少ないだろう。報復攻撃を恐れてくれれば良いのだが……。
「それを言われると、我等にも責任が出てくるのだが……。再度お願いしてみよう。それで納得して欲しい」
「越境ゾンビの対策は早急に必要だわ。ニューヨークよりも物騒なゾンビが現れているのよ。あんなゾンビが蔓延してしまったなら、収拾がつかなくなりかねないわ」
何としても核使用のフリーハンドを手に入れるつもりだな。
これはマリアンさんに任せておこう。大統領の御子息にしっかりと成果を渡しているのだから大統領だって無下に断れないかもしれない。
「3日待ってくれ。それで何とか大統領に決断して貰うつもりだ。だが、使用許可が下りない可能性もあるぞ」
「その時はその時ね。ペンデルトンと協力して何とかすることになりそうだけど、かなりの資材を浪費することになるわよ。それは覚悟して欲しいわ」
マリアンさんの言葉に本部長が渋い表情で頷いている。
過激な発言だけど、行っていることに間違いはないんだよなぁ。それを知っているからこそ上申を却下できないのだろう。
「さて、サイカ大尉が来てくれたところで今日の大きな課題について話し合おう。既に作戦案はフリーダムの部隊内で出来上がっている。先ずはそれを再度確認したところで課題とその対応について話を進めたい」
本部長がモニターの直ぐ下にいた陸軍少将に向かって小さく頷くと、少将がその場でレーザーポインターを使いながら作戦計画を話始めた。
作戦自体は正攻法だな。先ずは戦略場喜劇、その次にノイズマシンを設置して集まったゾンビを戦闘攻撃機で叩く。
これを2回行って、武装偵察部隊を東西南北から乳ヨーク中心部へと進める。その情報を元にコイン機と自走砲部隊が叩いていくことになる。最後に歩兵を投入するけど、徒歩での前進ではなく装甲車もしくは簡易装甲を施したトラックを使うとのことだ。
これは色々と問題が出てきそうだな。損害をどれほどに見積もったのだろう。少なくとも死傷者多数となりかねないぞ。
話を聞きながら課題をメモする。直ぐにページがいっぱいになってしまった。
この課題の対処だけで1年以上掛かりそうだな。となると、ある程度の人的損耗を見込むしかないってことかな?
最後にメモ用紙に大きく『ベトナムの再来』と書き込んだ。
シグさんがちらりとメモを見て、目を丸くしている。海兵隊にベトナムは鬼門という事かな? それなら硫黄島と書いた方が良かったのかもしれないな。
作戦の概要説明が終わるのを待っていたのだろう。俺達のテーブルにコーヒーが運ばれてきた。
先ずは少し頭を冷やせという事かな?
葉巻に火を点ける将官を見て、タバコに火を点けた。
メモを読み返すと……、やはり硫黄島よりベトナムだな。
少し会議室がざわめき出したのは、先ほどの作戦計画に関わる課題を副官と確認しているからだろう。
シグさんはコーヒーカップを持つこともなく俺のメモをジッと見つめているばかりだ。冷めてしまってはコーヒーを美味しく頂けないんだけどねぇ。
そんな心配をしていると、カップのコーヒーをいきなり手に持つと一息に飲んでしまった。俺より行儀が悪いんじゃないかな。
「こうなるのか?」
「たぶん。死傷者多数。それに終わりが見えなくなりますから、部隊がニューヨークに足止めされます」
「サイカ大尉、できれば皆に聞こえるようにはっきりと言って欲しい」
俺達の呟きが気になったのだろう。本部長が鋭い眼光を俺達に向けてくる。
「申し訳ありません。地声が大きかったようです。皆さんの前で持論を述べるのは僭越も良いところですが、先程の作戦概要を聴く限り地上進行部隊に多大な犠牲を出す可能性があります。さらにニューヨークから西もしくは南への進行は絶望的に思えます。その理由はニューヨークの破壊が確実ではないからです。摩天楼の乱立した都市への戦略爆撃は地上にいるゾンビに対して有効でしょう。ですが地下に潜むゾンビを倒せるとは思えません。ニューヨークを瓦礫に変えても地下には100万体を越えるゾンビが健在です。北部及び東部からの地上進行は進行前に砲爆撃を行いますが、Mk82爆弾で倒しきれなかったゾンビを20kgほどの榴弾で倒せるとは思えません。ある程度部隊が進行したところで瓦礫からどんどん這い出して来るでしょう。部隊はゾンビに囲まれヘリでの絶望的な救出を行う事になりかねません。また拠点を設けてそこから周囲のゾンビを駆逐していくことはそれなりに効果があるでしょう。ですがその部隊を孤立化させないための援護部隊が必要になってきます。拠点を複数個所に築こうものなら、その後の作戦が継続不可能です……」
俺の肩書は大尉だからなぁ。佐官を通り越して将官に自分の意見を述べるのはこんな状況下でなければあり得ない出来事なんだろうな。
とりあえず言いたいことを言ったところで、タブレットを取り出しタバコに火を点けた。
質問の嵐になりかねない。とりあえず準備を整え、一服しておこう。
「作戦に参加する将兵の命を一番に考えるサイカ大尉らしい苦言だと思う。私から1つ確認したい。ニューヨークの地下に潜むゾンビを減らす手段が必要ということだな?」
本部長の言葉にしっかりと頷いた。
一番簡単な方法があることは、本部長も知っているんだよなぁ。だがそれを使うのは確かにためらうだろう。
「あれが一番簡単に思えます」
「大統領が頷かない。それに代わる方法として戦略爆撃を2度行うのだが……。やはり不足するという事か」
「サイカ大尉のメモに『ベトナム』と書かれていたわね。終わりのない戦を始めるということになるのかしら?」
「地下に潜み、突然背後から現れる……。似た戦は硫黄島でも経験したと思いますが、都市型ゲリラとの戦いになりかねないと言えば、この場合皆さんには容易に想像できるかと」
「兵士の神経が持たぬぞ……。さすがにLSDを与えるなど論外だ!」
記録や当時の映像何度も見たことがあるのだろう。顔を真っ赤に下陸軍中将が大声を上げた。
「でも、サイカ大尉はテキサスシティで私に尋ねたわね。『バンカーバスターの保有数は?』という質問だったけど、誰か答えられるかしら?」
「20個はないだろう。1ダースは確実だ。あれはアメリカが持っているということをアピールする兵器であって大量に使うものではないからね」
答えてくれたのは空軍の少将だった。数が少ないんだな。急に作れるものでもないだろうから、ここで全て使ってしまうことになりそうだ。
「バンカーバスターで地下施設を攻撃するのかね? となると目標をどこにするかだが……」
「確かデイジーカッターもあったんじゃないか?」
「BLU-82は全て廃棄して、その後継爆弾MOABがあります。重量役10tのGPS誘導爆弾ですが、在庫は同じく1ダースを少し超えるだけです」
デイジーカッターは地上施設の破壊だからなぁ。バンカーバスターの代替にはならないだろうけど、それだけの重量があれば……。待てよ! まさか接触信管ではないってことか?
「……それに残念な事にバンカーバスターとして使うには無理があります。地表面で爆発するよう信管が作られております」
「まだ残っているなら、ここで使っても良かろう。とはいえ、地下に潜むゾンビを叩く決定的な手段が無いということになるな。さすがにバンカーバスターを量産するには時間が掛かる。となると……」
そこで俺を見ないで欲しいな。
マリアンさんも俺に顔を向けて微笑んでいるんだよねぇ。
「やってくれるか?」
「今すぐには無理ですよ。その任務を受けるにはいくつか条件がありますが、それは聞いて貰えるのでしょうか?」
「他の部隊を向かわせたなら、誰も戻って来ないだろう。サイカ大尉の部隊であっても全員の生還は難しかろうな。だが、ニューヨークをベトナムにすることは出来ん。その為に事前に地下施設のゾンビを駆除して欲しい。さすがに全てを駆除することは出来んだろう。残った施設もしくは区画についてはバンカーバスターが使えそうだ」
「対象となる地下施設についてはこちらで選べるということですね。それについてはこちらで対象を選び本部長にお届けします」
「でも4月にはこちらに来て頂戴。でないと越境するゾンビがさらに増えかねないわ」
「越境ゾンビ対策は新たな作戦だ。それはこの作戦にも匹敵する重要な作戦でもある。4月には確実に向かわせるよ」
本部長の言葉にマリアンさんが笑みを浮かべて頷いているけど、俺はがっくりと顔をテーブルに落としている。シグさんがそんな俺の背中をポンポンと叩いてくれたけど、慰めてくれているわけではないよね。
顔を上げると、そんな俺達を見て将官達が笑みを浮かべているんだよなぁ。




