H-800 メデューサの進化速度は思った程速くないかもしれない
コーヒーを飲み終えたところで、部屋に戻りノートパソコンを開きUSBを差し込む。
USBには今回の作戦で得られた情報やそれに関わる俺の私見メモが保存されているから、再確認して俺なりの報告書を纏めることにした。
軍隊式の報告書はシグさんが纏めてくれているから、これは本部長やマリアンさん達への報告を行う際の手元資料として使えるに違いない。さすがにそれも一緒にという事にはならないだろうけど、生物学研究所の所長にはこの報告書の方が役立つかもしれないからね。
報告書と言っても、あまりとりとめがないんだよなぁ。オリーさんがいてくれると助かるんだけどねぇ。
何度も書き込んでは削除の繰り返しだ。もう少し詳しくした方が良いようにも思えるし、概要で済ませても良さそうなところもあるんだよなぁ……。
まだまだ纏まらないけど、腕時計を見ると既に18時を過ぎていた。
あまり遅くなると食堂が閉じてしまうかもしれないからもう1つのUSBに報告書をコピーして食堂へと足を運ぶ。
今夜はポトフと小ぶりのステーキだな。握り拳ほどのパンが付いている。パンをもう1つ強請ると、小母さんが笑みを浮かべてトングで1個トレイに乗せてくれた。
カップにコーヒーを注いで、ナイフとフォークそれにスプーンをトレイに乗せると空いているテーブルで食事を始めた。
「相席しても構わないかな?」
「どうぞ!」
返事をしながら相手を見ると、30台の男性2人が席に着こうとしていた。
初めて見る男性だけど、いかにも研究者という雰囲気をしているんだよなぁ。さすがに白衣はきていないけど、着たなら誰もが立派な博士と思うに違いない。
「ここに来て半年になるけど、始めてだね。私はカインズ、隣はグラハムだ。専課は遺伝子工学だよ」
「ここにはしばらく来ていませんでしたからね。一応この研究所の研究員の肩書を持っています。今は軍の武装偵察部隊の指揮をしているサイカ大尉です。この研究所でならオリー博士の伴侶という事で知られているかもしれません」
最後の言葉に2人が顔を見合わせて大きく頷いているんだよなぁ。オリーさんはそれだけ研究所内で有名だったのかもしれない。
「話には聞いていたけど、君がサミー君と言う事だね。その君が此処にいるという事は、新たな情報を持って来てくれたという事かな?」
「今回の作戦で遭遇したゾンビに付いて、取りまとめている最中です。終われば所長にお渡しできると思いますけど、何せ学識があまりありませんから、コメントで真赤になった報告書が返って来ないかと心配しています」
俺の言葉に2人が場違いな大笑いをするんだよなぁ。
冗談だと思っているのだろうが、それは本当になりかねないところがあるんだよね。
「ハハハ……。久ぶりに笑ってしまったよ。気の利いたジョークを言える人間があまりいないからなぁ。それで中身を少し教えてくれる位は構わないと思うんだが……」
しょうがないなぁと思いながら、大砲を持つゾンビと自爆ゾンビに付いて簡単な話をする。
2人が食事をする手を止めて、ポケットからメモを取り出すんだよね。
これは食事が長く掛かりそうな気がするなぁ。
どうにか食事を終えてすっかり冷えてしまったコーヒーを飲んでいると、2人は手元のメモを再確認しながらコーヒーを飲んでいた。
たまに小声で相談している声を聞くと、俺の報告書を所長から開示して貰うつもりらしい。
「それにしても驚くばかりだね。戦地に行きたがる連中がまた出てくるかもしれないな。私もかなり興味が出てきたよ」
「その興味はニューヨークでかなえられるかもしれませんよ。大都市のゾンビの進化は予想も付きません。それに俺達の攻撃がゾンビの進化を加速していることは確かですからね。出来れば進化の方向を俺達に有利な方向へと誘導したいところですが、そうもいかないのが現状です」
「なるほどね。進化を誘導するという考えは斬新だね。オリー君の伴侶の思索は我等の常識を覆すと所長が言っていたが、確かにその通りだと感心したよ」
「だがそれを具体化することは難しいだろうな。その手前を考えるべきだろう。攻撃による進化が大きな脅威を持たぬようにすることは出来そうに思えるな。とはいえ、元は人間の体をしていても戦士型の現状の姿を見るとキメラまがいだからなぁ」
一体幾つの遺伝子を取り込んでいるのだろう? ひょっとして当初の遺伝子以外の遺伝子さえその後の拡散時に取り込んでいるという事かな?
だけど唯一魚類の遺伝子だけは取り込んでいないんだよなぁ。取り込まれると厄介なことになりそうだけど、なぜ取り込まないのかも考えてみる必要がありそうだ。
コーヒーを飲み終えたところで、互いに握手を交わしてテーブルを後にする。
エントランスに向かい、一服を楽しみながら先ほどの考えを整理することにした。
天井にゆっくりと揚がる紫煙を見ながら、考える。
ゾンビと言われる連中は、初期には人間に寄生したメデューサだった。今でも7割近くはかつての人間の姿をしているぐらいだからなぁ。
だが、その肢体を少しずつ変えていることも確かだ。人間は複眼を持たないし、3つ目の目を持つ者もいる。四肢を持っているけど手を環境条件に合わせて変化させてもいる。
それはかつての人間の遺伝子による複製では困難なはずだ。
メデューサの進化速度は極めて速いけど、それで進化するのはメデューサだけであって、元の人間の形態変化には繋がらないように思えるんだけどなぁ……。
元の人間の体は死体だったはずだ。死体であるなら死を迎えた時から細胞が崩壊していくはずなんだが、かつて生きていた時と同じように動きまわる。
現場で解剖した時に皮膚の下にあったのは、繊維質の筋肉や体液の循環する血管に似たものだったし、内臓は全く別物になっていたんだよね。
その変化は短時間で起こったのだろうか? 俺達の体を構成する器官があれほど変化するんだからそれなりの時間が掛かると思うんだけど……。あの夏の日の出来事を振り返ると、数時間も掛からずに変化していないと説明が付かない。
まったくゾンビは不思議な存在だと感心してしまう。
とはいえ、進化の先は自滅とまで言われているんだが、その兆候がまるでない。どこまでも進化し続けるなら、折れ達人類を越えた存在になりそうだな。
新たな知的生物が人類を駆逐するなら諦めもするけど、人類より勝るのは体機能だけではねぇ……。ゾンビが知的生命体となりえなければ、やはりもうしばらくこの地球は人類に任せて欲しいものだ……。
んっ! 待てよ……。そもそもメデューサに脳はあるんだろうか?
メデューサがいる場所は人間の頭蓋骨や肋骨の中だ。メデューサ自体が人間の脳に当たるなら、メデューサは自分で栄養素や酸素を取り出せないんじゃないか?
消化器官等は、メデューサが自分達の都合に合わせて作り出した物かもしれない。
それなら、あの肢体の変化にも説明が付きそうだ。メデューサ自体の進化速度は俺達が考えていた速度より遅いカモしれない。メデューサが周囲の環境や脅威応じて寄生している体を変化させると考えた方が良さそうだな。
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翌日。目が覚めると部屋が明るいんだよなぁ。
慌てて時計を見ると既に11時を回っていた。
朝食を逃した感じだな。とりあえず衣服を整えると、顔を洗ってエントランスに下りる。
昼食までには30分ほど時間があるから、お腹が空いているけどコーヒーで我慢するしかなさそうだ。
ソファーでのんびりとコーヒーを飲んでいたら、テーブル越しのソファーにヤンセン博士夫妻が腰を下ろした。
互いに笑みを浮かべて挨拶すると、「オリーがいないのが残念ね」なんて呟いている。
苦笑いするしかないなぁ。そろそろ臨月だからね。来月には確実に4児の父親になれるはずだ。
「出産予定がそろそろですから、あまり余分な情報を送らないようにしているんです。オリーさんの再活動は早くても来春だと思いますよ」
「少しずつだけど確実にアメリカ国民が増えていくんだからね。私達も頑張らないといけないんだが……。私としてはサミー君の来所の目的が気になるところだ」
「緊急の要件があるわけではありません。10日程前にデンバーからヒューストン、正確にはテキサスシティまでの道路を確保できました。その間に遭遇した新たなゾンビの種についてはサンディーから報告されていると思います。その情報や他の戦区からもたらされた情報を元に研究所がどのように考えているのかを教えて頂こうと思っています。たまたま指揮官とドーバーに同行しましたが、さすがに尉官では統合作戦本部にあまり顔を出したくありませんからね」
「ここはついでという事かい? できればこっちを本命にして欲しいところだけどね。でも来てくれたことを所長は喜んでいたよ。夕食後に所長室に着て欲しいと頼まれたんだが、ここで伝えることが出来た」
「出来ればゆっくりと話をしたいところだけど、軍の方もあるんでしょう? ここに戻ったら空き時間をカウンターに知らせてくれないかしら。サミー君と話をしたいという人達が結構いるのよねぇ」
優先は軍という事を理解してくれているんだけど、空き時間を取られたら俺の自由時間が無くなりそうだな。
だけど、ゾンビに付いて色々と疑問を持っている人達との情報共有が此処に来た狙いでもあるからなぁ。
可能な限り対応していこう。それにマリアンさんとの同行が終われば2か月近い長期休暇が待っているんだからね。
昼食を一緒に取っていると、急にポケットに入れてあったトランシーバーの呼び出し音が鳴った。
慌ててヤンセンさん達に頭を下げ、席を立って食堂の隅でトランシーバーに応答する。
連絡してきた相手はシグさんだった。
やはり統合作戦本部への出頭らしい。13時に迎えに行くという事だから、急いで制服に着替えないといけないな。
武装は……、ベレッタだけで良さそうだ。
会食していた席に戻り、呼び出しがあったことを告げると、ポケットからUSBを取り出して手渡した。
「昨夜纏めた資料です。学歴がお恥ずかしいところですから、いつもならオリーさんが纏めてくれるんですけど……」
「しっかりと学位を持っているじゃないか。論文はそれなりの書き方があるんだけど、気にする必要はないよ。場合によっては所の誰かに取りまとめて貰う事でサミー君の名で論文とすることが出来るだろう。それで中身は?」
「これまで遭遇したゾンビを元にメデューサの進化に関する考察です。今まで進化速度が速いと思っていたんですが……」
「そうではないかもしれないという事かい? 全く爆弾も良いところだな」
ヤンセンさんが手の中のUSBを見ながら呟いた。
まだ料理が残っているけど、シグさんは時間に正確だからね。
ヤンセンさん達に頭を下げて、オリーさんの部屋へと足を速めることにした。




