H-795 戦術核ではなく戦略核を使いたい
マリアンさん達がテキサスシティに到着したのは日付が変わってからだった。レーヴァさん達の部隊はさすがにそれより3時間程早かったけど、それでも深夜であることに変わりはない。
3つのルートに係わる部隊の士官と本隊のマリアンさん、それにオイルロード作戦を引き継いだクロードさんとテキサスシティの防衛を指揮するオルダーさん達が防衛部隊の拠点である港の事務棟3階会議室に集合する。
久しぶりにクロードさんにあった気がするなぁ。一児のパパになったからたまに実家に戻ってあげれば良いんだろうけどね。
テーブルに着いた俺達の顔をゆっくりと見渡したマリアンさんが口を開く。
「ご苦労様……。これでヒューストンからデンバーまでの輸送路が出来た、という事になるわ。さすがにタンクローリーやトレーラーが単独で走るには、まだまだ危険ではあるでしょうが、小隊規模の護衛を付けたコンボイを作れば十分に耐えられるでしょう。途中のダラスには休息を兼ねた防衛拠点を設けることで広域偵察ドローンによるルートの監視も可能だわ。さらにこの兵站ルートを使って、鉄道網を広げることも出来るわね。今後ますますゾンビの脅威からの解放地が広がるはずだわ……」
マリアンさんの話を聞きながら、女性兵士がテーブルに置いてくれたコーヒーを頂く。
マリアンさんの話は次の作戦に向けての部隊編成へと続いていた。
「……という事で、オイルストライク作戦終了を宣言しても良さそうに思えるわ。その後については近々に作戦報告書をまとめ上げて、クロード大佐を伴って統合作戦本部に報告するけど、次の作戦もあるのよねぇ。ここに集合している部隊を3つに分けることになるわ。艦船を主体とした部隊と、ヒューストンのゾンビを潰滅させるとともにテキサスシティの防衛を行う部隊。最後はメキシコから越境してくるゾンビを止める部隊になるわ……」
集まった士官達が互いに顔を見合わせる。たぶんそれほど大きな部隊の改変にはならないだろうけど、3つとも防衛というよりは攻撃に主眼が置かれるからなぁ。現時点では戦力不足と考えているに違いない。
「統合作戦本部に向かう一番の目的は、この3つの部隊編成を認めさせるとともに、戦力を補充するためでもあるの。艦船の方はクロード大佐、ヒューストンとテキサスシティについてはオルダー中佐が必要な部隊編成を3日で考えて頂戴。私は越境ゾンビ対策の方を担当するわ。4日後の1200時までに私の副官に提出してくれれば、2日で修正が出来るでしょう。7日後の1300時に、再度ここに集まって頂戴!」
クロードさん達が天を仰いでいる。かなり面倒なことになったと思っているに違いない。
それでもしっかりとマリアンさんに「了解です!」と応えているから、これで素案が4日目には集まるという事になる。
俺達は明日からゆっくりと休めそうだな……。そんな思いを浮かべながらタバコに火を点けた時だった。マリアンさんが笑みを浮かべて俺を見ているんだよなぁ……。
「レーヴァ大尉とサミー大尉は私達を手伝って頂戴。場所は陸上艦隊の移動指揮車で良いわね。慣れるとあれが一番に思えてきたわ」
今度は俺とレーヴァさんが顔を見合わせて溜息を吐く。
結構ストレスが溜まっているんだけどなぁ……。士官には休みは無いのだろうか? 軍隊は想像以上にブラックなのかもしれない。
1時間ほどの会議を終えたところで散会になったが、俺とレーヴァさんは残されたままだ。
直ぐに越境ゾンビに対する対応策を離し合うのかと思っていると、マリアンさんが俺達に問いかけてきたのはダラスとヒューストンに生息するゾンビの大きな違いについてだった。
「ダラスには自爆ゾンビ、そしてヒューストンには予想を上回る数のステルスゾンビ、さらには変わった種までいたのよねぇ。その違いについてサンディー達が頭を抱えていたわ。一番の理由として考えられるのは西のサン・アントニオ市に生息するゾンビがダラスに向けて動いたという事になるんでしょうけど……。そうなると、越境ゾンビの始末はかなり面倒なことになるんじゃないかしら?」
「生物学研究所にとっては面白い状況になるのでしょうけど、俺もマリアンさんと同じ思いです。それに、ヒューストンで見つけた戦士型ゾンビの新種も気にはなりますね。そんなゾンビはテキサスシティ奪回時には確認されませんでした。あれからヒューストンに向けての砲撃は継続していたとしても、陸上部隊の進軍は行っていないはずです。新たなゾンビが生まれる要因は無いように思えるんですが……」
「クロード大佐達以外の外因という事かしら?」
確認するように問いかけてきたから、小さく頷いたんだけど口元だけが笑みを作っているんだよなぁ。
猛獣が目の前にいるような思いに、背中に冷たい汗が流れる。
「元凶を絶たないといけないかもしれないわね……」
どうにか聞き取れるような呟きに、隣にいたリッツ中佐がギョッ!とした表情を作りマリアンさんに顔を向けている。
俺達もドキリとしたからなぁ。マリアンさんが元凶を叩くと言ったら、考えられる方法は1つしかない。
「さすがにそれは大統領の許しが必要に思えますけど……」
「あら? 確かあの時の攻撃指示はあったけど……、リッツ、確認してみて。私の記憶通りなら、中断は国内限定になっていたはずよ」
指令の文章を上手く利用しようなんて考えているんだろうか?
思わずレーヴァさんと顔を見合わせてしまった。軍が頭を抱えるはずだ。かなりの切れ者だとは思っていたけど、その上に過激でもあるんだよなぁ。レディさんが海兵隊になったのはお母さんが一番の原因かもしれない。
「とはいえ暗黙の了解事項にも思えます。再度核を使うのであれば、やはり統合作戦本部の了承を得ておいた方が良いように思えるのですが……」
俺の言葉に、うんうんとリッツさんが頷いているんだよなぁ。自分から言うと否定されかねないと思っていたのかな?
「仕方ないわねぇ……。核の洗礼をまともに受けたのがサミー君の母国。その脅威を知っているからこその具申という事なんでしょうけど……。私にはそれが一番に思えるんだけどなぁ?」
「俺個人としては、マリアンさんに賛同します。出来れば戦術ではなく戦略級を複数使って頂きたいところですが、最初に閣下とお会いした時の話では次は使いたくないと言っておられました。それでも統合作戦本部経由で使用許可を願ってはいたんですが……。しかしそれは合衆国の版図内の話です。他国で使うなら……、その国が既に亡くなっているとしたなら……、案外使用許可が得られるかもしれません」
俺の言葉にマリアンさんの笑みが深まるのだが、隣のリッツさんの顔色が益々険しくなっていくんだよなぁ。
「まさかと思うが……、メキシコ側の国境近くの町に使うという事か?」
「それで済むなら一番でしょう? でも使うとしたら戦術級でしょうね。サミー君が戦略核を使いたいのはそれ以外という事でしょうけど……。どこに落としたいの?」
益々笑みを浮かべるマリアンさんの言葉に、リッツさんが顔を青くして会議室のモニターに地図を表示してくれた。メキシコ国境が記載された地図だけど、パナマ運河の南まで描かれている。
リッツさんからレーザーポインターを受け取って、地図の一角に輝点を示した。
「パナマ……。運河ではなくその北側ね。戦略核を使って太平洋と大西洋を繋げるの?」
「さすがにそこまでの考えはありません。出来ればもっと北にしたいところですけど、ここは大西洋側に大きな湖がありますし、太平洋側には内陸に深い湾があります。その距離はおよそ50kmですから、戦略核を何発か使えばかなり深い溝を掘ることが出来るでしょう。ここで南米から北上するゾンビを阻止します」
「核で穴掘りなんて出来るのか?」
レーヴァさんの素朴な疑問に、リッツさんがレーヴァさんに顔を向けるとしっかりと頷いている。
「アメリカとソ連が、運河作りに使えないかと実験をした経緯がある。計画は進んでいたのだが包括的核実験禁止条約で取りやめとなってしまった。あのまま進んでいたなら、第2パナマ運河が作られたに違いない」
大掛かりな土木工事に使えないかと実験をしていた話は聞いたことがあったが、第2パナマ運河を作ろうと具体的な計画があったんだな。
「サミーの話は、無理ではないという事か!」
「私はそこまでは考えて無かったわよ。でもさすがね。上手く行けば新たな運河になるってことね」
手を叩いて褒めてくれているんだけど、さすがに運河という事にはならないように思えるんだけどなぁ。
それに一番気になるのは、太平洋と大西洋の海の高さが違うんじゃないかということだ。
閘門を作れば良いのだろうが、そうでもしないと運河が激流になりそうに思えてならない。
「道路と鉄道以外にも輸送ルートが作れそうね。パナマ運河を使いたいという思いは統合作戦本部も持ってはいるでしょうけど、ジャングル地帯でのゾンビ掃討はかなりの難題でしょうね。それなら荒地を上手く使う方が容易に思えるわ」
「まさか、本当に具申するおつもりですか?」
困った顔をしたリッツさんが、マリアンさんに顔を向けて確認している。
そんなリッツさんに返事を返さず、笑みを浮かべているだけなんよなぁ。やはり副官は苦労するということなのだろう。
0900時に陸上艦隊の移動指揮車で待っていると、再度念を押されて俺達は会議室を後にした。
さて俺達の宿舎は何処になるんだろう?
そんな事を考えながらエントランスで待っていると、防衛部隊の兵士が俺達を車で送ってくれた。
どうやら港湾労働者の宿舎をリメイクしたらしい。
到着してみると、小家族向けのアパートという感じの建物だった。
エントランスのカウンターで部屋の鍵を受け取る際に、「朝食は7時から食べられますよ」とお姉さんが教えてくれた。
防衛部隊にもかなりの軍属がいるみたいだな。
部屋は3階だから、階段を歩いて上る。
部屋は数人が止宿泊出来るようで、部屋からエディ達の声が聞こえてきた。
どうやら同じ部屋のようだ。ノックをして扉を開けると、直ぐに俺を手招きしてくれる。持っているカップはワインでは無さそうだな。既にだいぶ酔っているように見えるんだよね。
酔った2人にバーボンの入ったカップを渡されてしまった。
あまり飲まないようにしないと、明日の会議に出席できなくなりそうだ。




