H-791 終わりが見え始めているけれど
ジャックを抱えたドローンが飛び立っていく。
45号線ジャンクションの東西1kmに設置すれば、ジャンクションに向かってくるゾンビはそれほどいないはずだ。
ジャックが騒音を撒き散らして数分も過ぎると、ジュリーさんからジャンクションに移動していたゾンビがジャックに向かって移動を始めたとの連絡が入ってきた。
これでしばらくは持つだろうけど、油断は出来ないからね。
ゆっくりとニックの後方を歩きながら、たまに立ち止まって頭を巡らす。集音装置から聞こえてくるゾンビの声は相変わらず潮騒のようなざわめきばかりだ。周囲にたくさんのゾンビがいるようだけど、少なくともこの近くにいるのはジャンクションに放置された車両の中だけのようだな。
「今のところ、近くにゾンビはいないようですね。ジャンクションの放置車両にはある程度いるようですけど、戦士型はいないようです」
「了解だ。アネッタ達に伝えておこう。エディ、まだ出番は来ないようだぞ!」
シグさんの言葉に、エディとニックが警戒を緩める。
俺達はジャンクションに乗り降りする道路に放置された車両にいるゾンビを倒すのが役目だからね。車近くに動いているなら直ぐに対応できるようにしておく必要はあるけど、車の中にいるとなれば俺達を襲うためにドアを開けなければならない。数年も経過しているからドアも錆びついているからなぁ。それこそ力任せに開けるしかないんだよね。エディとニックが力任せに開けるようなドアだから通常型ゾンビでは、それこそやっと開けられるかどうかだ。
捕まれない距離まで近づいて拳銃で処理するのが一番だと思うんだけど、2人ともライフルを構えていたんだよなぁ。さすがに銃口にはサプレッサーを付けてはいるけど、拳銃よりも大きな音がするんだよね。
「今回はバレットを持ち出していないが、戦士型が近づいたならさすがに火力不足に思えるな」
「そうでもないですよ。あの2人のライフルにはM203グレネードランチャーが付いていますからね。それに不思議なことに装甲型ゾンビを確認していないんです。全く別な場所に移動しているのかもしれません」
「装甲を持たなくともそれなりに表皮の厚さはある。5.56mmでなく7.62mm弾を使うライフルなら、グレネードを使わずに済むかもしれんな」
そんなことを言いながら背中に担いでいたマーリンを両手に持って、初弾が薬室にあることを確認している。
NATO標準の7.62mm弾とシグさんのマーリンに込められた45-70弾はどちらの方が威力が高いんだろう?
シグさんが持っているマーリンは、あの恐竜映画で主人公が持っていたライフルと同じものだと言っていたからなぁ。
休憩時にでも聞いてみよう。さすがに俺が持つ44マグナム弾を使うマーリンよりは銃弾が大きいからかなりの威力はあるんだろうけどね。
「ニック! 2台前にいるぞ。1体だ」
「了解! エディ、今度は俺がやるぞ!!」
2人が小声で話し合っている。ライフルを構えたニックがゆっくりと車に近付き、数m離れた場所から車内を覗う。
エディを手招きして、ニックの後ろでライフルを構えたところで、ニックが銃撃した。
至近距離だから外れることはないだろう。
それでも、ライフルに銃剣を付けて車内を突いている。
シグさんが苦笑いを浮かべているのは、2人が今でもゾンビを相手にする戦闘の基本をしっかりと守っていることに気付いたという事かな。
「いつでも他の隊で活躍できるだろうな。だが、ペンデルトンがサミー達を引き離すことはないだろう」
「あれからだいぶ経っていますから、それなりにゾンビ相手の戦いは身に付いているように思えるのですが?」
「相変わらず新兵の訓練は過去のマニュアル通りだ。さすがに最後の1週間はゾンビ相手の戦闘を1年以上経験している軍曹を招いての訓練らしいが、『アメリカ軍は世界で一番銃弾を浪費する軍隊だ!』と嘆いていたそうだ」
ライフルで連射してしまうという事かな?
連射ではねぇ……。運次第では1発ぐらい頭部に当たるだろうけど、全て外れてしまう事の方が多いかもしれない。
でも銃弾を節約するため、連射は3発だけに改良したんじゃなかったかな?
「上の方ではライフルの連射機構を外すよう計画しているそうだ。半自動ならしっかりとサイトやスコープを除くに違いない。それに訓練時の的の工夫もしているようだな」
的は人型で従来通りでも、頭部を的の中心としたらしい。
おかげで的が小さくなって、始めてライフルを握った新兵では中々当たらないらしい。
「訓練を終えるころには、5割以上頭部に充てることが出来るようだ。もっとも的までの距離は最大でも200mらしい。成績の良い兵士は、さらに1か月の訓練を課して500m以上の狙撃を学ばせているようだ。来年にはエディ並みの狙撃の腕を持った兵士がこの部隊にも入って来るかもしれんな」
思わず笑みが浮かんでしまう。
それだけ俺達の価値が低下するという事になるだろうからね。
明るい農園生活は案外近いかもしれないな。
ジャンクション北側の乗降車線の放置車両に潜むゾンビをあら方倒したところで一休み。時刻は10時を過ぎたところだ。
シグさんがアレフさんに状況を確認すると、すでに5割以上撤去を進めたらしい。
マリアンさん達の爆撃とアネッタさん達が来てくれたからだろうな。
エディ達が沸かしてくれたコーヒーを飲みながら、タバコを楽しむ。
タバコ畑が作られたらしいから、古いタバコではなく新しいタバコがその内手に入るに違いない。だけど、末端まで配布されるまでには時間が掛かりそうだからなぁ。今でもコンビニを見付けると笑みが浮んでしまう。
「このまま行け場、今夜はテキサスシティの部隊で夕食を取れそうだね。レーションとカロリーバーの食事は味気ないからなぁ」
「本隊がテキサスシティに移動したところで今回の作戦は終了だろう。次の作戦に向って部隊の編成と車両の整備があるだろうから、短くとも1カ月の休暇が取れるだろうな」
シグさんの言葉に、俺達3人が顔を見合わせて笑みを浮かべる。
でも少し早い休暇になってしまうんだよなぁ。出来れば2か月ほど遅れてくれると良いんだけど。
出産は10月だと聞いているから、生まれた赤ちゃんを見ずに次の任務に向かうことになりそうだ。
「ところで、今回は名前を考えているんだろうね。さすがに2回目となれば、俺も協力出来ないよ」
俺の言葉にニックが苦笑いを浮かべている。エディはそんなニックに顔を向けて頷いているから既にクリスと協議を終えているのかな?
「大丈夫だ。ちゃんと両方の名前を考えたよ。やはり2回目となると、少しは落ち付いて考えられるね」
大丈夫かな? パットから怒られそうな名前だと、俺達にまで被害が及びそうだからなぁ。どんな名前だと聞いたら、アメリカの偉人の名を拝借するとのことだった。
それなら大丈夫だろう。人気俳優の名となると、案外好き嫌いがあるだろうからね。
「案外長い休暇になるかもしれないぞ。陸上艦隊を幾つか作るという事らしい。ウイル小父さん達も作るだろうし、俺達の艦隊だってメキシコ国境の封鎖を完了したなら国境の守備部隊とフロリダ半島攻略を目的とした陸上艦隊に分かれるからね」
そうだと良いんだけどねぇ……。
休暇が長くなると、他の作戦区に出張させられそうだな。今までそんなことが多かったからなぁ。
休憩を終えると、今度は撤去作業区間を通り越えて南の乗降道都へと向かう。
撤去する車両に潜むゾンビは、既にアネッタさん達が始末しているようだ。撤去車両にワイヤーを結んでいる兵士達に挨拶をして道路を南へと進む。
放置車両がまばらになったところで歩を止め、周囲のゾンビの声を聞いた。
潮騒のようなざわめきが結構大きく聞こえてくる。
近くでは無いようだが、やはり中心部に潜むゾンビ数は半端ではなさそうだな。
「どうだ? やはり多いのか」
「いますね。砲撃で都市中心部から外に移動していると思っていたのですが、どうやら中心部にもかなりの数が残っているようです」
「8インチ榴弾砲は建築物の破壊には適しているが、ゾンビにはあまり効果が無いという事か」
「被害半径は平地であればそれなりに大きいんでしょうけど、崩れた建物が掩体として機能しているのかもしれません。都市部に潜むゾンビへの攻撃方法を考えないといけませんね」
それでも砲撃を続ければそれなりに効果はある。たった1門だけだけど、それでも1年近く砲撃を続けたことでヒューストン中心部のゾンビの一部が周辺部へと移動していることも確かだし、その他の榴弾砲による砲撃や爆撃で半数近くにまで数は減っているだろう。
それでも10万体を越えていそうだな。
「近くにはいないようですが、合流地点近くに何体かいるようです。全て通常型ですからアレフさん達の作業終了まで俺達も頑張りましょう」
再びエディ達が先行して放置車両の確認とゾンビの始末を始めた。
作業はエディ達に任せれば十分だから、俺とシグさんは周辺をしっかりと見ていれば良いだろう。
45号線のへの合流か所から市街地に200mほど下ったところで、ジュリーさんからシグさんに連絡が入った。
エディ達の作業を見ながら、ヘッドホンの片耳を外してシグさんの声を聞く。要点を復唱してくれるから、それで交信の内容がある程度分かるんだよね。
「……『ラッシュの兆候』という事だな。位置は『南西2km付近』か。確かその近くにノイズマシンがあるはずだが……。了解した。それなら直ぐに作動させて欲しい。アレフ達への注意勧告をしておいてくれ。距離がまだあるから、作業は継続で良いだろう。だがノイズマシンを作動させて、こちらに近付くようであれば再度連絡して欲しい……。あぁ、それで十分だ。以上!」
交信を終えたシグさんが俺に顔を向ける。
危惧していたことが起こりつつあるという事か。もう片方のヘッドホンも外して、シグさんに顔を向けた。
「先ほどの指示で、問題は無いと思います。ノイズマシンはさらに2個ありますから、集団の数が多いようならそれも作動させた方が良いでしょう。それと、南西方向だけでなく東の監視も必要かと。挟撃されたらたまりませんからね」
「そうだな。直ぐに連絡するぞ。それと我等の作業はこの辺りで終了しても良さそうだ。ここまでに倒したゾンビは2体だけだからな」
もっといると思っていたんだけどなぁ。
やはり食料源となる物が無ければゾンビは他に移動するという事だろう。
車両に閉じ込められたゾンビはあの騒動から数年以上車内にいたことになるんだが、生物学研究所の話ではゾンビは仮死状態を維持することが出来るらしいからなぁ。俺達の接近を何らかの方法で知ることにより動き出したのかもしれない。
俺達がこの場を離れたら、また永い眠りにつくことになるのだろう。




