H-785 放置車両が多すぎる
前方にあるのはヒューストンの外側にある環状8線とのジャンクションだ。立体交差をしているのだが、州間高速道45号線は東西に走る8号線の下を潜る形で交差している。
それにしても大きなジャンクションだ。500m四方はありそうに思える。それが殆ど車で埋まって見えるんだよなぁ。
シグさんは「200台を移動することにはならんだろう」なんて言っているけど、俺にはそれ以上の車を移動しないといけないように思えてしまう。
放置車両の撤去作業は計画通り8時丁度に始まった。
作業はアレフさんが進行を管理し、周辺の監視はオルバンさんが当たる。残った俺達4人は45号線から降りる車と入る車を主体にゾンビを狩ればいい。
捜索は俺とシグさん、掃討はエディとニックの役目だ。
ヘッドホンを着け、バイザーを降ろしヘルメットに取り付けた集音装置を使ってゾンビを探す。
車両の確認を始めても、中々ゾンビの声が近くに聞こえないんだよなぁ。その場でぐるりと体を回せば全周にゾンビの声が小さく聞こえては来るのだが……。
「さてどこから始める?」
エディの問いに首を傾げて考えていると、シグさんが右手に腕を伸ばした。
「先ずは、45号線に合流する車線の車両を調べた方が良さそうだ。降りる車線よりも車が多いからな」
多いというより、前方の車に接触しているように見える程ぎっちりと車が並んでいる。アメリカの車線の幅は広いから、空いた空間に押し込むような形で入り込もうとしている車まであるようだ。
「そうですね。合流地点付近からは声が聞こえませんけど、少し離れた場所に数体程のゾンビの声が聞こえてきます」
「なら始めようぜ! 今回はバレットを持ってこなかったけど、俺達が使うのはM14DMRだからね。サミーの世話になることは無いと思うよ」
7.62mm弾を使うライフルは海兵隊では分隊狙撃手だけなんだけどなぁ。オルバンさんが男性兵士用にとデンバーで調達したようだ。俺にも渡してくれるかと思っていたんだけど、「指揮官ですから、マーリンをそのまま使ってください」なんて言われたんだよねぇ。
エディとニックが放置車両を1台ずつ確認していく。声がしないからと言ってゾンビが潜んでいないとも限らないという事を経験で学んできた結果だろう。
その後方でゆっくりと歩きながら周囲のゾンビの声を拾う。俺の後方には同じくマーリンを手にしたシグさんが後方の警戒をしてくれている。
「エディ、その先にいるぞ!」
俺の声にニックが片手を上げると、車列から離れて擁壁沿いに進んでいく。
2台程車を確認した時だ。突然エディ達の歩みが止まり、ニックが左手を横にしたかと思うと手を小さく振った。
「見つけたようだな。訓練はしたことが無いとレディが言っていたが、やはり実戦に勝る訓練は無いという事か」
俺の横にやってきたシグさんが、笑みを浮かべて頷いている。
「ライフルではなく拳銃を使うようですね。至近距離で相手が通常型なら拳銃が一番です」
サプレッサーを付けた拳銃なら、ライフル銃よりも発砲音を小さく出来るからね。それに拳銃でゾンビを相手にしたのはライフルを使うより多かったぐらいだ。
くぐもった発砲音が2度聞こえた。銃剣を付けたライフルでニックが車内を突いている。2人で顔を見合わせ小さく頷くと、俺達に処理が終わったと合図をしてくれた。
「鮮やかなものだ。だが、銃剣を使って確認するのは少し考えてしまうぞ。あの藪から適当に枝を切り取ってくるんだな。サプレッサーに銃剣をテープで巻くよりも、2m程の棒の方が結果の確認が容易だろう」
「そうですね。いつもならサミーがしてくれていたんですが。サミーは棒を使ってましたね」
棒を使うのは近づかないで済むからだ。急に動き出して噛みつかれかねないからね。
例え1m程度でも離れるだけ、危険性を低下出来る。2mの棒ならかなり安心できるだろう。
再び放置車両に潜んでいるゾンビを探す。
小さな発砲音しかしなかったはずだが、数百mほど離れた場所で行っている放置車両の撤去作業音が聞こえているからだろうか。ゾンビの声が当初より多く聞こえてくる。
とはいえ潮騒のように遠くから聞こえるゾンビの声に歯変化が無いから、ゾンビの活性化はこのジャンクションに限定しているという事なのだろう。
1時間ほど経過したところで、周辺の見通しが良い場所で休憩を取る。
俺達が一服している姿を見ながら、シグさんはジュリーさんとトランシーバーで状況の確認をしているようだ。
「300mと言うところかな? もう少し先まで確認するんだろう?」
「出来れば500mとしたいね。それぐらいの距離を確認すれば安心して道路を走れるだろう」
「だけど、またやってきそうだな……」
ヒューストンのゾンビを殲滅出来ていないからなぁ。ニックの危惧は確実だろう。でも道路にはゾンビの食料源となる生物はいないはずだ。集団での移動が行われなければ、それほど多くのゾンビが再びここにやってくることは無いだろう。それよりはデンバーまでの兵站ルートが出来た時に輸送コンボイの音でゾンビがどのように動くかを別途考えねばなるまい。
一旦フクスに戻り、小休憩。
次は降車ラインの車を確認することになったが、こいつら逆走して45号線に入ろうとしていたみたいだな。車の向きが全て逆だ。
「『急ぐ時ほど、ルールを守れ』とジュニア・ハイスクールのミランダ先生が言ってたな」
「そうだね。怖い先生だったね」
2人の呟きにシグさんが笑みを浮かべる。
どんな先生だったのか、2人は話してくれたことが無かったけど、口に出すのも怖いという事なんだろう。2人がレディさんやシグさんそれにジュリーさん達の指示を素直に聞くのはミランダ先生という存在が脳裏にちらつくのかもしれない。
クリス達との亜間ではそんなことは無いから、年上の女性という存在が一種のトラウマになっているのだろう。
「それだけヒューストンから早く離れたかったという事なのだろう。だが、そんな連中が一度に集まってしまったことで収拾がつかなくなったに違いない。たぶんどこの都市でもそうだったのだろう。お前達が上手く脱出できたのはウイル殿がそれだけ戦場慣れしていたという事だ」
俺達への最初の指示が『1日待て』という事だったからなぁ。あのサマーキャンプの建物に俺達だけだったのも幸いだった。大勢が籠城していたなら、その騒ぎでゾンビが雪崩れ込んできたに違いない。
「パニック症候群というやつかもしれませんね。誰でも、命の危機ともなれば行動が似てくるのでしょう。願わくば、この大渋滞に巻き込まれた人達が徒歩で安全に移動していて欲しいところです」
「たぶん無理だろうな。我等でも徒歩で移動するとなれば、1日の移動距離は30km程度になるだろう。ましてやそれを継続するということになるのだからなぁ。少なくとも100kmほど郊外に逃れて、その後で車を手配できたならゾンビ騒動の当初であれば逃げ出すことも出来ただろうが……」
軍が州間高速道路の要衝を確保していたのは1週間にも満たないからなぁ。軍が防衛線を構築していた後方に上手く逃れたなら何とか助かっただろうが、最終的にはミシシッピーのような河川を阻止線とすべく、いくつかの橋を爆破したらしい。その上で川を渡る連中に銃撃を加えたということだからなぁ。
ある意味黒歴史としてアメリカの歴史に刻まれるだろうが、生存者の安全を保つ為に涙を呑んでの行為だったに違いない。
「これで下の道路までの確認が出来たぞ! 結局倒したゾンビは10体にも満たなかったけど、周りはどうなんだい?」
「かなりいるみたいだね。でも声から判断するなら300m以上離れているよ。一番近いのは、あの焼け跡にいる通常型だな。2体いるよ」
俺が腕を伸ばした先の焼け跡に全員が顔を向ける。
距離はおよそ300m。焼け残った柱と壁からかつての家の大きさが分かる。結構大きな家だけど、焼夷弾で焼かれたに違いない。
「見えないな。やはり隠れているという事だろう。それとも、日光を嫌うのだろうか?」
「昼間に道路を徘徊するゾンビもいますからねぇ。日光を嫌うという事は無いでしょう。でもあの騒動からだいぶ年月が経っていますから、進化が一様でなければあり得るかもしれません」
俺の言葉にシグさんが小さく頷いている。
だけど小動物を狩るゾンビの活動は夜が主体だろうからなぁ。案外夜間の方が活動しやすい体に進化している可能性もありそうだ。
次は橋の下を潜った先の合流地点に場所を移すことになるのだが、シグさんがジュリーさんに連絡を取ったところ、放置車両の撤去に難航しているらしい。あまりにも数が多くて道路の側面に移動しきれないとのことだった。
「側面の一角を爆破して、移動場所を作るだと? かなり大掛かりになりそうだな。そうなると……。爆破は少し待ってくれ。サミーと調整する」
さすがに爆発音で集まるゾンビが出て来ないとも限らないからなぁ。
俺に顔を向けたシグさんが何時になく緊張した表情をしていた。
「その為のノイズマシンです。一番近いノイズマシンを作動させましょう。作動終了間際にコイン機で集まったゾンビにコイン機から爆弾を落として貰えば良いでしょう。その爆発音に紛れて側面を爆破すれば、ここにゾンビが大挙して押し寄せてくることはありません」
「なるほど……。それで行こう。ジュリー達に指示してくる。サミー達はここで休憩していてくれ」
指揮車両に向かってシグさんが走って行った。
いつも元気一杯だな。俺達3人で走り去るシグさんを見送ったところで顔を見合わせて溜息を漏らす。
「ノイズマシンは道路の西側だよね。東はどうするの?」
「ジャックで十分だと思うよ。2台も設置すれば十分だ。上手くタイミングを合わせる必要はあるけど、現在のジャックに仕込んだ爆弾はタイマーだけでなく遠隔も可能だからね」
「だんだん余分な機能が増えているんだよなぁ。俺達が作った時にはシンプルだったんだけどねぇ」
それが兵器の進化という事なのだろう。
使い易くという思いで、どんどん余分な機能が増えていくんだよなぁ。
『シンプル・イズ・ベスト!』というのが俺の理念なんだけど、俺の持つ集音装置にも色々と機能が追加しているぐらいだからねぇ。




