H-783 着色弾が間に合わない
俺の状況説明を聞いた途端、屋根の上が少し騒がしくなった。
ガタガタと金属の当たる音がするのは、エディがバレットでの狙撃位置を変更しているに違いない。
ジュリーさんと顔を見合わせて、2人で天井を見てるところにシグさんが戻ってきた。
「ストライカーが現状位置から少し西に移動したぞ。北の戦士型を攻撃するのか?」
「攻撃というより、状況の確認というところですね。さすがに着色弾だけでなく通常弾も混ぜるでしょうから、少しは数が減るでしょう。現状では十数体と言うところです」
「位置と距離は……、ここか! 最初に見つけた戦士型ゾンビの残りの移動方向はこっちだから……。合流するとも、そのまま側面攻撃を目論んでいるのかもまだ分らんな」
「最初の戦士型と同じくステルス型です。見えるようにして置けば対処は容易だろうとオルバンさんに依頼しました」
「十分だ。遠くで爆撃音が聞こえて来たのは、こっちの後方の群れへの攻撃という事か。そろそろオルバン達が忙しくなるだろうが、その前にグレネード弾を放つ位は出来そうだ」
まだ車両の撤去作業は継続中らしい。
それでもフクスのロケット弾攻撃前には、全員を車両内に移動させると連絡があった。まだかなり距離があるという事なのだろうが、それほど時間があるとも思えないんだよなぁ。
「周辺の監視は任せたぞ!」
シグさんがそう言って再び屋根に上へと向かう。
とは言ってもねぇ……。
グレネード弾に仕込んだ塗料で上手くステルスゾンビの姿を見ることが出来ないと困ってしまうだろうなぁ。
再びヘッドホンを耳に付けようとしていると、くぐもった炸裂音がドロドロと聞こえてきた。
使ったという事なんだろう。ドローンが映し出す南西方向のゾンビの群れは炸裂煙で姿が見えない程だ。
「結構派手だよねぇ。ハイドラロケットよりも炸薬量が多いというだけのことはあるね」
「ロケットモーターの燃料が半分も無いと言っていたよ。その分炸薬量が増えたという事だけど……、やはり半減はしなかったみたいだね」
炸裂煙が晴れて、再びゾンビの群れが姿を現した。かなり損害を与えたみたいだな。
その場で共食いが始まっているけど、あれが治まったなら再び俺達に向かってくるに違いない。
「残りは300体程度でしょう。その後方の群れは?」
「コイン機の爆撃で群れが四散しているみたい。再び集まるには間があると思う」
「なら、先ずはこっちの300体ですね。北のゾンビのその後の状況は?」
「オルバン達が戦士型に色を塗ってくれたけど……、自爆型が混じっているみたい」
ジュリーさんの言葉に驚いて、すぐにもう1つのモニターに目を向けた。
なるほど、ドラム缶のような体を持つゾンビが混じっているな。ヒューストンは自爆型を持たなかったのだが、周辺の都市との争いの中で進化したという事になりそうだ。だけどモニターに映っていた自爆型は1体だけだ。自爆型ゾンビの数はまだまだ少ないという事になるのだろう。
インターホンを使って屋根の上にいるシグさんに自爆型ゾンビがいることを教えると、既にジュリーさんから知らされていたらしい。
エディが狙撃すべく視界に現れるのを待っているとのことだった。
「準備は完了している。ターゲットスコープに中に入るのを待つだけだ。2方向からの接近だから、サミーも状況には注意して欲しい」
「了解です。戦士型は俺達で何とかしたいですからね」
オルバンさん達もいるけど、どちらかと言えば遊撃部隊としての役割だからなぁ。南西方向からのゾンビの群れは アレフさん達に任せているけど、ゾンビとの戦闘経験は
あまりなさそうだからね。
「北東のゾンビとの距離は400を切ったよ。北は800というところ。……待って! 真東に新たに戦士型が10体現れた!」
「かなり移動速度がありますね。エディ達で対処できるか疑問です」
「一応連絡するけど、サミーはまさか!」
「そのまさかです。これで狩りますよ。今から着色する時間もなさそうです」
決してリンクスを使いたいからじゃないからね。
これは俺達に部隊を守るための必要な行為に違いない。
「かなり速い! もうすぐ500になるよ」
「了解。北東と北、それに東ですか……。これも持っていこうかな」
ベルトのホルスターを取り外してバッグからM29を取り出した。レディさんのお父さんから貰った品だけど44マグナムだからどうにか両腕を使って撃つことが出来る。
ウイル小父さんやエディはこれを片手撃ちするんだから呆れてしまうけど、大口径マグナム銃は 両手でしっかりと保持することが基本だと思うんだけどなぁ……。
ヘルメットのバイザーを下ろして音声映像装置を作動させる。スペクトルアナライザーで戦士型ゾンビの声の帯域を確認し、帯域フィルターを設定する。これで準備完了だ。後は輝点に銃のサイトを合わせれば銃撃できる。
「距離400。エディ達は北の自爆型から狙撃するみたい!」
「なら俺は姿の見えないゾンビを狙撃すれば良いですね。俺が出たら、すぐにハッチをしめてください!」
ハッチが開けきる前に道路へ飛び出した。直ぐに東に体を向けると輝点がこちらに向かって動いてくるのが分かる。
少し距離はあるけど、銃弾はタップリあるからね。
立射姿勢でリンクスを構えると、すぐに発射した。
ドォン! という銃声と共に肩がドンと押し付けられた。
バレットは発射時に肩を蹴飛ばされるような衝撃なんだけど、リンクスはバレルが後方に下がる駐退機構を持っているからだろう。衝撃が分散する感じだから、俺にもこれなら立射を継続できるぞ。
立て続けに5発発射したところで、マガジンを交換する。
1体は何とかしたかな? バイザーの輝点が集中しているから銃撃の効果のほどが分からないんだよなぁ。
次の射点をフクスの東側面にしようと移動していると、頭の上から、ドン!という大きな銃声が聞こえて来た。エディがバレットを使いだしたのだろう。
少し間があいて再び銃声が聞こえてきた。ニックと組んでしっかりと狙撃をしているんだろうな。
「まさか飛び出してくるとは思わなかったぞ! ジュリーから仔細は利いているが、何とかなりそうか?」
「最後はこれを使います。ポリカーボネイトの板から上に体を出さないでくださいよ!」
ポリカーボネイトの壁越しに俺を見下ろしながらシグさんが話しかけてきたけど、俺の言葉に笑みを浮かべているんだよなぁ。
でも手を振って頷いてくれたから、行動的には問題は無いという事なのだろう。
さて、だいぶ近付いて来たな。
輝点が分離して個々の識別ができる。先ずは左から……。
5連射して、マガジンを交換する。
再び5連射したところで銃弾が尽きた。
既にフクスから50mにも満たない。リンクスをフクスに立て掛け、M29をベルトから抜くと、両手でしっかりと構える。
ドォン! という銃声は357マグナムよりも大きいし、反動もかなりきつい。
それでも30m程離れた位置でゾンビ青い体液を散らしてひっくり返ったから、思わず笑みが浮んでしまう。
次は、あれだな……。
3発放ったところで、最後の輝点どうにか消えた。
倒せたみたいだ。
ふと後ろを見ると、フクスの屋根からシグさんがマーリンを片手に俺を見ていた。シグさんも銃撃に加わったのかな?
こっちの対応に夢中だったから、あまりエディ達に注意を向けることが出来なかったのだが……。
「全部か?」
シグさんの言葉に慌てて周囲を確認する。どこにも輝点が見えないことを確認し終えると、フーッと溜息が漏れた。
「申し訳ありません。こっちの戦闘に集中してしまいました。こちらは終わりましたね。キャビンに戻ってジュリーさんにも確認します」
「それなら良いんだが……。エディ達に引き続き周辺の監視を頼んで、私も中に戻るぞ」
キャビンに入ったらお小言が待っていそうだ。
とはいえ、こっちは何とかなったから、後は南西のゾンビに集団だな。オルバンさんも控えているから安心ではあるんだが、万が一という事もあるだろうからね。
キャビンに入ってベンチに腰を下ろす。再び出番が無いことを祈りながら銃架にリンクスを戻す。後でマガジンに銃弾を補給しておかないとなぁ。出番はないに越したことはないんだが、その時に銃弾が入っていないんでは問題だ。
ベンチに腰を下ろした俺に、ジュリーさんがコーヒーカップを渡してくれた。「ご苦労様!」とは言ってくれたけど、「次は私だからね!」と念を押されてしまった。
運転席の方から戻ってきたシグさんが、俺の隣に腰を下ろしながらジュリーさんからコーヒーカップを受け取っている。
グイと一口飲んで俺に顔を向けてきた。
「やはりステルスゾンビは厄介だな。サミーのように音声映像装置を使っての狙撃手段をエディは持たぬからなぁ。次に本隊と合流した時に手に入れておこう」
「そうして貰えると有難いです。これからも出てくることは間違いありませんから」
「なら、私の分もお願い! この分隊の狙撃手は私なんだから」
ジュリーさんが、俺達の話に割り込んできた。
ちょっと装備重量が増すことになるけど、背に腹は代えられないからなぁ。ここはシグさんの調達能力に期待しよう。
「それで、南西のゾンビは?」
テーブルに置いた俺のタバコから1本取り出して、シグさんが火を点けながらジュリーさんに尋ねる。
俺も気になるから ジュリーさんに顔を向けると、笑みを浮かべて撃退したと教えてくれた。
「殲滅ではなく撃退だと?」
「グレネードランチャーを使ったら、集団がバラけてしまったの。その後は後方の集団と合流するように去って行ったよ。後方の集団もコイン機でかなり痛手を負っているからさすがに再戦にはならないんじゃないかしら」
ジュリーさんがモニターを見る様に腕を伸ばしながら答えてくれた。
なるほど、かなりゾンビの群れが広がってしまったようだ。集団を作ろうとしているようだけど、その動きも南への移動をしながらだった。
「ところで、放置車両の撤去の方は?」
「オルバンからの連絡では終了しているみたい。まだワイヤーを片付けていないようだから、それを現在回収中。終了次第連絡が入るよ」
時計を見ると14時を過ぎている。
まったく余計な時間を消費してしまった感じだな。
この先に100台以上の車両の縦隊があるが、さすがに夜間の作業は無理だろう。明日の早朝から作業が開始できる位置で、野営をすることになりそうだ。




