H-782 戦士型ゾンビが北にも表れた
「やはり、車両の撤去に時間をかけ過ぎたという事か」
「音を立てないように歯しているようですけど、エンジン音を消すことは出来ません。それに偵察ゾンビがどこかに潜んでいたかもしれません」
声を出してくれれば直ぐに分かるんだが、長い紐のような伝達器官を使って状況を伝えることが出来るからなぁ。通常なら道路沿いにいるんだけどね。
「荒れ地に偵察ゾンビが潜んでいたと?」
「可能性はありますよ。ゾンビ同士の抗争がかなり前から始まっています。大規模な集団であれば道路を進むのでしょうが、陽動それに攪乱を意図する部隊なら道路を進むようなことはしないはずです。南西の部隊は2つの集団を作っていますが、こちらの戦士の集団は1つだけのようです。南西に最初の集団で決着がつかなければ……」
「戦士型を乱入させて、その後に2つ目の集団が我等を襲うという事か。全くいつの間にか知恵を付けてしまったようだな。戦術的には頷けるところがあるが、現代戦とは少し異なるのはゾンビの投射武器はまだ主流ではないということなのだろう」
シグさんが感心した表情で、テーブルの地図とドローンが映し出したゾンビの映像を見比べている。
「でも、戦士型がこのまま進んでいくと、私達の側面ではなくかなり後方で45号線に乗ることになるよ。南西の集団との挟撃も考えられるわね」
「ですね。側面を突くか、後方からの挟撃か……。どちらにしても厄介ですから、早めに始末しましょう。迫撃砲弾が沢山あるなら、再度爆撃してくれませんか」
ジュリーさんの指摘に、俺が相槌を打つ。
シグさんも頷いているぐらいだから可能性は高いという事なんだろうな。
「了解! たっぷり運んでいるから、ここで少し使っても問題は無いと……。さて、ドローンを戻して次の攻撃をするよ!」
爆撃によって半減することは無かったけど、次の爆撃を行うなら残りの戦士は10体を下回りそうだ。その始末はスナイパーユニットを搭載したドローンで行えば良いだろう。出来ればもう少し銃弾を持たせたいんだけど、3発だけだからなぁ。何度か往復させて狙撃するしかなさそうだ。
「ドローンで全て対処できるとも思えん。指揮車を後方に移動させた方が良さそうだ。屋根の2人に期待しよう」
ジュリーさんからトランシーバーのマイクを受け取って、車両の撤去作業中のアレフさんに、指揮車を後方に下げることを伝える。
トランシーバーのスピーカーから聞こえて来たアレフさんの話では、まだまだ撤去に時間が掛るみたいだな。
フクスが車列から逸れて、後方にバックしていく。
ドローンの離発着を行っているフクスの後方に位置したところでフクスが停車した。
後部ハッチの監視窓からまっすぐに北に延びる道路が良く見える。ここも狙撃するには格好の場所に違いない。
「そこからリンクスを撃とうなんて考えるなよ。キャビン内でスタングレネードを使うようなものだからな」
シグさんの言葉に、体がピクリと動いてしまった。
お見通しのようだけど、そこまで大きな音になるんだろうかと首を傾けてしまう。
「戦車兵が車内であのヘルメットを付けているのは、騒音から耳を保護するためだ。砲弾の発射音はリンクスの比ではないからな」
そう言われれば、ブラッドレーの搭乗員は皆ヘッドホンが付いたヘルメットを付けていたな。俺の集音装置が付いたヘルメットに似ているから、このヘルメットは戦車兵の使うヘルメットを元に改造しているのかもしれない。
一服しながら、モニターに映る車両撤去の状況を見守る。
トレーラーを取り巻く自動車をどうにか撤去出来たようだな。太いワイヤーをトレーラーに取り付けているけど、トレーラーの片側のタイヤがパンクしているように見える。上手く移動できると良いのだが……。
「2回目の爆撃を行うよ! 2発ずつ、2回に分けて行うからね」
ジュリーさんの声に、壁に設けたモニターに目を向けた。
かなりの速度でピンク色の群れに接近しているようだ。爆撃用のターゲットマークが、その群れの真ん中に届いた瞬間、黒い物体がドローンから落ちていく。同時にドローンが急角度で上昇を始めた。
高度を上げたドローンが再びピンクの群れを捉える。
やはり半数削減には至っていないようだな。
「残り8体だ。まだ動いているゾンビがいるが、あれでは移動できんだろう。他のゾンビの餌になるしかないだろうな」
かなりの深手を負ったのだろう、青色の体液が移動した後に残っている。前脚の鎌を杖のように地面に突き立てながら群れを追おうとしているが、移動速度が段違いだからなぁ。
やはり他のゾンビに狩られることになるのだろう。
再び爆撃が行われる。
結果は3体を葬っただけだ。残った戦士型ゾンビは5体だが、既に俺達の真東まで移動しているようだ。
「距離は1,5kmというところだな。もう少し接近して待機するのか、それともこのまま後方に向かうのか……」
ジッとドローンからの映像を見ていると、西に移動する気配すら見えない。
後方からの挟撃だな。
タイミング的には第2段の集団が一番効果的ではあるのだが、5体だけではねぇ……。
「第1段の群れと共闘しないとも限りません。第1段の現在位置は?」
「南西1kmほどに迫っている。車両の撤去作業に間に合わない可能性が出てきたな。500mまで迫ったなら緊急退避をするそうだ。オルバン達が我等に代わって状況を見ているぞ」
「俺達は残った戦士型に全力を注げば良いという事ですね。となると……。あれを使うんでしょうね?」
「せっかく作ったのだから、持っているだけでは詰まらんという事だろうな。フクスのロケットランチャーから一斉に放つそうだ」
合計12発のロケット弾は飛距離500mだからなぁ。受け取った時の話ではハイドラよりも炸薬量は多いと言っていたからね。どれほどの効果になるのか確かに見たくなるな。
「それで防げるとも思えません。グレネードランチャー、それに銃眼からの銃撃に期待することになるでしょうね」
「いつも通りということだな。車両の屋根からなら、かなり接近されても銃撃は可能だろう。だが戦闘開始と同時に、ゆっくりと後退するぞ。それでゾンビとの距離を保ちながら攻撃を継続できる」
ゾンビの群れを誘導する時と同じだな。
それなら皆が納得してゾンビと交戦してくれるだろう。
「群れが3つだから面倒よねぇ。とりあえず、南西方向を担当しているドローンはハンターユニットに変えて、バッテリーの交換を行よ。その次は東の戦士型の方を担当したドローンになるから、少し画像を停めるからね」
「お願いします。さすがに東の方は再度落とす必要は無さそうですが、エディ達が始末したなら、南西に向わせてください」
「了解! ……それなら4発とも通常弾で良さそうね……」
ドローン操縦者の女性兵士達とジュリーさんが小声で打ち合わせをしている。まだドローンが飛んでいるんだから、あまり余計な事を考えないようにした方が良いと思うんだけどなぁ。
「さて、私も上に上がるぞ。サミーはここに居てくれ。他にもゾンビがいないとは限らないからな。リンクスの出番はまだまだ先になるだろう」
車列上空で周辺を監視するドローンがいない状況という事か。
それなら、屋根の集音装置で俺が監視するしかなさそうだ。監視カメラも同軸上にあるからここでモニターを見ていれば良いという事になりそうだ。
とは言ってもなぁ……。
せっかく貰った物だからと、リンクスをケースから取り出し5発入ったマガジンを装着しておく。少し大きいけど後部ハッチの横にある銃架に収めておく。隣はマーリンだから状況に応じて使い分ければ良いだろう。
リンクスの予備マガジンを装備ベストに1つ入れたら、ズシリと重さが増した。
さすがは50口径弾だけのことはある。5発でも結構な重さだ。
「それを使うの? でも私もいるんだからね」
そう言って、ジュリーさんが冷えたコーヒーを蓋つきのカップに入れて渡してくれた。
分隊狙撃手はジュリーさんだからなぁ。本来は屋根の上ってエディ達と東を睨んで欲しいところだけど、ドローンの管理も重要なんだよね。
「今回はエディ達に任せましょう。でも、必要が生じたらお願いしますよ」
「その時には、後部ハッチを開いて飛び出すよ。サミーも援護してね」
俺の言葉に笑みを浮かべて小さく頷きながら了解の言葉を返してくれた。苦笑いを浮かべながら俺も頷き返したけど、そんな時はジュリーさんがバレットを背負って飛び出す前にリンクスで片付けたいところだな。
ジュリーさんにもしもの時があったなら、レディさんとマリーさんに袋叩きにされかねない。
フクスの屋根の上で集音装置がゆっくりと回転しながら周囲のゾンビの声を拾ってくる。
屋根の上も静かだけど、まだ戦士型は接近して来ないのだろうか?
首を傾げながらジュリーさんに顔を向けると、そのまま北に向かって移動していると教えてくれた。
「側面攻撃から後方からの攻撃に作戦を変えたのかしら? 少し速度上げたから銃撃が難しいの。速度を緩めたら実行するよ」
「了解です。確かに戦士型の位置が北東に変わっていますね。距離はどれほどですか?」
「約1kmと言うところかな。こっち私達と屋根の上の3人で何とか出来そうだけど
南西の方はだいぶ近付いたね。そろそろあれを使うかもしれない」
あれって、あれだよな? 使いたくて疎俺まで手出しをせずに待っているのかな。
オルバンさんは、叩き上げの海兵隊士官で正統派だと思っていたんだけどなぁ。だんだんこの部隊に染まってしまったのかもしれない。
名目上の指揮官が俺だけど指揮を期待されても困ってしまうから、優秀な人材であるレディさんやシグさんが副官として付いてくれていたはずなんだけどなぁ……。
「後方の群れはヒューストンからコイン機が攻撃するそうよ。3機で来ると言っていたからかなり期待できそうね」
それなら数百の群れが2段になって攻撃してくると思えば良いだろう。オルバンさんならしっかりと応えてくれるに違いない。
安心して頂いたコーヒーを飲もうとした時だった。
戦士型ゾンビの声が聞こえてから少し間があって再び戦士型の声が聞こえて来た。慌てて、集音装置向きを確認すると、45号線の北だった。
ジュリーさんにドローンでの確認を依頼すると、道路の北にゾンビの姿を確認できないと返事が返ってきた。
「ステルスゾンビですね。北東の戦士型と合流してくれれば良いんですけど……」
「音声映像装置で見ると数は十数体みたい。スナイパーユニットの銃弾に着色弾を装填していないから姿を見ることは出来ないよ。一旦戻して、装填しようか?」
「それなら、もう1つの方法を試してみましょう」
ストライカーに設けられたグレネードランチャーの飛距離は1kmを越える。オルバンさん達の事だから着色用のグレネード弾を幾つか用意しているに違いないと説明すると、すぐにオルバンさんにジュリーさんが連絡を始めた。
俺も屋根のシグさんに状況を説明する。さて、シグさんはどんな反応をするだろう?




