H-781 テキサスシティへの道は短くても時間が掛かりそうだ
これで4度目の停止だ。既に昼を過ぎているんだよなぁ。
今度は飼料を運ぶ連結したトレーラー2台が折れ曲がって止まっている。そこに十数台の車両がトレーラーを取り囲むように止まっていた。
事故るなら道路を逸れて事故って欲しいと、ついつい愚痴が出てしまうほどの惨状だ。
「『急ぐ時ほど、車の速度は控えめに……』と父が良く言っていたな。そのように心がけようとはしているのだろうが、いざ、その時になるとアクセルを深く踏み込んでしまうようだ」
「あれはちょっと時間が掛かりそう。エリックさんの部隊も応援に向ったから、エディ達だけでなくオルバンも後方警戒をすると言ってた」
「ドローンにジャックを持たせて待機させておいてくれ。場合によってはゾンビの注意を逸らす必要があるかもしれん」
「俺も上に行きます。2人より3人の方がそれだけ周囲に目が届くでしょう」
マーリンを持ってジュリーさん達の後ろを通って運転席後方のハッチから屋根に出る。
俺を見てエディ達が驚いているんだけど、しっかり監視をしていたんだろうな?
「サミーが来たってことは?」
「少し時間が掛かるらしい。陸戦部隊も応援に向ったから周りを良く見ておかないとね」
「それでか! だいぶ前から作業をしてるんだけど、あまり物音を立てないんだ。ブラッドレーのエンジン音とキャタピラの駆動音は仕方がないな」
直ぐに前方からガタガタと音が聞こえてきた。動物の唸り声に似たエンジン音も確かに気になるところだが、見通し距離にゾンビがいなければ案外ゾンビに気付かれずに済むかもしれないな。
「ところで、2人の持っているライフルのサプレッサーはいつもと違うんだけど?」
「ああ、これね! 本隊に合流した時、オルバンさんが探してくれたんだ。これはサプレッサーとは言わずに、『サイレンサー』というべき代物だ」
「既存のサプレッサーよりも、発砲音をさらに低下出来るらしいよ。サミーが付けているサプレッサーは20db程の低下だけど、これは40db近く低下するみたいだね。エディはサイレンサーと言っているけど、正しくは『サウンド・サプレッサー』というらしい。でも何時も付けているサプレッサーと混同するからサンサイレンサーと呼んだ方が誤解しないかもね」
なるほどね。さらに音が小さくなるなら便利に使えそうだけど、結構長いんだよなぁ。30cm程の長さがありそうだ。
「積極的に試さないでくれよ。結局は音を消すことは出来ないんだからね」
「分かっているさ。距離300mで試そうと、さっき2人で話していたんだ」
それぐらい離れていれば十分かな? こればかりは試してみないと分からないからなぁ。
「1発撃ったなら、少し様子を見てくれよ。こちらに気付かなければ案外使えそうだ」
「そういえば、サミーも新しい銃を手に入れたんだろう? やはり7.62mm弾の狙撃銃なのかい?」
「あれは、狙撃銃なのかな? ちょっと変わっているんだ」
簡単にどんな銃なのかを説明したら50口径弾を使うと知って驚いているんだよなぁ。
「散々バレットの練習をさせられたけど、サミーは近距離射撃のはずだよね?」
「俺達の部隊の狙撃手はジュリーさんとエディになるよ。俺のは装甲型を狩るために用意して貰ったんだ。さすがに300m先を狙うような野望はないからね。大口径弾を俺の体力で撃てる銃という要求が、今回貰った銃だ」
銃の話をしていたら、2人が首を捻りだしたからなぁ。
かなり面倒そうな銃だと思っているに違いない。俺も普段はマーリンだからね。マーリンの上位ライフルとして、万が一の時に使って行こう。
「それにしても面倒そうだなぁ」
ニックが立ち上がって、前方の車両撤去作業を眺めながら呟いた。
その言葉に、俺とエディが顔を見合わせて溜息を吐く。
何台かの車両は事故時に絡みついているようだからなぁ。俺達も手伝いたいところだけど、ここはゾンビ騒動が起こってから初めて人間が訪れる土地だ。いつゾンビが集団で現れるとも限らない。
前方の監視はエリックさんが行っているだろうし、後方はドローンの離発着の対応をしながらオルバンさん達が行っている。東西の監視は俺達の重要な仕事ではあるんだが、これが長く続くとなると、テキサスシティへの到着はどんどん遅れることになる。
途中で一夜を明かすことは想定していたけど、ヒューストン中心街に到達する前にその場所を決めておいた方が良さそうだな。
屋根の柱下部に取り着けてあるインターホンを使って、シグさんに野営場所の選定をお願いする。
ちょっと驚いていたようだったけど、すぐに状況を理解してくれたようだ。
何か所か選定をすると言ってくれたから、場当たり的に野営をする事態は避けられるだろう。
「昼はカロリーバーという事が良く分かったよ。サミーもどうだ?」
エディからカロリーバーの包みを受け取って封を切る。中に2つのカロリーバーが入っているんだけど、これはかなり喉が渇く。乾くというより喉に張り付く感じがするんだよなぁ。
一口齧ってモゴモゴと口を動かしていた俺に、エディが折りたたみ式のカップを手渡してくれた。水筒から注いでくれたのは少し薄めのコーヒーだから直ぐに飲めそうだな。
「ありがとう。でもよくこんなカップを探したね」
「デンバー空港で見つけたんだ。何個か持っていればこんな時に役立つだろう? コーヒーは水代わりだな。薄味だからサミーでも砂糖無しで飲めるだろう?」
確かに薄い。カップの底が見えているからね。でも少し苦く感じるから薄いコーヒーでも十分に思えるな。
2個目のカロリーバーを食べている時だった。
インターホンの着信音が鳴ったので、急いでニックが応答を始める。
「……そうですか! まだ此処からでは確認できません。サミーは食事中ですから音を聞き逃しているのかもしれませんね……」
ニックがちらりと俺に視線を向ける。
急いで残りのカロリーバーを口に放り込むと、残ったコーヒーで喉に流し込んだ。
立ち上がって、集音装置から聞こえるゾンビの声を確認すると南西方向が一番大きく聞こえてくる。だが、かなり離れているようだ。ゾンビの声が重複しているので種別までは分からないが、ラッシュ時の特徴的な統率型の声は聞こえないな。
「サミーです。南西方向に大きく聞こえますが、まだ距離はありそうですね?」
インターホンを使って、シグさんに伝える。
「方向はその通りだ。およそ2km先になる。その後方にも集結が始まっているようだ。先ほど作業の進捗を確認した結果では、まだ30分近く掛かるらしい。ジャックを近傍に仕掛けてゾンビの移動を遅滞させようと思うのだが……」
直ぐに「了解!」と返事をする。
さらにハンタードローンを待機させるよう指示を出したから、これでしばらくは様子を見るしかないだろうな。
エディ達に目を向けると、いよいよ出番か! と嬉しそうな顔を見せてくれるんだよなぁ。
「ここから30分ほどの距離らしい。撤去作業に30分は掛かりというからジャックを仕掛けてそちらにゾンビの目を向ける。それでも接近してきたならお願いするよ」
「分かっているさ。距離300で射撃をするよ。500では俺の腕では無理だろうけど、300なら確実だ」
「まだゾンビの種別が分からない。場合によっては装甲型の戦士が現れる可能性もあるぞ!」
「なら今の内にバレットを用意しておくよ。さすがに装甲型ゾンビだけで100体はいないだろう? 一応、60発は用意してあるんだけどね」
バレットとリンクスの弾丸は共通だから、一緒に貰った弾薬箱にかなり入っているんじゃないかな。後でエディに分けてあげよう。
エディが一旦運転席に戻るという事で、俺が屋根に立って周囲を見守る。集音装置の指向性が高いからなぁ。座っていては全周を確認できないんだよねぇ。柱の上部ユニットがゆっくりと回転しているのは、キャビンの中でシグさん達が監視をしているからだろう。
他の方向からやってくるゾンビがいないことを祈るばかりだな……。
たまに足元でバレットを準備しているエディに視線を向けながら、周囲のゾンビを監視していると、南東方向にもゾンビの声が聞こえて来た。それほど大きくはないな。ヘッドホンから聞こえる声で判断する声を詳しく聞き取る……。数はそれほど多くは無いが、種別は戦士型だ!
急いでインターホンを手に取ってシグさんにおおよその位置を告げると、後方のフクスからドローンが飛び立っていった。
「どうした?」
「戦士型の集団だ。方向は道路の南東だから、南西のゾンビの集団は陽動かもしれない」
「西はジャックを仕掛けたんだろう? 東もジャックで遅滞出来そうだけど」
「戦士型は動きが早いからね。これから先を考えるとあまりジャックを消費するのも考えてしまうんだ」
明確な目的を持っているとしたなら、ジャックの誘導策が無効化しないとも限らない。先ずはゾンビの姿と数、それに移動方向を確認しないといけないだろう。
できれば撤去作業を急がせたいところだけど、急がせるとろくなことにならないからなぁ。それに時間的余裕があるから、緊急退避を指示する必要は無さそうだ。
屋根で一服していると、シグさんからキャビンに戻るよう連絡があった。
後をエディ達に任せて急いでキャビンに戻ると、 マーリンを銃架に戻している俺にシグさんが状況説明を始める。
「数は30体程度のようだが、カメラで視認出来んからステルス型の戦士という事になりそうだ。ラスベガスで遭遇したとジュリーが話してくれたが、生憎と音声映像装置で捕らえただけだからまだ正確な数と姿が分らん。だが、もう少しで分かるぞ。蛍光塗料をたっぷりと詰め込んだ迫撃砲弾だからな」
そんな砲弾を作っていたとはねぇ……。呆れる話だけど、ここでは助かる話だ。
ハンモックに背中を預けてモニターを眺めていると、ジュリーさんの「投下!」という声でモニター内にピンクの炸裂煙が広がった。
これは色を色々と変えた砲弾を作った方が面白いかもしれない。ちょっとしたイベントで使ったら案外皆が喜びそうだ。
「上手く色が付いたな。……装甲型のステルスゾンビで間違いない。武器は……」
シグさんが確認できた項目を静かに口にしながらメモを取り始めた。
甲殻類のような体節を持った表皮はかなり堅そうだ。塗料で表面がピンク色だけど、体の前に抱え込んだ第1脚は、カマキリの鎌のようにも見える。少なくとも自分と同じ装甲を切り裂けるだろうから、白兵戦は出来そうにないな。
「サミー、投射武器を持つ者がいるぞ!」
胴体はドラム缶に多脚を付けたような姿だが、その前面に胴体直径の四分の一程の深い凹みがある。
第1脚を前方に折り畳むようにして隠しているようだけど、隠しきれないんだよね。思わず笑みが浮かんでしまった。
「1発だけだろうが、威力が分らんな」
「飛距離はあまりなさそうですよ。戦士型ですからねぇ。相手の陣に切り込むことが前提に思えます。となれば切り込む際に相手をひるませるための投射武器と考得ることが出来ます。それに投射武器の性能を上げると、己の体が発射時に吹き飛んでしまいかねません」
「有効射程は精々100mというところか。となるとあの砲身は極めて短いだろうな。大型のマスターキーと考えれば良さそうだ」
形は異様だけど、今までの戦士型とそれほど変わりは無いと安心したようだ。
カップにコーヒーを注いで俺にも渡してくれた。
安心した表情でコーヒーを飲み始めたシグさんに、ジュリーさんが顔を向ける。
「安心しているのは良いんだけど、攻撃して良いのかしら?」
思わずシグさんと顔を見合わせて、次の瞬間互いに笑みを浮かべてしまった。
「ああ、構わんぞ。残りの砲弾を落としてやれ。その後で残存数と移動方向を確認して欲しい」
「了解! ……群れの動く方向を見極めて、先端に落とせば真ん中の砲弾が落ちるよ……」
移動するゾンビに砲弾を落とすのは初めてなのかな? ドローンを操縦する女性兵士にジュリーさんがアドバイスをしている。
上手く群れの中に落とせなくとも、周辺近くに落ちれば始めてなら上出来だろう。要領さえうまく掴めれば、ジュリーさんのように急降下爆撃が出来るようになるんじゃないかな。




