H-779 コンロー手前で夜を明かす
本隊の新たな駐屯地であるバッファローの西からコンローまでの距離は約200km。
時速50kmでの走行なら到着は4時間後の14時過ぎを想定していたのだが、出発して2時間後に昼食休憩を取ったり、コンロー手前にあるハンツビルを過ぎたところで10台ほどの放置車両を撤去したりと案外時間を取ってしまった。
コンローの北のジャンクション手前5km付近でレーヴァさんから停車が告げられると、車列を3両のブラッドレーが前後を挟み込むような体制を整えて一夜を明かすことになった。
直ぐにドローンが飛立ち、周辺状況の確認を始めた。
俺も屋根の柱に取り付けた集音装置を回転させながらゾンビの声を確認する。
「近くにはいないようですね。さすがにコンローの方向からは聴こえてきますが、近付いては来ないようです」
「コンローから煙が上がっているな。爆撃直後かもしれん。周辺を探ったところでコンローを上空から確認してくれ」
シグさんの指示に、ジュリーさんが「了解!」と答えてくれた。後はジュリーさんに
任せておけばしっかりと状況を撮影してくれるだろう。
状況確認を終えるとレーヴァさんと回線を繋いで、車外に出る許可を出して貰う。
エディ達は最初から屋根の上だけど、屋根に上がっている兵士は数人ほどだ。他の兵士は狭いキャビンの中で車外に出る許可が出るのをジッと待っているに違いない。
「レーヴァ大尉から、外出許可が出たよ!『道路から降りるな!』と条件付き」
「まぁ、降りる兵士がいるとは思えんな。道路脇は深い草叢だ」
シグさんがジュリーさんに顔を向けて小さく頷いている。ジュリーさんも頷き返しているから、あれで何らかの意志の伝達が行われたということなんだろうな。
直ぐにシグさんが後ろに移動すると、キャビン後方ハッチのロックを外してハッチを開放してくれた。
さて、外を一周しながら一服しようかな。
集音装置とスペクトルアナライザーをベストの胸に取り付け、ヘッドホンと音声映像装置のバイザー型投影装置の付いたヘルメットを被り外に出る。
狭いキャビンから兵士達が道路に出て大きく体を伸ばしている。
車外に括り付けてきたベンチやテーブルを外しているのは、夕食の準備ということかな?
時計を見ると15時を過ぎているからなぁ。まだ夕暮れには時間がありそうだが、夕食は日のある内に取るつもりなのだろう。
ゆっくりと車列の外側を巡りながら、集音装置の感度を上げてゾンビの声を探る。
フクスでも確認しているけど、確認は何度行っても良いだろう。
数歩歩いては、道路の外に広がる荒地から聞こえる音を確認していく……。
一回りした俺をレーヴァさんが呼び留める。
小さな焚火を囲んでいるんだけど、ここは習慣高速道路の真ん中なんだよなぁ。アスファルト舗装ではなくコンクリートだから、耐火性はあるんだろうけどね。
「まぁ、座ってくれ。……こいつがグリズリーをナイフで倒した海兵隊の英雄だ」
そんな紹介をしてくれたのは、軍曹達が数人焚火を囲んでいたからだろう。増援の兵士とブラッドレーの車長達かな。
苦笑いを浮かべながら空いている折畳椅子に座ると、レーヴァさんがシェラカップを渡してくれた。見るからに濃そうなコーヒーが注がれている。
ちょっと飲んでみて、慌ててバッグから角砂糖を2個取り出し放り込む。
「彼の副官はマーシャルアーツのインストラクターだ。見掛けは新兵だがインストラクターと互角に戦うし、カンザスシティでは市内の単独偵察をしながら戦士型ゾンビを接近戦で倒している。俺達の中で一番頼りになるんだが……、今回は中央突破を言いつかっている」
「彼ならそれが出来ると?」
「彼単独なら何も悩まずに済むんだが、本隊の移動を考慮しての状況偵察も兼ねている。彼らの部隊をもってしても容易ではないだろうし、それは我等迂回組についても言えることだ。湾に浮かべた軍艦から200mm砲で援護して貰えるし,既に市内にはいくつものノイズマシンが設置されている。さらにはヒューストンの航空部隊の援護も期待できる。通信はチャンネル99を使ってオープンで行う。とはいえ、援軍の要請は俺を通して欲しい。サミーにノイズマシンの起動は任せるぞ。いつ使っても俺達にとって状況の改善になるはずだ。ジャックの設置は各部隊に任せるが、放置車両の撤去を行う際には使うべきだろう……」
明日に備えてのブリーフィングということか。
何も無ければ9時にこの場を出発したなら昼過ぎにはテキサスシティに到着するだろうが、あまりスピードは出せないだろうし、何と言っても放置車両が多いからなぁ。
一番距離が短い俺達でさえ、到着予定時刻が読めないんだよねぇ。
「本隊への連絡は私が纏めて行う。サミー達は1時間おきに状況を伝えてくれ」
レーヴァさんは忙しそうだな。それぐらいならジュリーさんに伝えて追えばしっかりと報告してくれるだろう。
テキサスシティに到着したなら、皆でワインを楽しもうという言葉で、レーヴァさんがブリーフィングを締めくくる。
フクスに戻ったのは、夕暮れ時だった。出発時に食堂の小母さん達から頂いた厚切りハムを焼いて班に挟んで頂く。生憎とインスタントのスープだったけどここは戦場だからねぇ。贅沢は言えないんだよなぁ。
食事が終わると、コーヒーカップを片手に一服を楽しむ。見上げると満点の星空だ。
俺達人間の数が激減したから自然環境が良くなったに違いない。アメリカは広いから日本と違って星空が綺麗に見えたけど、その時よりも星が多く見えるようになっている気がするんだよねぇ。
一服を終えてエディ達と一緒にボードゲームを楽しんでいると、いつの間にか夜が更けている。
女性兵士達にはキャビンで休んでもらい。俺達は軍用シュラフやハンモックを使って休む。各部隊の兵士が交代で周辺監視をしてくれるから、路上で寝ても安心できるだろう。強いて言うなら道路は硬いんだよね。明日は背中が痛いという兵士が沢山出てきそうだ……。
翌日。ハンモックを下げた場所が悪かったんだろう。朝日の明るさで目が覚めてしまった。
落ちても怪我をしないようにと、道路から30cm程の高さに張ったハンモックからゆっくりとした動作で抜け出して衣服を整える。
大きく伸びをして、地平線からしっかりと顔を出している太陽に頭を下げていると、俺の肩を誰かが叩く。
振り返ると、シグさんが笑みを浮かべて立っていた。
「だいぶ早起きになって来たな。レディは治せなかったようだが、これぐらいに起きられれば問題ないぞ」
さすがにハンモックを吊った場所が悪かったとは言えないから、笑ってごまかす。
周囲を見ると、早起きの兵士は結構いるようだ。まだ7時前なんだけどねぇ。
夏とは言え、この時間は涼しく感じるぐらいだ。
小さな焚火にコーヒーカップが乗せられているが、まだコーヒーは出来ていないようだな。
「いよいよ中央突破だ。出発前にドローンを発進させる。3kmほど先を周回させながら進もうと思うが……」
「それで良いでしょう。でもドローンのバッテリーが問題ですね。上手くドローンを交替させてください」
45分程持つとは言っているけど、30分交替を考えておいた方が良さそうだな。待てよ……。ハンターユニットを搭載しなければ、もっと持ちそうな気もするな。
それはジュリーさんに任せるか。俺よりは遥かに運用に詳しいはずだ。
「先頭はブラッドレー、その後ろをストライカー、我等は3番目で、オルバン達が殿になる。屋根に2人と後方ハッチに1人配置させると言っていたから、後方監視はそれで十分だろう。我等の屋根に乗るエディ達には、車列の左右を確認させる」
「十分です。後は……、アレフさんに再度『急ぐ必要は無い』と伝えてください。履帯が切れたら厄介なことになりかねません」
「了解だ。だが履帯は早々切れることは無いぞ。それに搭載した武器屋弾薬も十分だと言っていた」
25mm機関砲弾は標準で900発とニックが言っていたけど、その2倍を乗せているってことかな? 連射したなら3分も持たないらしいけど、そんなに続けて撃ったなら銃身が焼けてしまいかねない。発ずつ間をおいての射撃になりそうだ。同軸に7.62mm機関銃も装備されているとのことだから、上手く使い分ければ弾幕を張れるだろう。
8時丁度に朝食をとる。硬いクラッカーをインスタントスープに浸しながら肉団子のようなハンバーグを頂く。
朝としては重い食事だけど、昼食はカロリーバーだとシグさんが言っていたからなぁ。ここはしっかりと食べて行いと行けないだろう。
朝食を終えると、コーヒーを飲みながら片付けを始める。時刻は8時半を回ったところだ。出発予定は9時丁度だから、今の内に外で一服しておこう。
今日も暑くなりそうだな……、と空を見上げたときだった。北からヘリが近付いて来る。
作戦中止というわけではないだろうから、何か差し入れをしてくれるのかな?
外にいた連中が空を見上げる中、少し離れた道路にブラックホークが着陸する。
搭乗していた兵士が機内から運びだしたのは、布バケツに入った山盛りのサクランボだ。
バケツが 3つあるのは、それぞれの部隊に1個ずつという事だろう。
シグさんが受取に向かったのは、ついでに伝えるべき言伝があるかを確認するのだろう。
「フクスの冷蔵庫で冷やせば美味しく食べられるね。4両で分けないといけないから、私達が分けてくる」
ジュリーさん嬉しそうだな。
出発まで残り15分ほどなんだけどなぁ……。
シグさんから布バケツを受け取ったジュリーさんが、女性兵士路共にブラッドレーへと向って行った。
結構大きなバケツだから、1人辺り手のひら一杯ぐらいは分けて貰えるに違いない。
それより、シグさんが大きなケースを担いでいるんだよなぁ。片手には銃弾ケースを下げている。新たな銃を頂いたのかもしれないな。大きさ的にはM4カービン程の大きさに見える。
「ヨイショ!」と言いながら、キャビンに乗り込んできたシグさんが、テーブルに乗せたケースを俺に向け両手で押した。
「サミーが欲しがっていた対物狙撃銃だ。形が変わっているが12.7mmの銃弾が使える。バレットの方が私は好きだが、これはGM6リンクスという名の銃だ。最大の特徴はバレルが後退することだ。プルバック型だから全長はM4カービン並みだが、威力はバレットと遜色ないぞ」
ケースの蓋を開けると、首を傾げたくなるような銃が現れた。ほとんど銃身が無いように思えたが、ケースからシグさんが銃を取り出してバレルのロックを外した。
シャコン!という音が聞こえたのは気のせいだろうが、本当に30cmほど銃身が延びたからびっくりしてしまった。
発射すると、先程の位置まで銃身が後退することで反動を押えるのだろう。
「海兵隊ならバレットだろうな。サミーなら体格的にもこれが一番だろう」
「良いんでしょうか? 何となく勿体ない気がするんですけど……」
「ずっとペンデルトンの倉庫に在ったものだ。使わない方が勿体ないと思うぞ」
シグさんの言葉に、思わず笑みが浮んでしまう。
早起きは三文の得と言う言葉もあるぐらいだ。今朝の早起きはこの為だったのかな。




