H-778 コンローに向って週発だ
夕食後に指揮車の外に設えたキャンピングテーブルに士官達が集まって来た。
俺とシグさんにオルバンさんは 尉官だけど、陸戦隊のエリックさんとブラッドレーの車長のアレフさんはともに軍曹だ。
アレフさんの名はアレフレッドという事だが、アレフと呼んで欲しいと言ってくれた。案外アメリカ人の名は呼びずらい。ありがたくアレフさんと呼ばせて貰うことにした。
「準備に手間取ると思っていたが、そうでもなかったようだ。コンロ―に本日仕掛けた4つのジャックに集まったゾンビの数は50体には届かなかった。2度目のジャックには30体も集まらなかったらしい。さらに州間高速道路45号線に沿って東西にコイン機が爆撃を行っていることから、コンロ―のゾンビの総数は多くても2千体には達していないだろう。明日の10時に3つの部隊がここを発って、一路コンロ―を目指す。コンローの北で野営をし、明日はコンロ―でヒューストンを東に回る第1部隊、西に回る第2部隊、それと我等中央を突破する第3部隊に分かれてテキサスシティへの動線を確保することになる……」
シグさんがテーブルに広げた地図をナイフの切っ先で示しながら説明してくれた。出来れば抜身のナイフではなくてボールペンで示して欲しいんだけどねぇ。
「我等はブラッドレーとストライカーが1両ずつ、それにフクスが2両の4両編成だ。かなり危険性が高いことから、カーゴは本隊に預ける。先頭車両はブラッドレー、その後ろにストライカー、隣の指揮車となるフクス、最後尾はドローンの離発着台を兼ねたフクスになる。本隊が移動する際に邪魔になりそうな放置車両はブラッドレーで跳ね飛ばしてくれ。とはいえ大型トラックなどはそうもいかないだろう。工兵と陸戦部隊で協力して撤去して欲しい。車両を停めた際にはフクスの屋根に兵を上げて周辺の監視を行うが、コンロ―から先は常時周辺をドローンで隊列を周回させての移動になる」
本隊からも広域偵察ドローンを使って俺達を見守ってくれるらしいが、広域だからなぁ。一回りするだけでも30分は掛かりそうだ。
やはり自前でドローンを使うしかないだろう。
「通信はチャンネル90を共通とする。個別のチャンネルは01から04、配布するカードに割振りをしたから、それに従って欲しい。全体への伝達および指示は90だから、常時ワッチしてくれ……。伝達は以上だが、サミーから何かあるか?」
急に俺に振られてもなぁ……。
「路上にいるゾンビを跳ね飛ばすのは構いませんが、銃を使う際にはサプレッサーを必ず付けてください。それと、路上から50m離れているゾンビには手出しは無用です。最後に1つだけ……。『命を大事に!』を胸に刻んでください。まだまだゾンビとの戦は続きます。経験を積んで次の戦に生かしてください」
俺の言葉にシグさんも一緒になって皆と頷いている。
ゾンビを倒すことが任務ではないからね。俺達の任務はテキサスシティまでの道を確保することになる。その生涯となりえるゾンビの排除は行うまでも、無駄にゾンビを倒して行ったならゾンビが集結して路上へと移動してこないとも限らない。
「さて、質問は?」
シグさんの言葉に3人の士官達の顔を眺めると、皆が笑みを浮かべて首を振っているんだよなぁ。早く出掛けたくてたまらないようだ。
シグさんが満足そうな表情で小さく頷くと、解散を告げてくれた。
だけど誰も席を立たずにそのままコーヒーをジュリーさんにお代わりしたり、俺と同じくタバコに火を点けたりしている。
雑談をしようという事かな?
「ブラッドレーのグレネードランチャーには煙幕弾ではなく炸裂弾を装填してあります。都合6発を纏めて放てますよ。難点は一度発車したら装填を外で行わないといけないところですね」
「私のストライカーも同じです。短距離ロケットランチャーの代わりになるだろうと、ランチャーの弾を変更してあります。発射したなら後方に下がって再装填するしかないんですけどね」
「グレネード弾は、ラッシュ時にはかなり役立つだろう。車載のグレネードランチャーの射手には音声映像装置を必ず付けさせてくれ。ラッシュを誘導する統率型ゾンビを狩れば、ゾンビの集団行動が乱れるからな」
「あれですね。付けるとゾンビの群れが赤く見えるという事ですが……」
どうやら、音声周波数の帯域設定が上手く出来ていないようだな。レクチャーは受けているだろうから、こちらで周波数を特定して伝えてあげれば赤い輝点で存在を明らかにしてくれるはずだ。
遭遇するであろうゾンビの種類とその注意点を再度伝えたところで、雑談を終えて明日に備えることにした。
指揮所にハンモックを吊って1人で寝るのもしばらくお預けになりそうだな。
今夜はゆっくりと眠ることにしよう……。
出発の朝は、快晴だった。
暑くなりそうだけど、時刻は8時前だからね。戦闘服を着こんでもそれほど暑くは感じない。
朝日に向かって軽く頭を下げて食堂テントに向かおうとした俺を、エディが呼び止めた。
「食堂は混雑しているんじゃないか? ここでコーヒーを飲んでゆっくり出掛けよう」
「そうだね。だけどだいぶ早起きだなぁ。これぐらい早く起きられるならクリス達も喜びそうだけど……」
俺の言葉に、エディとニックが顔を見合わせて溜息を吐いている。
訳を聞くとジュリーさんに耳元でジェリ缶を叩かれたとのことだった。
さすがに男性兵士達の寝るキャビンには入らずに後部ハッチを開けての蛮行だろうけど、キャビンは案外狭いからねぇ。皆が一斉に跳び起きたに違いない。
ニックの話を少し離れた場所でコーヒーカップ片手に聞いているオルバンさんは被害に遭わずに済んだようだ。普段から早起きだからねぇ。
俺も気を付けないと……。ハンモックから跳び起きたなら間違いなく床に落ちるだろうし、万が一にも怪我でもしたならこの部隊だけでなく、あちこちから大笑いのネタにされそうだ。
8時半に食堂に向い、9時過ぎにフクスに戻る。出発は10時だから、まだ 30分以上余裕があるんだが、既に乗り込んでいる兵士達もいるようだ。
キャビン内ではタバコはあまり楽しめないからなぁ。今の内にとタバコを取り出して火を点ける。
そんな俺に声をかけてきたのは指揮車の屋根に乗ったエディ達だった。
しっかりと周囲をポリカーボネイトの板で囲っているけど高さが1mはなさそうだ。銃眼用の穴がいくつか空いている。
「落ちないでくれよ!」
「通したロープでベルトを固定しているよ。夏だからなぁ、屋根の方が涼しいと思うんだ」
エディの言葉に思わず苦笑いを浮かべてしまった。道路の上だから熱風かもしれないぞ。
ヘルメットにゴーグルはまだ早いと思うんだけどなぁ。
他の車両も同じかな? と見渡してみると、ストライカーの上にも2人が乗っていた。
出発前に、落ちないようにシグさんから注意して貰おう。
急にフクスのエンジンがかかった。時計を見ると10分前だな。
周囲に目を向けると、先程までいた兵士達の姿が消えている。俺も早めに乗ることにするか。
指揮者の後部ハッチからキャビンに乗り込んだところでハッチを閉じる。
空調は入っているようだ。今日も暑くなりそうだからなぁ。早めにキャビンを冷やしておいた方が良さそうだ。
ハッチ傍のベンチに腰を下ろすと、いつもはテーブル越しの席に座るシグさんが俺の隣に移動してきた。
その理由は少し顔を上げたところで直ぐに気が付いた。40インチのモニターが2つ今までシグさんが座っていた後ろの壁に取り付けられている。
「モニター1つでは色々と都合が悪いと言ったら、直ぐに取り付けてくれたぞ。今までの通信機棚の側面に取り付けたモニターも使えるから、上手く利用してくれ」
そういう事か。
それなら、ドローンと屋根の柱に取り付けた集音装置の制御をノートパソコンで行えるように準備しておこう。
準備が終わったところで、丸めたハンモックをベンチの端に持ち上げ後部ハッチに立て掛ける。クッション代わりにして背中を預けると、案外楽だな。
時計を見ると、出発時刻に迫っている。
通信機からレーヴァさんの出発を告げる声が聞こえて来た。
通信機の棚に設けたモニターが動き出した車列を映してくれているけど、俺達は最後に出発するから、もうしばらく待つことになりそうだな。
「出発します!」
女性兵士の声と共にフクスが動き出した。屋根に乗っているエディ達はしっかりと体を固定しているようだから道路に出る間の車体の振動で投げ出されることは無いだろう。
結構揺れるんだよね。これでは蓋つきのカップに入れたコーヒーも零れてしまいそうだ。
道路に出ると途端に振動が無くなる。フクスは輸送トラックという事らしいが、さすがにストライカーのような戦闘車両よりサスペンションが優れているようだ。
もっともその理由が乗員の為なのか、それとも荷物の為なのかは微妙なところだな。
「15分も掛からずに45号線に乗るぞ。後はひたすらコンロ―に向けての南下だ。サリー、今どのぐらい出ている?」
「時速50ですね。我々だけなら80はだせるんですが、ブラッドレーが一緒ですから」
ニックによれば最高時速は70kmほど出せるらしい。さすがにそんな速度で長時間走ることは出来ないだろうからねぇ。ストライカーやフクスの運転手達は不満だろうけど、ここは我慢するしかないだろうな。
「コンロ―までは200kmだ。この速度を保ってコンロ―北で今夜は野宿することになるだろうな」
「ジャックを使ってコンロ―のゾンビを削減しているでしょうから、それで問題は無いでしょう。さすがに夜間にヒューストンの市街地を抜けるのは危険ですからね」
今頃はマリアンさんの依頼でテキサスシティに駐屯している部隊が45号線沿いにノイズマシンを設置しているに違いない。
ゾンビの脅威度が南に向かうにしたがって増大するんだけど、まだゾンビがいたという知らせは届いていない。
だけど屋根に乗っている2人は完全装備をしているんだよなぁ。
予備のマガジンを1つ持ちだけで十分に思えるんだけどねぇ……。




