H-761 教会の司教が俺を待っているらしい
宿舎に戻り、夕食を取る。
士官食堂での食事だけど、ここは皆が制服なんだよねぇ。
着替えは持ってこなかったから、食堂近くの売店でナップザックと下着を買い込んだ。
さすがに数日着替えをしないというのは問題だろう。
制服姿の士官達ばかりだから、戦闘服姿の俺は案外目立つんだよなぁ。
同席してきた3人組は、中尉達だった。
「ここで戦闘服を見るのは初めてだ。制服をクリーニングに出してしまったのかい?」
気さくな口調で話しかけてきたのは、俺より少し年上の人物だ。見るからに屈強そうな体をしているから、制服が弾けてしまいそうに見える。
「南の戦場から急に出頭を命じられまして……。ここで3日程過ごさないといけないんです」
「南と言うと……、ヒューストンかな?」
「いや、ダラスです。デンバーからヒューストンへの兵站路を確保しようとしているところです。南の大都市ですからね。初めて見るゾンビもいましたよ」
どうやら3人とも、本部務めのようだな。彼らの話を聞くと、副官として忙しく動いているようだ。
とはいえ、俺と同じ年代だからなぁ。本部で働くよりも戦場に行きたいと何度も願い出ているらしい。
「仕官になった途端に副官務めだからなぁ。同期の連中は戦場で頑張っているのを聞くと羨ましくなるんだよなぁ」
「今年で3年目だ。そろそろ後任が来ても良さそうだよぁ」
戦場ならシグさんのように副官が付く身分なのだろう。だけど、ここの仕事なら安全だろうし、何といっても部下の命を心配せずに済む。俺からすれば羨ましく思えてしまうんだよなぁ。
「君の話を聞くと、南はそれなりに課題がありそうだな。そうなるとフリーダムもしくは第2陸上艦隊辺りが狙い目になりそうだ」
「騎兵隊も面白そうだぞ。あそこは民兵組織になるんだが、軍からオブザーバーが派遣されていると聞いたぞ」
「結構頑張っているようですよ。あの制服には憧れますけど、俺が派遣されたならネイティブの衣装になってしまいそうです」
俺の冗談が面白かったのだろう。3人が大声で笑い出したから、他のテーブルの士官達がこちらに視線をむけとぇ顔をしかめているんだよなぁ。
「ハハハ……、あまり笑わせないでくれよ。そういえば日系なのかな? 確かに似合いそうだな」
「ネイティブだけの部隊が出来るそうだ。案外そっちを希望する士官達も出てきそうだな。さすがに騎兵隊と戦うことは無いだろうが、成果を競う位はやりそうだ」
それは食指が動くなぁ。さすがに弓でゾンビを相手にするようなことにはならないだろうけどね。だけど鏃部分に爆薬を仕込んだような矢を射ることが出来るなら、戦士狩りが出来そうだ。
今の話が本当なら、そんな武器を提言してみよう。騎兵隊がてこずる相手を翻弄できるかもしれない。
夕食が終わると、エントランスでコーヒーを飲みながら一服を楽しむ。
そんな俺の前に座ったのはシグさんだった。
シグさんの友人が何人かここで働いているようだから、久しぶりに女子会を楽しむと思っていたんだけどなぁ。
「先ほど私に連絡が入った。統合作戦本部で行う会議には出席しなくともよいとのことだ。出来れば明日にでもダラスに戻りたいところだが、別の会議に参加の要請が来ている。サミーだけで良いとのことだから、私はここで待機するぞ。明日の朝、0930時に迎えが来る。ここで待機すれば良いだろう」
別の会議?
どんな会議だろうと、シグさんに確認したんだが相手は不明との事だ。
統合作戦本部からの要請だから、作戦進行に問題が出てきた戦区の士官ではないかと、シグさんが推測してくれた。
「どの部隊にもサミーがいるわけではないからなぁ。まぁ、便利に使われている感じがしないわけではないが、力になってやってくれ」
「それは構いませんけど、少なくても相手先ぐらいは教えて欲しいですよねぇ」
「全くだ」なんてシグさんが呟いていると、彼女の肩を叩く人物が現れた。
「シグじゃないか! まだインストラクターをしているのかい? そっちの士官を鍛えるなら、先ずは基礎訓練をしてからにした方が良さそうだがなぁ」
そう言って笑っている士官の後ろの人物も同じ意見なんだろう。俺に視線を向けて笑み柄を浮かべている。
「デービス達か! しばらくだな。問題児達が本部務めをするとはなぁ。軍が人材不足であることが直ぐに分かるぞ」
シグさんの肩をポンポンと叩いている人物がデービスさんなんだろう。ウイル小父さん並みの体格をしているんだよなぁ。海兵隊のポスターになりそうな人物だ。
俺の隣に2人が腰を下ろすと、近くを通った兵士にコーヒーを頼んでいる。
命令をする側であり行動する側ではないという態度だな。位は……、と階級章を見ると少佐だった。
「あまり挑発しないでくれよ。彼に怪我でもさせたなら海軍が動き出しかねないぞ。もっとも彼は海兵隊ではあるんだがな」
「物騒偵察部隊が務まるのか? 特殊技能持ちの技官という事かな」
「十分に務まる。彼がthree-legged crow部隊の指揮官だからな。白兵戦技能は私を越えるぞ。その顔の傷はグリズリー相手にナイフ戦をした勲章だ」
2人が驚いて俺に顔を向ける。
やはり筋肉質でないのは軍隊内では問題だな。兵士にいつも守られている士官という感じに見えてしまうらしい。
「あの噂話は本当だという事か!」
「それだけではないぞ。戦士型ゾンビを相手にも白兵戦で倒しているをしているからなぁ。海兵隊として誇れる人物ではあるのだが……、全く士官としての教育がなされていない。インストラクターから彼の副官に納まったのは、士官としての補佐が出来ると同時に彼と行動がともに出来ることが重視されたようだ」
「その体でか? タンベルトの色がまともではないんだが……」
その言葉にシグさんが溜息を吐く。
「本当だ。一応大尉だから、絡まないで欲しい。以前絡んだ兵士はゾンビに食われたぞ」
シグさんの話を聞いてさらに俺に向ける視線が強くなる。
苦笑いを浮かべてとりあえず愛想を振りまいておこう。
「それならデンバー奪回部隊にいたってことだな。あの空港を取り返したんだからかなり優秀な指揮官がいるんだろう」
ウイル小父さんが今ご里くしゃみをしているに違いない。
だけど結構良い評価を古巣の連中から得られているなら、嬉しく思うだろうな。
でもシグさんが「生憎とダラスなんだ」なんて言っているから、3人の目が急に大きくなった。
デンバーからヒューストンへの兵站線の構築は、案外知る人が少ない作戦なのかもしれない。
「2人とも戦闘服ということは、かなり緊急的なことが起こったということなんだろう?俺達の上官達も少し浮足立っているんだが、原因ぐらいは教えて欲しいな」
「仲間内なら話しても良かろう。どうやらメキシコのゾンビとアメリカのゾンビが争い始めたようだ。作戦をのんびり進めているようでは、メキシコにアメリカを取られるぞ!」
シグさんの言葉に、3人だけでなく俺も一緒になって驚いてしまった。そこまで言うかなぁ。まぁ第三者的観点で言うならそうなるんだろうけどねぇ。それによってアメリカ南部のゾンビ達に動きが出てきていることには触れないようだ、それぐらいは推定しろということかな?
「それでか! そうなると次の協議は新たな陸上艦隊を組織するということになるはずだ。ありがとう。感謝するよ」
席を立つとシグさんにしっかりと敬礼をして足早に去って行った。慌てて敬礼を返したんだが、傍から見れば俺の仕草はコミックに見えたに違いない。
「間違ってはいませんが、彼等の申告は通らないでしょうね」
「体は出来ているんだが、彼等なら前線よりは後方勤務が一番だろう。中将の副官に私から伝えておこう」
見掛けは立派な戦士に見えるんだけどなぁ。シグさんの話ぶりでは頭でっかちの少佐ということになりそうだ。
部下が苦労するのが予想出来るなら,ここに居てくれた方が作戦に遅れが出ないだろう。
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翌朝。朝食を終えてエントランスでコーヒーを飲みながら迎えを待つ。
シグさんは級友を訪ねると言って、同行してくれないんだよなぁ。相手は誰なんだろう? 生物学研究所ならヤンセンさん達が教えてくれるはずだ。となると、陸軍あるいはマリアンさん絡みで海軍化もしれないな。
エントランスの扉が開き、入ってきた士官の制服は海兵隊だ! 受付のお姉さんに何か尋ねているようだけど、お姉さんの腕が俺に向って伸びた。若い士官が俺に視線を向けると小さく頷いて近付いて来る。
俺の前に立つと、綺麗な敬礼をして確認してきた。
「失礼ですが、サイカ大尉でしょうか?」
「サイカだよ。君が迎えに来てくれたのかい?」
答礼をしたけど、まだぎごちないんだよなぁ。傍目で見た人物がいたなら俺達の敬礼の違いを見て笑い出すんじゃないかな。
「ご案内いたします。行先は教会ですよ」
「教会だって!」
思わず声に出してしまったのは仕方がないよなぁ。俺にまるでそぐわない場所だと思うんだけどねぇ……。
エントランス前に止まっていた車は、軍用車ではなく4ドアの普通車だ。それでもアメリカの車は大きいからなぁ。後部座席にゆったりと座れるんだよね。
「俺はクリスチャンではないんだが、教会に入っても問題ないんだろうか?」
「司教殿がサイカ大尉を待っていますよ。元日本人だと聞きました。日本人の中にクリスチャンは多くないと聞いています。でも、結婚式を挙げるのは教会らしいですね」
まったくその通りなんだよなぁ。
他の国から見たら驚くに違いない。たぶん俺も日本でずっと暮らしていたなら、そんな結婚式を挙げただろう。
「あれは新婦がウエディングドレスを着たいからだと思うんだ。白無垢の着物で神社やお寺もあるんだけどね。着物はかなり体を締め付けられるし、動くのも大変らしいからね。その点ドレスは楽なんじゃないかな」
「そんな理由で、教会で式を上げるんですか! まぁ、女性にとっては大事な日ですからね。私達男性はどうしても引き立て役になってしまいますねぇ……」
アメリカも男性はそういうことになるようだ。嫁さんは2人いるんだけど、式は挙げていないんだよねぇ。ウエディングドレス姿の写真だけでもなんとか撮っておきたいところだなぁ。
そんな話をしていると、前方に教会が見えてきた。
基地内にも礼拝所があると聞いたんだが、前方に見える教会は鐘楼が高くそびえる立派な教会だ。
かなり場違いな場所なんだけど、司教が待っているということだからなぁ。俺に改宗を迫るつもりなのだろうか?
郷に入っては郷に従えという言葉もあるぐらいだから、その時には改宗することになりそうだな。でも今までの宗教観をそう簡単に捨てることは出来そうもないんだよねぇ。




