VS.フェンリル<作戦会議①>
明けない夜はない、という言葉がある。
その言葉は正しい。例え昨晩、異世界から来た勇者たちが大暴れして回った後でも。魔王フェンリルが現れる今日という日でも。夜明けは必ずやってきて、カミラはその光から逃げ出すかのごとく私の背後へと隠れる。
「……それで、どうするというのだ昼田勇子」
真剣な顔つきで、私にそう問いかけてくるトール。その背中には不機嫌なのを隠そうともしないロキが突っ立っているが――私はそんな2柱の佇まいに、ちょっと複雑な気持ちになる。
ロキとトールはどちらも髪がアフロになっている上、そのクルクルな髪の隙間からは巨大なたんこぶが突き出ている。まるで雪だるまのようなそれはギャグ的で、神の美貌によくわからないシュールさを与えていて……真面目なのか不真面目なのか判断に迷う、その絵面に私はどう反応していいかわからない。しかしそんな私の戸惑いを読み取ったのか、「とうっ!」とわざわざ掛け声を口にして現れたドワーフさんが会話の中に割って入ってくる。
「これ、ロキにトール! おぬしら、せっかくワシの愛のボンバーを受けて男前になったんじゃ! もう少し愛想よくしたらどうじゃ! だいたい、『魔王フェンリルのことはヒルダとカミラたち異世界の勇者でなんとかする』とオーディンからお達しがあったじゃろう! なのになぜそんなに偉そうにいられる!」
「……お前にだけは、言われたくないなぁ」
射殺さんばかりに鋭い目つきを投げつけるロキ。彼にとってドワーフさんはそうとう、鼻持ちならない存在なのだろう。その氷点下にまで落ちるような冷たい眼差しに私はぞっとしてしまうが、当のドワーフさんはふんぞり返ってロキのことなんか気にした素振りも見せない。代わりに「ワシが偉そうなのは、偉いからじゃ!」というよくわからない反論を言ってのけ、ロキほどではないにせよ不満げな顔をした神々にビシッ、とツルハシを突きつける。
「と・に・か・く・じゃ。あとはワシと異世界の勇者たちでなんとかする! それでオーディンは納得したし、おぬしら神はそれに意を唱えることなどできはしないだろう! だったら黙って見ていればいい! そう、沈黙!! それが正しい答えなんじゃ!!!」
自分はちっとも黙ろうとしないドワーフさん、だけど言っていることは正しいのか神々はすごすごと私たちの前から退散していく。
そうして残されたのは私とカミラ。そしてドワーフさんと――
「さぁ、そうと決まったら作戦会議だ。まずは、魔王フェンリルについて、詳しい情報を教えてもらおうか」
――どこで買ったのかわからない、金ぴかのゴージャスなパンツを頭にかぶった以外はほぼ全裸の変態さんだった。
◇
「いやいやいやいや! なんであなたが仕切ってるんですか! 他にもっといるでしょう!?」
全力で叫び、周りを見渡すがいるのは変態さんと堕流救世主の皆さんばっかりで女性は私とカミラしかいない。サタチューやセーラーマシンガンズのみんなは!? と縋るような目をすれば、堕流救世主の頭が決まり悪そうに口を開く。
「いやこの変態さっき戦闘した時も結構強かったし、わりと頭も良いみたいだしさ……それに、その、女連中はみんな変態の姿を見たら逃げちまったし……一応、決戦の時は『行けたら行く』って言ってから帰ったんだけどよ……」
そんな微妙な友達同士の遊びの約束みたいなノリで答えなくても!
困惑する私に向かって変態さんは真っ直ぐに、曇りなき眼で私をじっと見据える。……すごく真剣な表情をしているのに、頭の上のゴールデンパンツがちらつくせいで台無しだ……けれど変態さんはそんな私に向かって堂々と、もち肌の胸を張って口を開いてみせる。
「私は、はっきり言って世界の危機だとか異世界の勇者だとかそんなことはどうでもいい。だが同じ変態の素質を持つ可能性のある者が困っているなら、絶対にそれを見過ごすごとはできない。例え何が待っていようと、どんなに無謀なことであろうと。同じ変態の道を極めし可能性のある若者なら、私はそれを全力で応援する! だからヒルダ君、安心して私を頼ってくれたまえ! そして己の変態道を究め、正真正銘の変態となってみせるのだ!」
そんな道、絶対に極めないし変態にもなりません!
カミラも「えっ……」みたいな顔しないでよ! 私は絶対、変態になんかならないから! っていうか今、そんな話をしている場合じゃないのに……!
「えぇい、みんな落ち着け! どこぞの国会中継じゃあるまいし、このまま会議が踊りまくっていたら話はちっとも進まんぞ!」
そう言いながらドワーフさんがツルハシを振り回し、ビシッとポーズを決める。この人、いちいち決めポーズを挟むんだよね……と考えながらも私たちはひとまず冷静さを取り戻す。私たちは落ち着いて顔を見合わせる。
ドワーフさんの言う通りだ。いくらこれだけの仲間がいても、魔王フェンリルの強大な力を前にしては絶対に勝てるという保証はない。
でも、それなら何をすれば……思い悩む私の後ろからカミラが思い出したように「そういえば」と口を開く。
「ドワーフさんは、その魔王フェンリルのことをどれぐらい知っているの? そもそも『魔王』っていうけど、フェンリルの目的は一体何なの?」
カミラの言葉に私は、はっとする。
魔王フェンリル。今まで当たり前のように対峙していたその相手のことを、考えてみれば私は何も知らない。わかっているのはかつてこの世界を滅ぼしかけたことと、その風貌が巨大な狼に似ているらしい、ということだけだ。
そもそも、魔王フェンリルはなぜ世界を滅ぼそうとしているのか? 一体、何が彼の(あるいは彼女の?)目的なのか?
「……神たちは『魔王』なんてそれらしいことを言っているが、アイツはただの化け物じゃ。ワシも大概チートじゃが、フェンリルも相当なもんじゃわい……じゃが、今はこの世界の存亡が託された時じゃ。ワシが知っていることはとりあえず、ここで全て情報開示しておこう」
そう言ってドワーフさんは長い髭の生えた口を重々しく、動かし始めた。




