VS.オーディン リベンジ
「ヴァルキリー様ー!」
「私たちのこーの声が聞こえーるかーい!?」
カミラと共に叫び、戦い、ツッコミ、喚きながら必死にドワーフスマホの光に向かって走っていれば苦し気な呻き声が聞こえてくる。一度、カミラと目を見合わせ頷くと私たちは耳を澄ませ声のする方向を探る。
地下牢というだけあってジメジメした雰囲気が漂う中、そこは一際湿り気が強くかび臭い匂いが鼻をつく。聞こえてくるのは先ほどの女の声とピチョン、ピチョンという雫の音だけだ。私たちがその先に向かい、忍び足で近寄ると――ピンク色の髪をびっしょりと濡らし、悶え苦しむヴァルキリー様の姿があった。
ヴァルキリー様は巨大な岩に縛り付けられ、体中を何かの液体で濡らしている。見様によってはセクシーだが、その凄まじい苦痛に表情は目をそむけたくなるぐらい悲痛なものだった。カミラがヴァルキリー様の名を呼び、駆け寄ろうとした瞬間。上から何かの液体が流れ落ちてきて、その雫がカミラにほんの少しだけ飛び掛かる。
「いっぎゃあああああっ!?!?!?」
その途端、カミラは大きな叫び声を上げその場でのたうち回った。カミラの天敵・日光で体を焼かれた時かそれ以上に大音量のそれに、私は思わずカミラの方へと駆け寄る。
「それは神をも脅かす、大蛇の猛毒だ。吸血鬼といえどその苦しみは、耐えがたいものだろう」
その言葉とともに隻眼の老人が、ぬっと姿を現す。この世界の最高神、オーディンの登場に私は怯みかける。けれど痛みに悶えるカミラを背に隠し、必死に自分の足を奮い立たせるとなんとか私は震える唇を動かした。
「ヴァルキリー様を、解放してください。……ヴァルキリー様は、あなたの娘なのでしょう? だったらこんな、ひどいことをしなくても……」
「私はこの世界の神々を統べる者であり、そこに私情を挟む余地は存在しない。そもそも神は全てに対し等しく、平等であるべきなのだ。ヴァルキリーはそこが未熟なのだ……昼田勇子よ、お前こそ魔王フェンリルを倒すと我々に宣言したことを忘れたのか? 神々との約束を違えるのであれば、その罰はお前の想像以上のものとなるぞ」
全く動じた様子を見せず、逆に問い返すオーディンに私は言葉に詰まる。
そう、私はとりあえずオーディンたちの要求を飲んだ。ヴァルキリー様とカミラの安全の保障と引き換えに、自分が魔王フェンリルに立ち向かうと約束してみせたのだ。カミラが助けに来たことで変わってしまったものの、オーディンにしてみたらそれは重篤な裏切りとも言える行為だろう。その対価はいかなるものか、目の前にいる神々の頭領は何をするつもりなのか――息を飲む私の後ろから、カミラのか細い声が響いてくる。
「だったら……私も一緒に……今までヴァルキリー様が召喚した勇者たち全員で戦ってみせるわ……ろくでもない奴ばっかりでも、少なくとも神相手には善戦している……それは今の戦いで、よくわかっているでしょう?」
シュー……と体から白い霧のようなものを出しながら立ち上がるカミラ。驚くことに大蛇の毒が既に、回復しつつあるらしい。これも吸血鬼の真の実力か、と目を見開く私と反対にオーディンは目を細める。
カミラの言っていることは事実だ。ドワーフさんのチート能力と「神は異世界人に直接、危害を加えることはできない」というルールを逆手に取った、型破りな戦闘スタイル。それで実際ヴァルハラにいる神やトール、ロキたちをなんとか突破してきた。だからこそ今、私とカミラがここにいる。オーディンはその事実を否定するつもりこそないが、結果的に自分たち神族を貶されることになって苦々しい思いをしているようだ。依然、ヴァルキリー様が苦しみの声を上げ続ける中でオーディンはぐっと拳を握りしめる。その間にいつの間にかカミラは回復し――その身を庇っていた私を差し置いて、オーディンに話しかけてみせた。
「あなたたち神にとっては私みたいな吸血鬼も、ヒルダみたいな人間もみんな同じようなものかもしれない。けれど私たちはそれぞれ、きちんと思うところがあって行動しているわ。それを無駄だと笑われたり、邪魔されたりする謂れなんて存在しない。私は、私たちは戦ってみせるわ」
『そーそー! カミラの言う通りじゃ!』
いきなり、聞こえてきたドワーフさんの声に私はぎょっとする。一体どこにいるのか、と思って辺りを見回したがどうやらドワーフスマホを使って音声のみでこの会話に加わっているようだ。思わぬ存在の登場に気分を害したらしいオーディン、しかしドワーフさんはスマホ越しにペラペラと喋ってみせる。
『オーディン! おぬしは未来を予知できるから何でもお見通しだと自惚れているじゃろう! じゃが、そこにいるカミラやヒルダの未来は見えぬはずじゃ。彼女たちは異世界人であり、ワシらとは文字通り住む世界が違うのじゃからな! だったら、そこにいるカミラや最高の匠であるワシに賭けてみるといい! 何事も、レッツ・チャレンジじゃ!』
ドワーフさんの声に重なって聞こえてくるのは、堕流救世主や変態さんたちの歓声だろうか。どうやら無事らしいその様子にほっとするやら、溜め息をつくやら忙しい私の前でオーディンは重たい口を開く。
「……良かろう。いずれにしても魔王フェンリルに異世界からの勇者が立ち向かうのであれば、こちらとしては問題ない。ただし、ヴァルキリーの身柄はそのままだ。……大蛇の毒だけは一時的に、鉢で受け止めることにしてやろう。お前たちのいう、『ろくでもない奴ら』の力がどれほどのものか。神である私たちに、示してみせるがいい」
それだけ言うとオーディンは自らの拳を突き上げ、何か呪文のようなものを唱える。するとヴァルキリー様の頭の上に巨大な鉢が現れ、一時的にその身へ毒が降ってくるのを防げるようになった。同時にドワーフスマホの向こう側から、ドワーフさんの元気な声が聞こえてくる。
『おぅ、神どもが撤退しはじめたぞ! ワシらの勝ちじゃ、勝利のポーズだハイ!』
やったー! という雄叫びが流れ出てきて、私は能天気なその雰囲気に思わず溜め息をつく。……冷静に考えればとんでもないことになってしまったのに、みんな案外お気楽なものだ。魔王フェンリルがどれだけ強いか、まだわからないのに……そう、不安に胸を曇らせる私の手をカミラがそっと握る。
「大丈夫よ、ヒルダ。みんなヒルダのために、そしてヴァルキリー様のために頑張って戦うから。魔王がどれだけ強くても、私たちがろくでもない奴らでも。絶対に足掻いて、藻掻いて、勝ってみせるわ」
根拠のない、希望的観測。だけどカミラのその言葉が、今の私には深く胸に染み込んで……うん、と頷くと私はヴァルキリー様へ目を向ける。一時的に毒から身を守られることになったものの、それまでの苦痛のショックが重なってか今は気を失っているようだ。私はそんなヴァルキリー様の姿に痛ましさを覚えつつ、決意を新たにする。
勝ってみせる。ヴァルキリー様とカミラ、そして自分自身のために。
魔王フェンリルと戦う日――ラグナロクに立ち向かう気持ちを強く、固めるのだった。




