VS.ラグナロク前夜
「フェンリルがドワーフの鎖を破壊し、世界を飲み込もうとするのは明日の日が落ちてからだ。それまでお前はこのヴァルハラ、死せる英雄を讃える神々の館で休んでいると良いだろう……ただし、勝手な真似をせずに明日の戦いのことだけを考えろ。それ以上のことは許さぬ」
「断ったら、ヴァルキリー『様』とこの世界がどうなっちゃうか……わかってるよね~?」
オーディンに続き、意地悪そうに私へ問いかけるロキ。トールだけはただ冷静で、さっさと私を部屋に連れていくと「そなたにはすまないことをした」と苦々し気に呟く。
「この世界では、我々神であっても運命から逃れることができない。例え魔王フェンリルが生まれるとわかっていても、そのフェンリルによって神々の黄昏――父上は『ラグナロク』と名付けたそれが訪れると知っていても、それに抗う術はなかった。昼田勇子、そなたを呼ぶ以外はな」
「……私でなければ、ダメだったんですか?」
振り絞るように私は、トールへそう尋ねてみせる。
世界で最も不要な存在。いてもいなくても特に問題はない、ろくでもない奴。それが元いた世界でたった一人、私だけだったのか。私がこの世界のために、犠牲になる以外の意味を持たない存在だったのだろうか。それを問いかける私に、トールは沈黙で答える。……ロキと違ってこの人は素直で、寡黙だ。それが辛いことなのか、ありがたいことなのかわからないが――私は用意された部屋に入ると、トールに背を向ける。
「謝って済むことではないとわかっている。だが、神である我々に選択肢はない。魔王フェンリルは……」
「もういいです、よくわかりましたから。……明日のラグナロク、頑張ります」
なんとか弁明するような口調のトールを、私はそっけなく突き放す。もはや、何も聞くつもりになれなかったのだ。自分が元いた世界で誰にも必要とされていなくて、この世界でも魔王フェンリルと相打ちになる以外は役立たずであること。私を想い、大切にしてくれる人はどこの世界にも存在しないのだ。それでもせめて、カミラとヴァルキリー様を助けてくれるというのなら。私はそれで十分だし、もうこれ以上「神であっても運命を覆すことはできない」という理屈を聞いていたくはなかった。
トールは一瞬、私に何か言いたげな眼差しを向けるがそれでも黙って部屋の扉を閉める。辛うじてつけられた窓からは血のように真っ赤な夕焼けが差し込んでいて、私の気持ちとは裏腹に華々しい光景を世界に描いていた。
……明日も、こんな風に綺麗に日が落ちていくのかな。
そんなことを考えた私は部屋の中央にしゃがみこみ……もはや涙を流すこともけだるくて、そのまま呆然とすることしかできないのだった。
◇
日が落ちれば、夜がやってくる。
明日もそれは当然のように続くのだろうが、私がそれを見ることはできない。だって私は、魔王フェンリルを倒さなければならないから。世界を救う勇者として、立ち向かわなければならないから。そんなことを考えていると、月の光が差し込んできて――
「ヒルダ―っ!」
突如として響いてきたその声に、私は自分の耳を疑う。
嘘だ、今のは現実逃避のための幻聴だ。私を助けてくれる人なんて、この世界にも元の世界にもいるはずがない。そんな私の考えを否定するかのごとく、彼女の声は鮮明に聞こえてくる。
「ヒルダ―っ! 私のこーの声が聞こえーるかーい!?」
あぁ、ドワーフさんから伝染した変な喋り方をする彼女の声。間違いない、けれどどうして? 戸惑い、立ち上がると私は窓の外に目を向けた。
そこには昼間、私に冷たい視線を向けていた神たちがいた。彼・彼女らは侵入者である美少女を懸命に追い払おうとしているが、銀色の髪が美しいその少女はそれを難なく蹴散らすと私の方を向いて手を振る。
「カミラ……!」
思わず私がその吸血鬼の名前を呼ぶと、カミラはどこか嬉しそうに――日の光よりもよっぽど眩しい、煌びやかな笑みを浮かべてみせた。




