VS.ロリータファッション
カミラのドレスには、たくさんのフリルやリボンがついている。
黒という色の上品な美しさを活かしつつ、可憐で華やかなデザインになったそれはカミラの可愛らしさをより一層際立たせている。その上、日の光が苦手なカミラが火傷しないよう日焼け対策もばっちりで……「いいなぁ、私もこんなドレス着てみたいなぁ」などと思いながら感嘆の溜め息を漏らす。
「そういえばヒルダはいつも、同じような服を着ているけれど聖女専用の衣装とかはないの? 私がいた世界ではだいたい、聖職者は聖職者専用の装飾だのアクセサリーだのを持っていたわよ?」
吸血スイカでの訓練を休憩中、そんな言葉を口にしたカミラ。……悪気がないのはわかってるけど、ちょっとムッとした私は言葉に棘を含ませながら口を開く。
「私がいつも着てるワンピースは、どれも微妙にデザインが違うのよ。ちゃんと毎日お洗濯もしてるし、その日の気分でどれを着るかも選んでるんだから……派手な柄とか模様が好きじゃないだけで、結構身だしなみには気を遣ってるのよ?」
「……そういえばヒルダは自分で、自分の姿を見れるんだったわね」
拗ねたように、だけどちょっと寂しそうにそう吐き捨てるカミラ。そういえば、吸血鬼は鏡に映らないんだっけ。だからカメラで自分の写真を撮ってもらうこともできないし、ドワーフさんの動画投稿に加わることもできない……ひょっとしてカミラ、それを実はすごく気にしている? まずい、地雷を踏んじゃったかな。そう焦った私は慌てて、取り繕うようにヴァルキリー様への祈りを促す。
「ヴァルキリー様、ヴァルキリー様。この世界を魔王フェンリルから救う、立派な勇者を召喚してください。ほら、カミラも一緒に!」
「……召喚してください、お願いします」
露骨に話題を変えられ、カミラはもやっとした表情をしながらも私と一緒に祈りの姿勢をとってくれる。なんだかんだカミラは、素直でいい子だけどそんな彼女を傷つけてしまった自分に私は少々罪悪感を覚える。
せめて、今回の勇者召喚の儀でまともな勇者が現れればなぁと思っていると私たちの前にピンク色の髪をした美しい女神・ヴァルキリー様が現れる。
「聖女ヒルダ、吸血鬼カミラ。あなたたち2人は十分、可愛いですよ。そんな可愛い2人のために、今日こそ勇者を召喚してみせます。そうしたら2人には、私特製の素敵なドレスをプレゼントしますからね」
泣いている子どもを宥めるような、優しい口調のヴァルキリー様。正面から「可愛い」と言われたカミラは耳まで真っ赤になっているが、ヴァルキリー様はそれを愛し気に見つめている。……私も「可愛い」と言われて嬉しかったのは一緒だ、きっと私も顔が赤く染まっているだろう。そんな自分を隠すように私はヴァルキリー様を急かし、魔法円に力を流し込んでもらう。
もはや恒例と化しているせいか神聖さもへったくれもない光の中、現れた今回の勇者は――
「……か、可愛い……!」
思わず漏れ出しただろう、カミラの言葉に私は同意を込めて息を飲む。
今日の勇者は私とそう歳は違わないだろう、至って普通の少女たちだ。だけど特徴的なのはその衣服。ぶわっと裾の広がったフリフリのスカートに、たくさんのレースやリボン。色は赤やピンクなど様々だが、どれも少女の夢を目いっぱい詰め込んだような可憐さにあふれていて……どこか遠い国のお姫様か、高級なお人形さんのようなその姿に私とカミラはうっとりと目を奪われてしまう。
「!? ちょっと、ここどこなの!?」
「え、まさか異世界? 異世界転生? でも私、まだ死んでないわよね?」
「っていうか、あの女の子のドレス超ステキじゃない? どこのブランドかしら……」
いきなりの召喚に戸惑う少女たちは、それでもカミラの姿を見るとキラキラと目を輝かせる。自分たちがゴスロリ服を着ているからか、カミラのゴシック調のドレスにも興味があるようだ……異世界からの勇者たがそれぞれ、騒ぎ始めているのを見ているとそのうちの1人と目が合う。途端に、彼女は「あっ」という顔をした。
「あなた、まさかまた私をこの世界に呼び出したの?」
「えっ? あの、あなたは……」
「私は前も、他の聖獣だの十字架だのを持ち出したあの連中と一緒にここへ召喚されたのよ。あの時はあなたたちのせいで新作ドレスを買い逃したんだから……それなのにまた、邪魔をするつもり?」
苛立たし気なその口調とつぶらな瞳に、私は以前のことを思い起こす。
ドワーフさんから槍を受け取る前、そしてカミラとヴァルキリー様に危機が迫った時。何もできなかった私を糾弾し、静かに責め立てた少女がいた。今、ここにいるのはその時の女の子と同一人物で……相変わらずのゴスロリファッション、だけど今日のそれはピンクを基調としていて以前よりも愛らしい印象を受ける。とはいえ着る人間は前と同じだ、彼女はそのまま不快感を露わにして、私にダラダラと不満を述べてみせる。
「せっかくオフ会に出て、みんなでお茶を飲んでいたのに……そもそも異世界から勇者を呼び出そうなんてこと、いい加減にやめてくれない? 自分たちの世界の危機なんだから、自分たちで立ち向かえばいいでしょう。だいたい、あなた自身はあれから戦えるようになったの? 何の努力もしてない、なんてことはないでしょうね」
「そ、それはまぁ……」
私が戦いたいと思うようになったことの一因は、この人にもある。なんだかんだドワーフ槍を使って戦えるようにはなった今の私は、あの時に比べれば非力ではないだろう。だが、「世界の危機に立ち向かえるほどか」と問われれば自信を持って頷くことができない。目の前にいる、可愛らしいゴスロリ少女に面と向かって「戦うことができる」と言えるほど強くなれているか。世界を救う勇者ほどではない、としても戦力になりうる存在か。その問題を改めて提示され、私は押し黙ることしかできない。
「あと、今の私の格好はゴスロリではなく甘ロリだから。そこのところ、間違えないようにしてくれる?」
唐突な話題転換に、私は「へっ?」と間抜けな声を上げる。
少女たちはみんなそれぞれ、同じようなファッションをしていると思ったがどうやらそれぞれに系統が違うらしい。現に私へ毒を吐いた彼女の周り、他の少女たちも「そうよ、そうよ!」と喚きだす。
「私のはクラロリよ。エレガントで落ち着いた、上品な感じが特徴なの」
「あたしはゴスパンね。ちょっと辛口なテイストで、某死のノートに出てくる作品のヒロインがこんな感じの服を着てたわ」
「私のテーマは病みカワ! この薬の柄が可愛いからコーデしてみたの!」
やいのやいの言い出すゴスロリ……もといロリータ少女たちに、タジタジになる私とヴァルキリー様。だけどカミラは自分もそれに近い格好をしているからか、結構興味があるようだ。ふんふんと楽しそうに、耳を傾けるカミラに少女たちも楽しく会話を続けだす。
「まぁ初心者さんにジャンル分けは難しいわよね。せっかくだからお隣の吸血鬼と一緒に、双子コーデをさせてみるのはどうかしら? ねぇあなた、その服はどこのブランドのなの?」
「私のはヴァルキリー様……あなたたちをここに呼び出した女神様に作ってもらったものなの。日航ができないようにちゃんと加工がされてるけど、そのブランド? っていうのはよくわからないわ」
「っていうことはハンドメイド?」
「個人でこのレベル!? すごいわ、私がほしいぐらい……」
「でも初心者にこの長い裾は着こなしが難しいわ。とりあえずあの聖女? の子にはカジュロリに近いところから挑戦させれば……」
って、なんで私がロリータファッションをする流れに!?
「あのー、私は別にあなたたちのような恰好をしたいんじゃなくて……魔王フェンリルを倒す勇者を呼び出したいのですが、その……」
「ヒルダの言う通りです、異世界の勇者たち……まぁ可愛い格好をしたヒルダ見たいのはわかりますが」
しれっと同意してみせたヴァルキリー様に、私の口からは「ふぇっ!?」と間抜けな声が零れる。一方のロリータ少女軍団はヴァルキリー様の言質をとるや、「でしょ! そうでしょ!」と歓声に近い大声を上げる。
「ロリータファッションは自分の好きな世界を身に纏える、立派な自己表現の手段だもの! 何事も決めつけは良くない、なんであれまずは挑戦してみることが大事! というわけで、早速デザインを考え……」
「あー! あー! もういいです! もうやめてください!」
勝手にヒートアップする周りに向かって、私は声を張り上げる。
「私のオシャレは、私が決めますから! とりあえずあなた方はもう元の世界に帰ってくださって結構です! その、『お茶会』とやらがあるのでしょう!?」
「あ、そうだった!」
「予約入れてるからドタキャンしたらお店に迷惑だわ! 早く、早く私たちを元の世界に帰して!」
自分たちの目的を思い出した少女たちは、揃ってヴァルキリー様に抗議してみせる。ヴァルキリー様はそんな彼女たちの言葉にしぶしぶ従い――心なしか残念そうな顔つきで私を見ていた――ロリータファッションの少女たちは姿を消す。
「ちょっとヒルダ、異世界から勇者を呼んだつもりだったんでしょう? 元の世界に帰しちゃって良かったの?」
「……あ」
カミラの言葉に、私は自分の立場を思い出して呆然と立ち尽くす。
「……いや、その、今の人たちは戦うつもりないって自分で言ってたし。大丈夫よきっと。次はヴァルキリー様がちゃんと勇者を召喚してくれるから。きっと、その、大丈夫よ」
必死に、言い訳するようにそう告げるがカミラの眼差しはなんだか冷たく……縋るようにヴァルキリー様の方を見れば、今度はヴァルキリー様が目を逸らす。
「……その、次また召喚します! 次は大丈夫ですから! ちゃんと召喚しますから! それでは!」
そう言い残し、ヴァルキリー様はさっとその場から立ち去る。
……こういう時、ヴァルキリー様は逃げ出せるから卑怯だ。思わずそんな感想を抱いてしまったがカミラはそれ以上、私を追及することもなく……その沈黙がかえって重苦しく、私は息の詰まるような思いで神殿の床を見つめるのだった。




