ヴァルキリー様の日常
継続は力なり。雨垂れ石を穿つ。千里の道も一歩から。
何事も努力はしてみるものだ。カミラのスパルタ特訓によって私はなんとか、ドワーフ槍を扱えるようになってきた。最初はあたふたしてばかりいたけれど今では1,2個ぐらいならすぐに反応・簡単に破壊することができる。加えて攻撃の精度も増してきており、「やっとスイカに当たった」ぐらいだったのが今ではスイカ割りのようにぱっかんと真ん中から叩き割れるようになっている。
だけど、それを快く思わない人もいて……
「っヒルダ! 聖女ヒルダ! いい加減、ドワーフ槍の練習なんてやめなさい! あなたの仕事は私に向かって、真摯に祈ること。戦うことなんて、絶対に必要ないのです!」
もはや女神のオーラもへったくれもなく、半ば飛び降りてくるような形で降臨するヴァルキリー様。そんなヴァルキリー様に涼しい顔で言い返すのは、次なる吸血スイカを用意しているカミラだった。
「何言ってるのよ。ヒルダは『強くなりたい』って、自分で願っているのよ? いくらヴァルキリー様でも、それを止めることなんてできないわ。神だろうと悪魔だろうと、人の心を縛ることなんてできないんだから」
ストレートな正論にぐうの音も出ず、言葉を詰まらせるヴァルキリー様。その姿を見てカミラはふと、思いついたように「そういえば」と口にする。
「ヴァルキリー様って私たちに呼び出されない時、一体どこで何をやっているの?」
「な、何を突然……」
「だってヴァルキリー様にも普段の生活とか、趣味ぐらいあるでしょう? 私がいた世界の神は、確か7日ごとに休みをとってたみたいだけど……ヴァルキリー様はヒルダに呼び出されない時、どこにいるの? 食事の時間とか、リラックスタイムも必要じゃないの?」
「それは……その……」
俯きながら、しどろもどろになるヴァルキリー様にカミラは容赦なく質問を浴びせる。そんなヴァルキリー様の代わりに、答えるのは聖女である私だった。
「ヴァルキリー様は普段、『ヴァルハラ』っていう神々の館に住んでいるのよ。そこにはオーディンとかトールとか他の色んな神様も一緒にいるけれど、私たちのような人間が入ることはできないの。その代わりにこの神殿で祈りを捧げて、それが神様に届けば今のヴァルキリー様みたいに地上へ姿を現して私を導いてくれるのよ」
スラスラと話す私に、カミラは一度びっくりしたように目を丸くする。それから少し間が空いた後、呆気に取られたように「ずいぶん詳しいわね」と述べた。
「ヒルダは人間だから、その『ヴァルハラ』っていうところにも行ったことはないしヴァルキリー様以外の神にも会ったことはないんでしょう? なのに、この世界の神のことをよく知ってるのね」
「まぁ、私はこの神殿でずっと聖女として務めていたからね。天上にいる神々は常に人間の行動を監視し、時には祝福を与え時には罰を下す……でもそれ以上のことは、私だって知らないのよ?」
私やカミラと一緒にいない時の、ヴァルキリー様。今まで考えたこともなかったけど、言われてみればいつも何をしているんだろう? オーディンとか他の神様と仲良くやってるのかな、勇者召喚の儀がいつまで経っても成功しないから怒られたりしていないかな。そんなことを心配する私をよそに、カミラはまたヴァルキリー様に尋ねる。
「ねぇ、ヴァルキリー様って趣味はないの? 私の趣味はこうやてヒルダと特訓することと、ドワーフスマホを使って色んなことを調べることよ。ドワーフさんはSNS? とかいうので色々発表するのが好きみたい。最近では亜人系Youtuber? とのコラボ動画も作ってて、それが結構好評だって自慢してたわ」
亜人系Youtuberって何?
世の中にはたくさんの亜人がいるが、Youtuberをやっているなんて聞いたことがない。基本、亜人は人間から姿を隠して生きていくものだと思うんだけどそういうのは気にしなくていいのかな? っていうかドワーフさんコラボして、一体何をするつもりなんだろう……
怪訝な気持ちが顔に出てしまったのか、カミラは困惑する私に向かって補足説明を始める。
「なんか動画? っていう、動いている姿をそのまま映すことのできる便利な魔法みたいなのがあって、ドワーフさんはそれを色んな人に見てもらうのが楽しいんだって。Youtuberっていうのはそうやって動画を作る人たちのことで、ドワーフさんはそれで他の妖精と連絡を取ったり自分の近況を報告したりするんだって。……私にはよく、わからないけれど」
しきりに疑問符を浮かべながら、それでも必死に説明してくれるカミラ。カメラに写らないカミラにとって『動画』は未知の領域だ、ドワーフさんがワイワイやっているのを見ていても自分ではいまいちピンとこないのだろう。けれど、それでも自分の知らない世界を頭ごなしに否定することはなく……意外と好奇心旺盛なんだな、なんて感想を抱いてしまう。
「ヴァルキリー様、私にも教えてください。私やカミラがいない間、ヴァルキリー様は何をしているのですか? ヴァルハラとは一体、どんなところですか?」
私は落ち着いた口調で、ヴァルキリー様に問いかけてみせる。私がそんなことを聞くのが意外だったのか、ヴァルキリー様は目を白黒させているが私はそれでもその答えを聞いてみたいと思った。
魔王フェンリルの脅威が迫るこの世界。その中でなんとか人類を救おうと、手を差し伸べてくれる神様がいる世界。だけど私はその全てを知っているわけではない。まだまだ知らないことがたくさんあるのだ、カミラを見習って私も少しは物事を知る努力をしなければならない。
そう、考えての質問だったんだけどヴァルキリー様は目を逸らすばかりで「えっと、その」と口をモゴモゴさせている。その姿はちょうど、イタズラがばれた子どものようだ。
……やっぱり、世界を救う勇者を召喚できないことを他の神様に責められているのかな?
そんな私の予想を振り払うかのように、ヴァルキリー様は「とにかく!」と叫ぶ。
「聖女ヒルダ! あなたの本来の仕事は『聖女』です! 戦うのではなく、『聖女』として祈ることが使命なのです! それを忘れないように、ちゃんとお祈りをしなさい! ……その、ドワーフ槍ばかり振り回さないで、ちゃんと私に向かってお祈りをしてくださいね! それでは!」
言うが早いか、ヴァルキリー様は煙のように姿を消す。カミラが「あ、また逃げた」なんて呟いたのが聞こえて、私はまた溜め息をついた。
……要は、私が「聖女」としてお祈りを捧げなくなるのがヴァルキリー様的には嫌なんだよね? まぁ、神は信仰を集めてこそだしそれも当然といえば当然なんだけど……ちょっと意地悪な言い方をすれば、ヴァルキリー様はもっと私たちにかまってほしいのだ。女神なのに寂しがり屋なんだな、なんて思いながら私はまたドワーフ槍を手に持ち直す。
「まぁ、ヴァルキリー様の言うことも一理あるし。一応、これからも勇者召喚のためのお祈りはしておいてあげよう? こうやってドワーフ槍の鍛錬をすることは、やめなくてもいいから」
やれやれ、と肩をすくめる私にカミラは一瞬「わけがわからない」といった表情を返す。だけどヴァルキリー様のいつもの様子、頼りないけどなんだかんだ優しい性格なのを思い出したのかちょっと呆れたように笑い……「全く、仕方ないわね」と諦めたように答えるのだった。




