VS.スイカ
「……」
これは…どういう状況だ?
カミラから「特訓」を提案された次の日。「とりあえず準備するから待ってて! ドワーフさんに連絡とってみるから!」と神殿の倉庫に消えたカミラは、ちょうど1日経ってから私の前に現れた。ただし身に纏っているのはいつもの黒いドレスではなく、厳めしい軍服のようなパンツスタイル。銀色の綺麗な髪をまとめて帽子にしまい込み、ゴツいサングラスまでかけているその姿は本物の軍人のようだ。
でも、それ以上に私を困惑させたのは――カミラの背後にそびえ立つ、スイカの山だった
スイカ。夏の風物詩。緑に黒いシマシマが印象的な、シャリシャリとした食感の美味しい食べ物。それが、なぜこの神殿で山盛りになっているのか。っていうか、1人でどうやって持ってきたのか。
「ドワーフスマホの宅配サービスを使って取り寄せた、廃棄予定のスイカよ。堕流救世主のみんなが農家でバイトしてるらしいから、いっぱいくれたの。農家って田舎のコミュニティーで出来上がってるところがあるから、よそ者は大変だけど体力仕事で運転技術が必要だから堕流救世主のメンバーは全員可愛がられてるんだって。だからこのスイカも、快く分けてくれたそうよ」
説明ありがとう、カミラ。
おかげでスイカの産地と入手経路とわかったのはいいけど、私が聞きたいのはそんなことではない。
「それで……カミラはこのスイカを、どうするつもりなの?」
「吸血スイカにするわ」
あっけらかんと言って、カミラはスイカを皮ごとガブリ。何の変哲もないスイカに突如、顔が浮かび上がり奇声とともに神殿の床を転げ回る。
「さぁヒルダ、コイツをドワーフ槍で叩き割ってみて」
「……へっ?」
「だから、この吸血スイカをドワーフ槍で倒してみせて。コイツは自分から何か攻撃することはできないし、ゴロゴロ転がり回るだけで何の役にも立たない。だけど、動きが素早いから倒すには相当な力が必要よ」
平然と言ってのけるカミラに同調するかのごとく、吸血スイカは私の周りに来て足元でゴロゴロと転がり始める。その鳴き声(?)からは感情を読み取ることができず、ただ果汁を撒き散らすそれは不気味でちょっとユーモラス。
「ちょっとヒルダ、何やってんのよ。強くなりたいんでしょ? だったら早く、ドワーフ槍を取り出しなさい!」
カミラに発破をかけられた私は慌てて、ドワーフ槍を取り出す。言われた通りになんとか、スイカを割ろうと振り回すがそれはなかなか当たらず……そうこうしているうちにスイカの果汁に足を取られ、無様に滑って転んでしまう。
「甘いわよヒルダ! このスイカよりもよっぽど甘い! 強くなりたいんでしょ? 誰かを守れる力がほしいんでしょ? だったらこの私の試練に、打ち勝って見せなさい!」
そう言うカミラは次のスイカを高々と掲げてみせている。きっと1個を破壊してもすぐ、新たな吸血スイカを生み出すつもりなのだろう。スイカ果汁に塗れながら私はなんとか立ち上がり、吸血スイカを必死に目で追いかける。
……なんだよこの展開……
吸血スイカが暴れれば暴れるほど、神殿はスイカ果汁まみれになる。それを防ぐためには一刻も早く、私が吸血スイカを倒すしかない。……倒すしかないのか? 混乱し、もう何がなんだかわからない状況に陥りながらも私はドワーフ槍を振り回す。
「まだまだよ! 出でよ、地獄の吸血スイカたち!」
やっと1個、破壊したかと思えば今度は2個。いくら吸血鬼とはいえ大きなスイカを、切り分けもせず齧り付いて顎は大丈夫なんだろうか? そんな心配を口にする間もなく、私はとにかく吸血スイカ割りに追われていく。
悪夢のような時間はヴァルキリー様――「どうして呼び出してくれないのか」とぷりぷり怒りながら現れた――が、スイカ果汁まみれになった私を血まみれだと勘違いし、卒倒しかけるまで続くのだった……。
◇
カミラは雑巾を手に、吸血スイカの後始末をしてくれる。
私も手伝おうとしたけれど、「また明日も特訓するんだから、今は休みなさい」と拒否されて仕方なく神殿のソファ(いかなる力か、吸血スイカが飛び交う中でこのソファだけは無事だった)にぐったりと横たわる。それでも、彼女一人に仕事をさせるのは忍びなくて声をかけるが――カミラから返って来たのは「いいってば」というそっけない言葉だった。
「いつぞやの、青い血のエイリアンに比べればマシでしょう。あの時はなんかヌメヌメするし、床にこびりついて二人がかりでも大変だったんだからこのぐらい……大丈夫よ、本当に」
苦い記憶を思い出し、うげっと顔を歪ませるカミラ。私はそんなカミラに謝ることしかできず、なんとなく気まずい沈黙が流れるが……同時に今までのことを懐かしみ、少しだけ私は感傷に浸る。
思えば勇者召喚の儀を始めて、色々なことがあったものだ。目の前のカミラともそこそこ長い付き合いになる……それだけ勇者が現れていない、という現実はなんとかしなければならないものの、カミラやヴァルキリー様と過ごした楽しい日々は私のかけがえのない宝物。それを守るためにも、やっぱり私は戦わなければならない。世界を救える勇者になれなくても、目の前の誰かを守れる1人になりたい。
「カミラ。私、頑張るから。明日も特訓、よろしくね」
一度、気合いを入れなおした私はカミラにきっぱりとそう告げる。カミラは照れたように視線を彷徨わせると、吸血スイカのそれのように頬を赤く染め……「そう、その意気よヒルダ」なんて答えながらせっせと掃除を続けるのだった。




