VS.デスゲーム
「我らが尊き戦いの女神ヴァルキリー様。どうか、魔王フェンリルを打ち倒す勇者を召喚なさってください。そして我々人類を、この世界をお守りください……」
「ヒルダは真面目ねー」
いつものように祈りを捧げる私を尻目に。面倒そうにそう言うのはカミラだ。ソファで寝転がり、どことなく気だるげな彼女は全身の力を抜き完全にだらけきっている。
……まぁカミラは本来、この世界の人間じゃない(そもそもから吸血鬼だし)から勇者召喚にやる気が出ないのも当然かもしれない。その上、ドワーフスマホという娯楽を奪われたのだから今は不貞腐れてて……それでもこの神殿に来たばかりの頃は、我関せずといった具合でヴァルキリー様を呼ぶ時に顔も出さなかったのだから今はまだいい方なのだろう。つまり、なんだかんだこの場にいてくれる今は私やヴァルキリー様に心を許してる、ということなのだろうか? それを口にしたら、本人は真っ赤になって反論しそうだけど。そんなことをチラリと思いながら、私はまたヴァルキリー様に呼びかける。
「ヴァルキリー様、どうか勇者を召喚してください。異世界から現れし、力強い勇者を呼んでください……」
そういえばカミラはことあるごとに「私は日が落ちたら強いんだもん!」って言ってるけど本当なのかな。
正直、しょっちゅう泣いてばっかりで全然強そうに見えないんだけど……と考えていたら、私の前に美しいピンク髪の女神ヴァルキリー様が現れる。
「吸血鬼カミラ、何をだらけきっているのですか! ちゃんと聖女ヒルダと一緒にお祈りをしなさい!」
「だってー、ドワーフスマホ返してくれないんでしょ? おかげでドワーフとも堕流救世主のみんなとも連絡が取れないし、結構困ってるんだからー……」
「それはそれ、これはこれです! あなたもこの神殿の一員でしょう!」
「えー面倒くさいー」
「ごちゃごちゃ言うんじゃありません!」
なんだか怠け者の娘と母親のやりとりみたいだな。
そんな感想を抱いたけれど、私は口を挟まず黙って2人の言い合いが終わるのを待つ。
……あぁ、でもヴァルキリー様にとってもカミラは「この神殿の一員」で、カミラもそれに異論はないんだな。そう気がついた私はほんの少し、嬉しさを感じる。
最初、現れた時の第一声が「っぎゃあああああっ! 熱いいいいいっ!」だったカミラが今は、こうして神殿にいて私やヴァルキリー様とわいわい色んなことを話してくれる。別に、ヴァルキリー様と2人だけの状態を寂しいとか辛いとか思ったことはないが、やはり気心のしれた仲間が1人増えるというのはとても心強いことだ。ただでさえ魔王フェンリルの影響で、ふとした瞬間に不安を感じてしまうこともあるし……そんな本心を飲み込むと、私はやいのやいのやっている2人に適当なタイミングで割って入る。
「カミラもヴァルキリー様も、そのへんにして。とりあえず、早く勇者を召喚してください。そろそろ僧侶の人たちにもせっつかれて、困ってるんです。なのでお願いします、ヴァルキリー様」
この神殿と私の様子を見に来てくれる僧侶様。みんな、私のことを心配しているけれど正直カミラやヴァルキリー様に関しては不安や戸惑いを隠せないようだ。特にカミラに関しては腹井真白ほどではないにせよ、抵抗があるのかあまりいい顔をしないし微妙な顔をされることもある。そりゃ、人外の存在とはいえなんだかんだこの世界の平和を祈ってくれるし弱虫ですぐ泣く以外はいい子なんだけどな。
そんなカミラの名誉挽回、そして何より魔王フェンリルの復活を阻止するために、今日こそはそれなりに腕の立つ「勇者」を召喚してもらわないと。そう、切に願っているのが伝わったのかヴァルキリー様は大人しく魔法円を発動させる。今度の勇者、もとい勇者「たち」はどんな人が現れるだろう。一瞬、神殿が瞬いた間にそう考えていると――例によって例のごとく、異世界からの来訪者たちが現れる。
「っ今度は何だ!?」
最初に聞こえてきたのはそんな、リーダー然とした少年の声だった。
神殿に現れたのは全員、同じ背広にスラックス・スカートを履いた少年少女たち。判で押したように皆、統一した服を着ているところを見ると全員、同じ学校の生徒たちなのだろう。だけど、そこに似合わない異分子が1つ。全員、その首元が隠れている――太めの蛇が無理やり巻き付いたような、白銀色の首枷を着けられていることだった。
「異世界から参りし勇者よ。私は争いの女神、ヴァルキリー。この世界は魔王フェンリルの復活に直面し、滅亡の危機を迎えています。ですからどうか……」
「いやいやいやいや! ちょっと待って! さっきの変な熊はどこに行ったんだよ!」
杓子定規なヴァルキリー様を遮ったのは、先ほどのリーダー的少年だ。ちょっとオラついているようにも見える彼は焦りながらも、ヴァルキリー様に食ってかかる。
「なんか目を覚ましたらクラスメート全員、首に変な輪っかを着けられてて変な熊が『言うことを聞かなければ爆発する』とか言いやがって……それに今度は異世界だ? 一体どういうことだよ!」
状況説明ありがとう。
そういえばドワーフさんが『クラスみんなで異世界転移』みたいなこともできるって、前に言ってたっけ。どうやらそれが現実に起きたみたいだけれど、この人たちはちょうど妙なことに巻き込まれていたところらしく――
「クマじゃネーよ、パンダだーよ!」
奇妙な発音と共に、ぴょんっと少年の後ろから小さな生き物が現れる。それはおどろおどろしいデザインの、熊……ではなく、パンダのぬいぐるみだった。
「今からァこの2年3組のみんネでデスゲームしてもらう予定だったのに、何してくれてんだーよ! 計画が台無しじゃねーか!」
いや、自分で「デスゲーム」って普通言わなくない?
生死をかけた遊戯、並びにそれを取り扱った作品は数多く存在する。けれど、主催者がはっきり「デスゲーム」なんて単語を口にしちゃうのはどうかと思うが……そんなことを思っていたら隣でカミラが「きゃあ!」と甲高い声を上げた。
「何この子? すっごく可愛いじゃない! あなた、お名前はなんて言うの?」
ウキウキとはしゃぐカミラに、男子のみならず女子も我を忘れて目を奪われる。それ自体はいつものことだから別にいいんだけど、私はカミラの「可愛い」という言葉に思わず頭の中でクエスチョンマークを思い描く。
自らデスゲームなんて言っちゃってるそのパンダは、暗い赤と紫色が入り混じった毒々しい色のデザインをしている。丸く、ぎょろっとした瞳に口元から覗く牙。加えてところどころ、縫い目が入ったツギハギのラインが小さなボディにより刺激的な印象を与えている。
お前のようなパンダがいるか。
思わずそう言いたくなる、良くも悪くも奇抜で攻撃性を感じさせるデザイン。それを「可愛い!」とはしゃぐカミラの感性がよくわからない。吸血鬼の「可愛い」の基準は、人間と違うのだろうか? そんな私の疑問を裏付けるかのごとく、パンダは反論してみせる。
「カ、かわいいネんて言ってんじゃネーよ! ベタベタすんなー!」
「ひょっとしてケット・シーの知り合い? でも、アイツはたしか普段は猫のふりをしてるのよね。ひょっとして精霊以外の種族なの?」
「ウ、うっせェ、うっせェ、うっせェうァ! 言うことを聞かネいんネら……」
言うが早いかパンダがその瞳を、赤く光らせる。警告のように何度かそれを点滅させると、パンダが爆発し――爆音と共に、カミラの姿が黒い煙に包まれた。
「カミラーっ!?」
私とヴァルキリー様の絶叫は異世界から来た学生たちの悲鳴に混ざり込み、やがて煙が晴れたかと思うと――
「っと、びっくりしたぁ! ちょっと、いきなり爆発なんてしなくてもいいじゃない!」
ちょっとだけ煤がついている以外、無傷のカミラがぷんすかとそう怒ってみせる。……え?
「カ、カミラ。今、あのぬいぐるみの爆発に巻き込まれたましたよね? ……その、お怪我はないのでしょうか?」
「全身すごく痛いけど、あれぐらいの爆発でどうにかなるほど吸血鬼は弱くないわよ! 吸血鬼は日が落ちないと力が出せないだけで、本当はすごく強いんだから」
戸惑いがちに尋ねるヴァルキリー様へ、むっとした調子でそう答えるカミラ。いや、爆発でどうにかならない生き物の方があんまりいないと思うよ?
そういえばカミラ、自分で「人間よりタフ」って言ってたしゾンビに殴られた時もすぐむくっと起き上がったっけ。正直、十字架を怖がったりびえんびえん泣いてたりするイメージが強かったけど一応カミラは吸血鬼で、人間より頑丈なのは本当なんだ……呆然と私がそう思っていれば、いきなり「何なんだよお前らあああああっ!」という叫び声が神殿に響き渡る。
声を上げたのは勇者たちのうちの一人、きっちりと纏めた髪に黒縁眼鏡のいかにも委員長然とした真面目そうな男子生徒だった。他のクラスメートが展開の速さについていけず、もはや立ち尽くしているだけなのを無視して彼は私たちの前に進み出る。
「せっかく念願のデスゲーム主催者になってこのクラスを絶望に染めてやろうと思ったのに! 異世界とか勇者とかいきなりファンタジー要素出してんじゃねぇよ! おかげで計画台無しじゃないかあっ!」
「はぁ? じゃあさっきの可愛いパンダとかその首の爆弾とか全部あなたの仕業なわけ?」
問い返すカミラに、その生徒は鼻息を荒くしながら肯定の返事をする。
「俺は昔っからデスゲームものが好きで、いつかその黒幕になるのが夢だったんだ! 色んなデスゲーム作品を見て研究して、日本じゃ手に入らないような武器や爆薬を手に入るため語学も必死に勉強した! 金だって、小学校低学年の時からずっとお年玉やお小遣いを貯めて全部自費で用意したんだぞ! それをお前ら、ぶち壊しにしてるんじゃねーよ!」
努力は素晴らしいが方向性が間違っている!
私のツッコミを裏付けるのごとく、ヴァルキリー様はなぜその努力を良い方向に向かわせないのかと尋ねた。すると彼は急に、この世の全てを見下すように鼻を上げ偉そうに腕を組んでみせる。
「俺は、俺は他の奴らと違う。青春だとか友情だとか馬鹿げたことを言って、周りの連中とつるむようなことはしない。だからいつも、偽りの友情を築き上げ俺を遠ざけるクラスメートたちが本能のまま憎み合うところを見てみたかった。超高校級なロワイアルの王様に、なろうとしていたんだ。なのに、お前らのせいで……!」
そこでその男子生徒はまた、私とカミラ、そしてヴァルキリー様を憎々し気に睨み付ける。だが、そんな彼を「馬鹿じゃないの?」と一蹴したのはカミラだった。
「『自分が他の人間と違う』って思うのは別にいいわよ。でも、だからって『相手は自分より下』『下の相手には何をしてもいい』って思うのは自分が優越感に浸りたいだけでしょ? 自分が特別だと思いたいからって、子どもみたいなことして……あんた、馬鹿でしょ」
言い切ったカミラの目には、隠しきれない蔑みの色が籠っている。そんなカミラを前にして、目の前の自称「王様」は口をぱくぱくとさせ震えることしかできなかった。
カミラにしてみれば、その自分勝手な言い分はかつて自分がいた世界で、吸血鬼を迫害した人々のそれと似たようなものなのだろう。大義名分を掲げて自分と違う相手を攻撃し、虐げる。本当のことなんかどうでも良くて、とにかく「自分は正しいことをしている」「自分は優れている」と思い込みたい。それは浅はかで、残虐で――そしてカミラの言う通り、非常に愚かなことだ。
何も反論できないと悟るやいなや、カミラに向かってデスゲームを開催しようとしたその少年はカミラに殴りかかろうとする。しかしその動きは弱々しく、そのまま足をもつれさせて無様に転倒すると何かわけのわからないことを喚き始めた。聞くに堪えない、と思ったのかヴァルキリー様は私の方を見て一度、頷くと魔法円を発動させる。あっという間にデスゲームが行われる予定だったクラスの人々は消え去り、また神殿が静寂に包まれた。
「大勢の前で自白したも同然ですから、あの勇者は元の世界で十分に糾弾されることとなるでしょう。カミラの分まで罰を与えられなかったのは残念ですが……一応、元の世界でそれなりの罪に問われるはずです」
「別にいいわよ、あれぐらい。……でも、今度はもうちょっとマシな人間を召喚してほしいわ」
あと、ドワーフスマホも早く返してよね。
むくれ顔でそう話すカミラは、本当に先ほどの勇者もパンダの爆発も気に留めていないようだった。カミラが元いた世界で、もっと酷い目に遭ってきたからだろうか……そう思うと私は無性に歯がゆい思いがして、この世界を救ってくれるはずの勇者にほんの少し不信感を抱き始めるのだった。




