VS.小学生
「あーもう、ヴァルキリー様ったら! 早くドワーフスマホ返してくれないかしら!」
ぷりぷり起こりながら雑巾を絞り、神殿を掃除するカミラの隣で私はホウキを掃く。
ドワーフスマホを没収され、不貞腐れるカミラに私は「とりあえず聖女として一生懸命に頑張っているところを見せればヴァルキリー様も考え直してくれるのでは?」と提案しまずは神殿の掃除を行っているところだった。もちろん、神殿の掃除は今日に始まったことではないしカミラも手伝ってくれるが今日はいつもより念入りに。キュッキュッ、と小気味良い音が響く中でカミラはそれでもヴァルキリー様への不安を募らせ、愚痴を零している。
「ヴァルキリー様って女神のくせに変に子どもっぽいところがあるわよね。まぁ、私がいた世界の神みたいに迫害しないだけマシかもしれないけれど……もう少し大人っていうか、落ち着いた感じで接することはできないのかしら?」
いや、カミラも大概だと思うよ?
そう言い返したいのはやまやまだが、それを言ったらきっとカミラは逆上し泣き出すだろう。最近はドワーフさんや堕流救世主のおかげで泣き喚く回数がめっきり減ったのだ、わざわざ蜂の巣をつつく必要はない。そうでなくとも、やはり自分の大切な人が涙を流す姿は見ていたくないし……
カミラの言うことに適当に相槌を打ちながら、私たちは神殿の掃除を終える。やっぱり、1人より2人の方が早く終わっていいな。なんだかんだお喋りしながらだと、掃除も楽しいし。そうやって神殿をピカピカにし、掃除道具の片付けも終わった後。私とカミラはそれぞれ跪き、いつも通りヴァルキリー様に祈りを捧げる。
「偉大なる戦いの女神ヴァルキリー様。その強大な力をもって、どうか我々をお救いください。魔王フェンリルを退け、この世界を救う勇者を召喚してください。お願いいたします……」
「お願いします、お願いします。ドワーフスマホ返してください……」
ちょっとカミラ、違うこと祈ってない?
そんな私の横槍にもめげず、聖女の祈りポーズをしているカミラの前に美しい女神が現れる。毎度お馴染み、どこか頼りない我らが神のヴァルキリー様だ。
「聖女ヒルダに吸血鬼カミラ。安心しなさい、今からすぐに勇者召喚の儀を行います。ただし、ドワーフスマホは返しません」
「えぇっ、そんなぁっ!」
ひどいわヴァルキリー様! と訴えるカミラに喚き声に重なり、神殿を魔法円の光が照らす。カミラには悪いけれど、今はこの世界の危機なのだ。もし異世界からの勇者が現れて、魔王フェンリルの魔の手を逃れられたら私からもカミラにドワーフスマホを返してほしいとお願いしよう……そんなことを考えていたら私たちの前に、異世界からの来訪者たちが現れる。
「ちょっと翔くん、ちゃんとしないと先生にいうよー?」
「やべっ、バリア発動ー!」
「何をー! エターナルうんこ爆裂サンダーこうげきー!」
「ディクシッ! ディクシッ!」
わっ、と凄まじいエネルギーの喧騒が広がったかと思うと神殿に数十人ほどの子どもたちが現れる。まだ10歳にもなっていないだろうその子たちの格好はバラバラだが、どれも特に豪華でも貧相でもない普段着のようだ。代わりに全員、色とりどりのランドセルを背負っていて……最近の子どもは個性豊かだ。オーソドックスな赤や黒だけでなく、水色やピンク、果ては紫やオレンジなどあらゆる色のランドセルになんとなく見とれていたらカミラが「何よこの子たち!?」と叫んだ。
「な、何って……その、異世界から呼んだ勇者たちです、よ……」
弱々し気に反論するヴァルキリー様は、明らかに「しまった」という顔をしている。……どうやら今回も失敗したようだ。まぁこんな小さな子たちを魔王に立ち向かわせるわけにはいかないよね、と心の中でがっくりしていると子どもたちはそれぞれ勝手に騒ぎ出した。
「うわー! どこだここー!?」
「えっ、なんで? どうして? ここ、どこなの?」
それぞれ自分の状況を把握し、慌て出す子どもたち。その表情は幼い中に不安が見え隠れしていて、傍から見る分にはほほえましいものだろう。とはいえ本人たちはたまったものじゃないに違いない、と私は児童たちに説明を始める。
「えっと、ごめんなさい。私は聖女のヒルダで、あなたたちを呼び出したのは神であるヴァルキリー様。そして、こっちにいる女の子は吸血鬼のヒルダ……」
「吸血鬼ー!? ってことはドラキュラかー!!」
「うわぁ、お姉さんきれーい!」
私の話を途中で遮ったかと思うと、わっとカミラに群がる子どもたち。エネルギー全開、人生の全てに全力投球の彼・彼女らはあっという間にカミラを取り囲みカミラはその勢いに飲み込まれる。
「吸血鬼ってことはお城に住んでるのかー!? ドラゴンはいないのかー!?」
「その服、フリフリがいっぱいついててお姫様みたーい!」
「吸血鬼ってヴァンパイア山があるんでしょー!? 行ったことないのー?」
好き勝手に思ったことを口にし、目を爛々と輝かせる子どもたち。そのパワフルさにカミラも圧倒されたのか、「えっと……」と困った様子を見せる。
「そういえば吸血鬼は十字架が苦手って、本当かー?」
言いながら男の子の1人がポケットから鉛筆を2本取り出し、十字架を作ってみせる。それを目にしたカミラはきゃっと小さな悲鳴を上げ、その場に蹲った。
「わー、本当に十字架が苦手なんだー!」
「よーし、俺もやってみるぞー!」
子どもは残酷。
子どもたちはそれぞれ木の枝や箸、ヘアピンなど自分のポケットから細長いものを2本取り出して十字架を作ってみせる。いや、みんなポケットに色々入れすぎじゃない? ネコ型ロボット? っと、今はそれどころじゃない。小さいといはいえたくさんの十字架を突き付けられ、怯えるカミラは耐えきれずついには大声を泣き出した。それでも子どもたちの猛襲が止まることはなく、それどころか「やったードラキュラに勝ったぞー!」なんて面白がる素振りすら見せる。
「あなたたち、子どもとはいえやりすぎです! 早く元の世界に帰りなさい!」
ヴァルキリー様がぴしゃりとそう言い放つと、カミラに向かって無邪気な蛮行をしていた子どもたちは姿を消す。これで一安心……とはならないんだよな。だいたい予想できた未来――すなわち泣き虫なカミラがその本領を発揮する光景が、次の瞬間に現実となる。
「うわああああん! ヒルダぁっ! 人間にっ、人間の子どもにイジメられたああああああああっ!」
びえんびえん、火がついたように泣き出すカミラの背中を私はそっと擦る。腹井真白のようにプロのそれでなくても、カミラにとって十字架はモチーフそのものが恐ろしいもののようだ。半狂乱になって涙を流し続けるカミラは、さっきまでいた子どもたちよりよっぽど幼く見える……
……またヴァルキリー様は逃げてるし……本当に泣きたいのはこっちだよ……
しかしそれを責めることもできず、私はカミラを落ち着かせるためにとにかく彼女の傍にいることしかできないのだった……。




