2-(13) ベーグルな昼食
お昼休み。私は昼食をご馳走になるために、中等部に向かう。
中等部の特待生監督教師である桂先生が『屋上』と言うと、その場所は中等部の特別教室棟の屋上を指す。
学園都市内にまるでお互いの領分を侵さないとでも言うかのように等間隔で建てられた5つの学部は、それぞれを空に走るモノレールで繋いでいる。都市の中央に位置する記念公園を中心に、時計回りで、2時の方向に幼等部、5時に初等部、7時に中等部、10時に高等部に12時の大学部でできていて、人々の頭の上を縦横無尽に走ったレールを行き来する。
私は中等部行きのモノレールに乗った。お昼のこの時間は人が少なく、私のほかにちらほらと人影が見える程度だ。学部同士の間隔がかなりあるため、自動車より余程早いモノレールを使っても、15分程度の時間がかかる。
学園都市を作ったお偉いさんに文句を10ほど並べたところで、駅に着く。アルヴェーグ式とかいう種類のこのモノレールは、学園都市の外の世界にあるらしい“電車”という乗り物より静かだと聞いたことがある。真偽のほどは分からないが。
駅から出れば、数ヶ月前まで通っていた校舎。高等部の制服に視線を集めながら事務室に向かい、入校許可証を貰って、またもや視線を集めつつ特別教室棟へ。呼び出し主は、すでに屋上に着いていた。
「久しぶりだなぁ、櫛……なぎ?いや、櫛な………やべぇ、分からねぇ」
「どうも、お久しぶりです。お口の悪い元恩師改め頭の足りない現顧客の桂水宜先生。一つお教えしておくと、私の名前は櫛灘瑠那です」
金色の短髪を掻き毟りつつ、昼食に誘ってくれたお口の悪い元恩師改め頭の足りない現顧客――――――もとい元担任は、苦笑する。
「相変わらず可愛い面して鬼畜な事を口走るなぁ、元教え子。ちょっと名前間違えただけだろうが」
「私も数回名前を間違えられるだけなら何も言わないですけど。でも桂先生、中等部の3年間あなたが私の名前を間違えずに言えた事がありましたっけ?」
淡々と返した私の言葉に、桂先生はしばらく沈黙した。
徐々に先生の顔を伝う汗が増えていく。
私はいつも通りの反応を返す元担任にため息をついた。いつもこうなのだ。このお口の悪い(以下略)は。
中等部特待生監督教師、兼、執行部顧問の桂水宜という先生は、世間一般で脳筋と言われる人間だ。力はあるのに脳が無い。彼の場合、脳の代わりに頭蓋骨には筋肉が入っていると言われても、私は普通に納得できる。
まず、致命的に記憶力が悪い。人の名前が言えない事なんてザラ。ちなみに私は中等部3年間、桂先生に名前を正しく呼ばれた覚えが無い。
次に、行動原理が単純そのもの。考える?何それ美味しいの状態だ。罠が張られていると分かっていても真っ直ぐ飛び込むし、障害物があっても直進する。
そして、これが何より一番イヤ。手が早いのである。もちろんケンカ的な意味で。ムカついたら口より表情よりまず手が出る。「あ、怒った。止めなきゃ」なんて思った時にはもう遅い。すでに勝負はついている。止めるまでも無く瞬殺だ。残るは相手の屍のみ。
そんな桂先生にため息をつきつつ昼食をご馳走になる。今商業区で人気を博しているベーグルサンドだ。レタスと卵とチーズとハム。シンプルな味付けの特製ソースがとても美味しい。デミグラスソースのような色合いで、何故こんなにさっぱりした味わいになるのか分からない。
「あぁ、そういえば『黄昏の悪魔』の件、どうなった?」
大きなベーグルに苦戦しながら噛り付いていた私に、もりもりと昼食を食べ進めながら、桂先生が声を掛けてきた。先生が持つと私の両手サイズのベーグルがとても小さく見える。てか男の人でも苦労しそうなサイズのこれにどうやって噛り付いた!
恨めしそうな私の視線に、桂先生は苦笑すると自分のベーグルを包み紙の上に置く。そして私の手から取ったベーグルを、魔法でさくさくと4等分に切り分けてくれた。ありがたい。
食べやすくしてくれたお礼に、私は質問に答える。
「もうすぐカタがつきます。執行部は手出し無用です」
「お、なんだぁ? お前が出るのか?」
「いえ、大和兄に発破をかけました」
桂先生は笑う。
「じゃぁ、気をつけねぇといけねぇな。大和の奴は甘いからなぁ」
大和兄が人を倒す事に対して甘いのは昔からだ。それは私も反論できない。
無言で頷くと、桂先生は遠くを見る。
「下手なことすんなよ、ファントム。学園に目をつけられたら終わりだ。ここは箱庭。逃げる事はできねぇ」
ぽつり、と桂先生が呟く。
桂先生の視線の先にあるのは、この学園都市を囲む壁。内側に緩やかな曲線を描くその壁は、外からの侵入者対策というより、内からの逃亡者対策のようなものだ。この学園都市は箱庭。逃げる事が許されない、政府が作った魔法師工場。魔法の適正があった時点で、強制的に入れられる牢獄とも言える。
そしてこれは、魔法否定派に賛同する魔法師がいる理由でもある。
確かに、魔法師になれば他の者よりいい収入が手に入るし、生活には苦労しないだろう。しかし、ほぼ一生をこんな箱庭で暮らすなら、魔法を手放したいと考える人間がいてもおかしくない。こんな力を待ったがゆえに政府に買い殺される。途中入学してくる人ほど、この箱庭に馴染めないことが多い。私や大和兄のように、生まれたときからここにいる人間は、外を知らないからこそ抵抗しようと思わないのだ。
「分かってますよ。学園に利用されるのはイヤだし、私、学園都市しか居場所無いんですから」
「それも難儀なものだよなぁ」
当たり前のことを返したら、なんか同情されてしまった。なぜか分からないがイラッときて、先生の脛を左足で蹴り飛ばす。
「いてぇっ! 何しやがる」
「何となく」
ビクッとする先生に首を傾げて返す。今の私はちょっと情緒不安定だったかもしれない。
あ、そうそう、ここに来た目的を忘れるところだった。
「ねぇ、先生。ちょっと頼み事していいですか?」
「なんだぁ」
「魔法否定派の内部を探ったりとか、できません?」
私の言葉に、桂先生は大げさなほど目を見開く。
「何ですか、その反応は。もう一回蹴られたいんですか?」
「いやいやいやっ、なんかお前数ヶ月会わねぇいうちに暴力的になってねぇか?!」
「失礼ですね、人間数ヶ月程度じゃ大して変わりませんよ」
「それは何か?! 元々暴力的だったとでも言いてぇのか?!」
打てば響くようなツッコミにチョッと楽しくなってきた。でも話題を逸らされるのはイヤなので、無理やり軌道修正。
「で、どうなんです?」
「……お前が探った方が早いんじゃないか?」
「志斗とかを使って情報収集しようとすれば何とかならないことも無いんですが、そうすると目立ちすぎてしまいますから。執行部が動いてくれたほうが楽です」
「…………『執行部は手出し無用』とか言ったくせに」
どうやら桂先生はゴリラみたいな見た目をしていっちょ前に拗ねていらっしゃるらしい。
大の大人、しかもゴッツイ人間の上目遣いほどキモチ悪いものは無い。
思わず後ずさってゴミを見るような目を向けてしまった私は悪くないと思う。
「………………ひどくねぇ? その反応」
「いえ、むしろ私の精神衛生上これでもまだ足りないくらいです」
「ひでぇ」
落ち込んだように見えた桂先生だが、一つため息を落とすを話を元に戻した。
「別に、魔法否定派の内情を探ろうするくらい……できねぇ事もねぇけどよ」
「けど?」
「危険を冒して探るわけだから、それなりの見返りは期待していいんだよなぁ?」
桂先生はニヤリと笑う。荒削りの美貌がいやらしく歪んだ。
「了解です。今回の件で分かった事は、事後ですが、しっかり報告させていただきます」
「おう、頼むぜぇ。……手ぇ汚れてるぞ」
重々しく頷いて見せた先生は、どこからか取り出したハンカチで私の手を拭く。食べ終わったベーグルのソースが付いていたらしい。相変わらずマメな人だ。見た目に寄らず。
長らくお待たせしました。熱くなったり寒くなったりの温度についていけずに体調を壊しました、波斗夜です。『はーちゃん』と呼んでください。
…………すみません、調子に乗りました。
改めましてお久しぶりです。
たかが昼食の話に10日以上かけてしまいました。
今回の話はどこかコメディー風。楽しんでいただけたら嬉しいです。
さて、少し前に感想で聞かれたんですが、2-(8)のあとがきにありますリクエストは、2章終了までとなっています。まだまだ時間はありますから是非! リクエストを!!
次回はもっとはやく更新するつもりです。見捨てないでください。
誤字・脱字・感想・リクエスト お待ちしてます。




