9 執事とメイドのカラオケ(1)
先導車に従い案内されたのは明らかにカラオケとは程遠い、どこかの地下駐車場に案内された。
「お嬢様、到着したようです」
悠斗が声をかけるが、華凛から返事はない。おそらくイライラのピーク。
さっきの大和との電話から彼女はイライラしており悠斗も刺激しないように細心の注意をはらっていた。
「お嬢様」
「わかったわよ。……ここって絶対カラオケじゃないわよね?」
「そうですね。富士見さんにもなにかお考えがあるのでしょう」
渋々車を降りる華凛を誘導すると、駐車場の奥の方から瑠衣がこちらに向かってきた。
その姿は学校とは違う、渋谷であった時と同じメイド服だ。
「華凛様、星原さんご足労おかけいたします。本日はありがとうございます」
「るいるい、挨拶はいいから説明しなさい! カラオケ店はどこにあるのよ!」
華凛が、カツカツとヒールの音を荒々しく響かせて瑠衣に詰め寄る。瑠衣は表情一つ変えず静かに駐車場の奥にある重厚な防音扉を指さした。
「ご安心ください。お嬢様のご期待に応えられる、最高の特設会場です。ついてきてください」
そういう瑠衣の後を、華凛も悠斗も何が何だかわからないまま後ろをついていった。
「るいるいまだー? ヒールだからそんな歩きたくないんだけど」
駐車場を出て十分ほど、人の気配もない通路をひたすら歩き続けた。途中にある複数の扉を開くたび「やっと着いたか」と言う期待感を裏切られること数回。瑠衣は急に足を止めた。
「お待たせいたしました。あの扉のむこうが本日の特設会場となります」
一歩足を踏み入れた瞬間、華凛と悠斗は同時に言葉を失った。
そこは、日ノ内が持つ「サンサンドーム」と呼ばれる普段プロ野球やアイドルのライブなどがおこなわれる大きなドーム会場だ。人工芝のグラウンドはすべて撤去されその中央に、巨大な特設ステージと、特大モニターが鎮座している。ステージの前には観客席としてパイプ椅子が置かれている。
「……え」
あまりのスケールの大きさに悠斗と華凛が立ち尽くすことしかできない。
「……るいるい。ここってさー私の見間違いでなければ、世界的なアーティストとかもライブしたり場所だと思うんだけどー?」
華凛が引きつった声を絞り出すと、瑠衣は誇らしげに胸を張った。
「はい。一般のカラオケボックスでは盗聴リスク、盗撮および音紋の外部流出もありえます。そこで、日ノ内が誇る密閉型のドームを貸し切り、お嬢様と大和様のデート会場としてご用意いたしました。」
「ば、バーカ! バカバカバカ!!!!」
華凛が大声を出すが、広すぎるドーム内でそれも反響しない。それほどまでにこの会場はカラオケ施設としては大きすぎる。
「私がやりたかったのは、狭い部屋で大和と肩を並べて『何歌うー?』ってキャッキャするやつなのよ! あわよくばスキンシップとかしたりしたいのに!」
「華凛様、ご安心ください。ここであれば私と星原さん以外いません。それも可能かと」
「違う!!」
華凛は必死の抗議を続けるが、どれだけ声を荒らげても瑠衣には全く響かない。どこ吹く風といった様子で、「それの何が問題でも?」と首を傾げる瑠衣の平然とした態度が、余計に華凛の怒りに火をつけている。
その時入り口から声がマイクを持って大和がやってきた。
「二人ともお疲れ様。それとごめんね」
「大和ー? これはどういうこと? 説明を求める」
「いやぁー僕も聞いてなくて。金曜日に僕の預金通帳から数千万引き落とされてた時はびっくりしたよ」
そもそも、一高校生の銀行口座に数千万円入っていることが驚きなのだが。
大和は「あはは……」と力なく笑いながら頭を掻いた。彼もきっと高校生のカラオケ代なんだから数千円。良くて一万くらいだと思っていただろうにこんなことになるとは、思ってもいなかっただろう。
「早速どうぞ。お時間はフリータイムと言うことにしてあります」
「そういう問題じゃないのよ!」
「まあ華凛せっかくだから歌おうよ。今回は僕の顔を立てると思って、ね?」
主犯である瑠衣にどれだけ抗議しても無駄だと悟ったのだろう。渋々といった様子で、大和にエスコートされながら広大なグラウンドの真ん中にそびえ立つ特設ステージへと歩き出した。
悠斗としては確かにこのステージの大きさには圧倒されたが、それ以上に闘志に火がついていた。
「いやぁー流石日ノ内。負けてられませんね? お嬢様」
「あんたが同じことしたらクビだから」
華凛は振り返りもせずに冷たい一言を放った。その声色はいつもより低く、相当怒っているときのそれだ。
「……肝に銘じておきます、お嬢様」
悠斗は背筋をピンと伸ばし、大真面目な顔で一礼した。
「あー。あー。……華凛、最初は何歌う?」
数万人を収容する巨大なドーム空間に、大和の声が爆音で鳴り響いた。もはやカラオケというよりはマイクチェックである。
「私、アニソンにしよっかな! 大和、これ知ってる?」
最初はあれほど嫌がっていた華凛だったが、いざステージに上がって超巨大モニターを前にすると、徐々にテンションが上がってきたらしい。ヒールの足取りも軽やかにデンモクを操作しステージ中央へと向かっていった。




