8 メイドのデート提案
昨日の密会がすっかり気に入ったためか、悠斗たちは再びあの旧校舎の美術室に集まっていた。
室内を見ると、昨日まではなかった上質なテーブルや椅子が完璧な配置で準備されている。
きっと、日ノ内側が気を遣って手配してくれたのだろう。
昨日この場所を知ったばかりだというのに、華凛は早くも我が家のようにくつろいでおり、靴を脱いでソファーの上でお菓子を食べていた。
「あーあ、デートしたいなぁ」
「最近、したばかりではないですか?」
後ろから声をかけるが、華凛は不満げに頬を膨らませてふてくされたままだ。
「したけどぉー! 何回だってしたいの! 恋する乙女はそういうものなの!」
お嬢様は簡単に言ってくれるが、主人たちのデート回数が増えるということは、それに巻き込まれる使用人の業務も倍増するということだ。
変装の準備、ルートの下見、現地でのボディガードの配置。他人から見ればただの微笑ましい高校生のデートだが、その裏では莫大な予算と人員が動いている。
「確かに、僕もデートしたいな。華凛、何かやってみたいこととかある?」
「うーん、カラオケとか? テレビで見て、なんかずっと気になってたのよね」
「カラオケか……いいね。実は僕も経験がないんだよ」
どうやら、大和も華凛もカラオケに行ったことがないらしい。かくいう悠斗も実体験としての経験はないからどういうものかも想像できない。
「悠斗、ちょっと……あー、いや、いいわ。あんたは」
華凛は一度悠斗を呼んだものの、何かを察したように言いたげな表情で言葉を濁らせた。
前回同様下見のお願いなのだろうと思ったが口ぶり的に期待をしていない、物言いだ。
「なんですか。私とてカラオケの何たるかは、座学にて完全に把握しておりますよ。防音室で歌い、機械で採点をするアミューズメントの一つですよね?」
「う、うーん……まぁ、説明としてはそうなんだけど……」
「ですよね。お任せください、今回も私が完璧に手配いたします」
その言葉を聞いた瞬間、華凛はあからさまに顔をゆがませ大和と一緒になって困ったような視線を交わした。
今までの提案はお嬢様の期待にそぐわなかったが、今回こそは名誉挽回のチャンスだと、悠斗は内心で静かに意気込んでいた。
「あんたの手配はダメ。どうせまた、普通の高校生からかけ離れた変なことするでしょ」
「そんなことはありません」
心外だ。月若の関連企業には、アミューズメント・レジャー産業でトップシェアを誇る会社があったはずだ。そこに月若本家の名義で要請を出せば、都内の実店舗を丸一日くらいなら容易に貸し切りにできる――そう考えていた。
「それでしたら今回は、日ノ内が場所をご準備いたしましょうか」
すっと、大和の後ろに控えていた瑠衣が静かに挙手をして提案してきた。
「いえ。流石にそれは――」
悠斗はすぐに反論の姿勢をとった。今回のデートの言い出しっぺは華凛であり、それはつまり月若側の要望だ。ならば月若が万全の場所を用意し、日ノ内側をもてなすのが一般的な物ことだ。しかし瑠衣と大和はそれを意にかさず話を続ける。
「そうだね。今回は日ノ内が受け持とう。富士見頼めるか」
「承知いたしました。日程はどうしましょうか」
「うーん……。今週の土曜日にしようか。当日は僕のポケットマネーから出してくれ」
「かしこまりました。そのように」
大和の決定が下った瞬間、悠斗の反論の余地は完全に断たれた。瑠衣は表情を一つ変えることなく、大和の背後でそつのない一礼を見せる。
「星原さん、今回はこちらで受け持ちます。大和様から華凛様へご連絡をいたしますので当日はよろしくお願いいたします」
悠斗としてもそう言われてしまえば断ることができない。それは家名に泥を塗ることになるから。
「かしこまりました。ご配慮ありがとうございます」
「はい。それでは失礼いたします」
悠斗は平静を装いながらも内心では悔しさに血の涙を流していた。
ここで、頼まれないのは自身の不徳が致すところ。もう少し「普通のデート」というものを勉強しなければ。
◇
約束のカラオケデートの日。
送迎車に乗り指定の場所にまで月若家二人は向かっていた。
「~♪」
「お嬢様、上機嫌ですね」
華凛の大変ご機嫌な様子を表したかのように、車内には陽気な鼻歌が響きわたる。
「大和の歌声気になるし! カラオケボックスなんて楽しみ! これぞ高校生ぽいデートよ」
「そうですね。私もお嬢様や大和様の歌声気になります」
目的地周辺に景色が変わると走らせている車が急に停車した。
何事かと思い運転手の会話に耳を傾けると何やら揉めているようだ。
「どうされましたか?」
「なにか、催し物があるらしく日ノ内が検問をしているそうで」
「日ノ内が……検問?」
急いでタブレットで確認するが、こんな大掛かりな警備がおこなわれるという話も入っていない。日ノ内が運営している芸能事務所のイベントもこの近くではないはず。
急いで扉から降り、外にいた体格のいい男に声をかけると数人の警備員がこちらへやってきた。
「月若家の車両ですね。お名前は星原悠斗様でお間違いありませんか」
「……説明を要求します。本日私達は大切な用事のためここを通らなければなりません」
「はい、把握しております。富士見から伝言を預かっております。『ここから先は先導車についてきてください』とのことです」
「富士見さんが……。承知いたしました。そのようにいたします」
現状が把握できないまま悠斗がドアを開けると、後部席では華凛が声を荒げている。
「ちょっと大和なにこれ! 私達が行くのはカラオケよね本当に!? なんで日ノ内の検問があるわけ!?」
大音量でスピーカー通話にされた華凛のスマートフォンからは、ひどく申し訳なさそうな、そして若干引きつった大和の声が漏れ聞こえていた。
『ごめんね華凛、僕も今知ったんだ……。とりあえず富士見の指示に従ってもらってもいいかな?』
「わざわざ検問するとか、あの子も悠斗と変わらないじゃない! 本当にカラオケに向かうのよねこれ!」
お嬢様の怒号が響き渡る車内へ戻りながら、悠斗はそっとシートに腰掛け運転手に指示をだした。




