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執事とメイドのラブコメ  作者: 有明海
1章 一学期編

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7 執事とメイドの名前呼び練習

「……まぁいいわ! それじゃあ早速、大和の秘密の部屋にお邪魔しちゃおうかな!」


 華凛が鼻歌交じりに、美術室の古びた引き戸に手をかける。

 ガラガラ扉が開くと、すでにブレザーを脱ぎ捨ててネクタイを緩めた日ノ内大和が、パイプ椅子に腰掛けていた。


 何か本を読んでいるようで文庫本から顔を上げてきた。


「大和様、いらっしゃったのですか?」

「ごめんね富士見。サプラーイズ!」


 どうやら瑠衣もこのことは知らなかったらしく、口を開けて驚いている。


「大和、お待たせー!」


 華凛が嬉しそうに駆け寄ると、大和は手に持っていた文庫本をそっと机に置き微笑んだ。


「華凛。本当に僕と同じ学校に来ちゃうなんて。相変わらずの行動力だね」

「でしょでしょ! これが愛の力よ」

「『華凛と同じ高校ならなぁー』って確かにデートの時言ったけど」


 どうやらこの転校事情は、大和の言葉を華凛が真に受け実行してしまった結果のようだ。


「悠斗くんもありがとう。えっと。前会ったのは……?」

「五大財閥合同パーティ以来ですね」

「そんな前だったか……。ごめん記憶が曖昧だ」

「ご多忙のことは存じております。お気になさらず」

「気遣いありがと」


 この柔らかく物腰の低い態度ゆえ、五大財閥の中でも大和の名前は有名だ。


「華凛から聞いていた通りだね。『同い年で有能な私の付き人』っていうのは伊達じゃない。月若の未来は明るいね」


 こういうことをさらりと言えてしまう人柄の良さは、あの日ノ内の人間とは思えない。


「やめてよ! 恥ずかしい……」

「ふふ、でも本当のことだからね。それよりせっかくだからみんなで座ろうよ。富士見、悠斗くんも」


 大和がそう言って室内にあった折りたたみ椅子を二脚、慣れない手つきで広げようとした。その瞬間――。


「そのような雑務は私が」

「大和様、お気遣いいただきありがとうございます。お嬢様はこちらへ」


 大和の椅子の間にスッと入り使用人二人が椅子を手際よく広げた。。なめらかで無駄のない動きに、大和も手を広げ固まっている。


「……ねぇ、悠斗。学校で大和様はやめなさい」

「なぜですか? 日ノ内家の次期当主であらせられる大和様に対し、非礼のないようにするのは月若の執事として当然の配慮ですが」


 華凛は大げさにため息を吐く。


「大和も私も、一般の生活を体験したいからここに入学したのよ? 意味ないじゃない」

「ですが……立場上不敬に当たりますので」

「僕も様は辞めてほしいかな。苗字も変えているからさ流石に、ね」


 華凛や大和の言うことは正論だ。月若の執事だと周りに知られている悠斗が、隣のクラスの男子を大和様と呼んだ瞬間これまでの日ノ内の努力が水の泡になる。


 だからと言って誰かを呼び捨てで呼ぶことにも慣れていない。


「じゃあ、練習よ。試しに私のこと『華凛』って呼んでみなさい」

「華凛」

「なんかムカつく。そこはもう少しドギマギしなさい」

「……あまりにも理不尽すぎませんか、お嬢様」


 自分で言っておいてそれはないだろう。悠斗が渋い顔をしていると今度は大和が声をかけてきた。


「あはは、じゃあ次は僕の番ね。呼んでみて?」

「や……大和」

「おぉー……! なんか、すごく新鮮でムズムズするね! 今度急によんでみてよ」

「勘弁してください」


 大自分の名前を呼び捨てにされたのがよほど新鮮だったのか、大和は身くすぐったそうに笑っている。他の使用人にばれたら一瞬で首が飛ぶスリルを味わっていると、思わぬ方向に矢印が向いた。


「次、るいるいのこと呼んでみてよ」

「えぇ……」


 瑠衣の方を向くと無表情で悠斗を直視していた。


「私は星原さんと同業の使用人です。呼び捨てにする機会など来ることはございません」

「いいからるいるいも手伝って。悠斗の為を思って! ねぇ?」


 華凛に背中をバシバシと叩かれ悠斗は逃げ場を失った。瑠衣の顔を見ても表情は先ほどのまま無表情。ここで嫌そうな顔をしてくれれば合わせることはできたのに、と悠斗も思ってしまう。


「すみません。巻き込んでしまって」

「いえ。どうぞ」


 悠斗は覚悟を決める瑠衣の目を真っすぐ見つめた。


「……瑠衣」


 その瞬間瑠衣の背筋がピクッと跳ねた。


「はい」

「……あー。どうですか?」

「別にどうとも……。まるで、本当にただのクラスメイトの男子生徒に名前を呼ばれたかのような、そんな感じです。ただ瑠衣と呼ばれるには抵抗がありますのでおやめください。それがいたずらでもです。第一、いらぬ誤解を生んでしまいますし、それをきっかけに――」


 瑠衣は早口で捲し立てながら、顔を下にしてしまう。さりげなく髪をかけるがその耳は真っ赤に染まっている。


「えぇーるいるい耳真っ赤だけどー」

「華凛様、からかわないでください。私は至って冷静です」

「そうだね。富士見のそんな顔初めてかも」

「……大和様も辞めてください。私はこれで。業務の引き継ぎをしてまいります」


 瑠衣は一礼すると、素早く美術室から逃げるように退室していった。


「いくら何でも、ちょっと免疫なさすぎない、るいるい?」

「……やっぱり、ずっと女子校出身だから? でも華凛はそういうことないよね」

「女子校って世間でいうとこの『サバサバ系』な感じの子が多いけどね。まぁあーいう子もいる」


 主たちは楽しげだが、悠斗だけは「完全にやってしまった」と心の中で冷や汗を流していた。


「……あの、大丈夫ですかね。不快な思いをさせてしまったみたいで」

「んー、大丈夫だと思うよ。それにこういうのには慣れてもらわないとだから」

「はぁ……」


 そう言うが悠斗には自信がない。あんな空気になったら、気まずくて出ていったに決まっている。


「とりあえず他の子がいる前では大和くん呼びでよろしくね。ここでは様で大丈夫だから」

「分かりました、大和くん」

「うん、バッチリ。なんだか本当に普通の同級生みたいだね」


 大和は嬉しそうに目を細め、それを見た華凛もまた満足そうに深く頷いている。

 主たちが望む『普通の高校生活』の歯車は、どうにか回り始めたようだ。

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