6 執事とメイドの昼食
「悠斗、邪魔」
「なぜそのようなことを言うのですか」
「あんたのせいで皆が怖がってるからよ!!!」
昼休み時間、華凛の後ろに直立不動で控えていた悠斗は怒られていた。
教室にいるの周りの生徒たちがこちらをガン見しており、華凛の前に座っていた女子生徒にいたっては完全に萎縮して震えている。
「この子たちが『一緒に食べませんか?』ってせっかく誘ってくれたのよ。あんたがいたら緊張してしまうでしょ」
「しかし……私の仕事はお嬢様の使用人として見守ることが……」
「大丈夫よ。何かあったらすぐに駆けつけてくれるでしょ? ほらいったいった、シッシッ」
「……わかりました」
悠斗は納得のいかないまま、しぶしぶ教室を後にした。
いつもは華凛が食事を終えた後に軽食を口にしていた悠斗も、今日からはそういうわけにもいかないらしい。
購買部で『焼きそばパン』を買い求め、教室内の様子が窓越しに目視できるであろう校庭の木にでも登ろうとしたところ、背後から声を掛けられた。
「星原さん。何をされているのですか?」
振り返ると、そこには隣の席の富士見瑠衣が立っていた。
「あ、お疲れ様です。木に登ろうかと」
「……何のために?」
「それはもちろん、お嬢様に何か不測の事態があった際即座に対応するためです!」
大真面目に答える悠斗に、瑠衣は冷たい視線を向けてくる。
てっきり感情を表に出さない人だと思っていたがそういうわけではないらしい。
「ここは『学校』です。そのようなことをされますと華凛様が変質者を従えていると勘違いされますよ」
瑠衣にぴしゃりと言われ悠斗はしぶしぶ木の幹から手を離し地面に飛び降りた。制服のホコリを軽く払うと、瑠衣に向き直った。
「……では、富士見さんはどうされているのですか。警護は?」
「ここは日ノ内が運営に関わる学校です。教員や用務員に我が家の息のかかった者をすでに配置していますので、直接張り付く必要はありません」
「なるほど、流石の手際ですね」
「……お昼ご飯を食べる場所に困っているのでしたら、こちらへどうぞ」
瑠衣が校舎の裏手に向かって歩き始めたので悠斗もその後ろをついていくことにした。
校舎裏は陽が当たらず、じめじめとしていて薄暗い。
だからか一般生徒の姿は一人もいなかった。誰もいないのは悠斗からしたら好都合だ。
「どうぞ」
瑠衣が非常階段の段差に腰を下ろしたので、悠斗も一定の距離を保ちつつその隣に腰を掛けた。
「……まさか、本当に転校して来るとは思いませんでした」
「私も昨晩、お嬢様から急に聞かされまして。寝耳に水という感じです」
「……私は今朝ですね。大和様は華凛様が来ると知ってそれはもう喜んでいられましたが……」
瑠衣は淡々とした口調のまま、はぁ、と重いため息を吐き出した。
「ただでさえ『平民と同じ生活がしたいから、学校では富士見と僕は赤の他人ということにしてくれ』と無茶振りを言われているのに、これ以上の不確定要素が増えるとは」
「心中お察しします。私もお嬢様から似たような無茶振りを毎度受けていますから」
華凛と言い、大和と言い。幼少期から大金持ちの子どもとして育ってくると、どこかで『普通』というものへの異常な憧れを抱くようになるらしい。その我が儘に付き合わされる使用人の身にもなってほしいものだ。
「そろそろ教室に戻ります。ここは自由に使ってください」
「かしこまりました。ありがとうございます」
そう言い残し、瑠衣が立ち去ろうと数歩進んだところで、不意に何かを思い出したように一度振り返ってきた。
「忘れていました。放課後、この学校の案内をしますので華凛様と教室で待っていてください。それでは」
そう言って今度こそ立ち去っていった。
放課後は、クラスメイト達は部活や委員会と忙しそうにしている。
そんな喧騒に包まれた学校で悠斗と華凛は瑠衣の案内で学校を回っていた。
日ノ内が提供しているだけあり、施設はどれも一級品。この学校の入学試験の倍率が高かったのも頷ける。
「ねぇるいるい。次はどこに行くの?」
「るいるい……」
華凛はいつの間にかそんなあだ名をつけており、本人も驚いているがお構いなしだ。
傍若無人ぷりは別の使用人にも健在らしい。
「月若さん……いえ。華凛様がお喜びになられる場所だと思います」
「喜ぶ?」
「はい。確実に」
そう言い張る瑠衣についていくと本校舎から離れた場所にある旧校舎へたどり着いた。
本校舎に比べ施設は遥かに老朽化しており人が出入りする気配もない。
「着きました」
案内された場所は廊下の最奥の教室。ここだけ他に比べやけに真新しくリフォームしたような印象を感じる。そんな場所だ。
「ここは?」
「使われていない旧校舎の美術室です。大和様の指示により、現在『生徒会室の分室』として買い上げられております。そして私と大和様は生徒会に所属しています」
「それってつまり……!」
華凛がパッと碧い瞳を輝かながら腕を振り声を上げると、瑠衣もこくりと頷いた。
「はい。ここならどれだけ大和様と接触することが可能です。早速入りますか」
「るいるい最高ー!」
華凛は瑠衣の手を取ってはしゃぎ回っている。そんな主人達のセーフハウスを前に悠斗は執事の目で冷静に品定めしていた。ここに華凛を出入りさせていいのか。それはどのような頻度で、どのような時間帯に。出入りを見られた際の言い訳。
全てのもしもを考えていると一つ疑問があった。
「富士見さん一点だけ。ここまでの渡り廊下は何かあった場合に備えづらいです。不審者が入ってきた場合、直線上での対応になってしまいます」
「星原さん、安心してください。この奥には緊急時に備え、室内で十日は過ごせる設計になっております。また、入り口にはオートロックを導入しようという話になっておりますので問題ないかと」
「なるほど、それは安心ですね!」
悠斗が深く感心して頷くと、背後から「いい加減にしなさいよあんたたち!」と華凛の鋭いツッコミが飛んできた。




