5 執事と転校
「お嬢様、どうされましたか」
「大和とデート行ってきた!」
昨日の今日でいきなりデートの約束を取り付け、実行してきたらしい。ということは、日ノ内側の使用人たちも急遽、とんでもない無茶振りをされて動いたということだろう。
華凛が壁面モニターにリモコンを向けると、何枚もの写真がスライドショーのように流れ始めた。画面に映る二人は、ウィッグと大きめの伊達メガネをかけるなどして必死に変装しているがどう見ても華凛と大和だ。
「これを見せるということは、ノロケたいということですか?」
「それもそうなんだけど。もっと大事な話があるの!」
「大事な話」という言葉に、私服姿ではあるものの悠斗の背筋が自然と伸びる。
「急だけどあなたには今の高校を転校してもらうわ」
急すぎるその宣告に、悠斗は一瞬言葉を失った。
今通っているのは、月若財閥が運営する男子校。仲のいい友人がいるわけでもないし、なんなら業務のために欠席することもしばしばあった。それでも少なからず思い出のある場所だったため胸の奥に寂しさがある。
「転校ですか。随分と急ですね……」
「そりゃあ、さっき決めたからね。ごめんね」
「……何か、私に至らぬ点がございましたでしょうか?」
緊張した面持ちで華凛の方を向くと、彼女はプッと吹き出しお腹を抱えて大笑いし始めた。
「違う違う、そういうんじゃないわよ! それに、転校するのは私もだから」
「お嬢様も……?」
「そう! 私たち二人は東京勇阿学園に転校するわ」
東京勇阿学園――それは、日ノ内財閥が運営に関わっている私立高校。
言ってしまえばごく普通の共学校であり、「月若財閥の一人娘」がわざわざ籍を置くには、いささか格落ちすると言わざるを得ない学校だ。
「お嬢様、どうかお考え直しください」
「なんでよ?」
「申し上げにくいですが、お嬢様がそのような一般的な高校への転校を希望される理由がわかりません。いま通われております学校のほうがお嬢様の成長につながるかと」
「たしかにそうね。……でも今は一般的な価値観を勉強しておく必要あると思うの」
「……お嬢様それは」
「私が月若の当主に就いたときそれがないと、独りよがりの我儘になってしまうと思う。ここで学んでおきたい」
そんな意図があったとは悠斗も思っていなかった。華凛なりに考えていたのだろう。悠斗は己の浅はかな考えを後悔した。
「申し訳ございません。そのようなお考えがあったと知らずに」
「大丈夫よ。これは表向きの理由だから」
「え……。裏の理由もあるのですか?」
「東京勇阿学園には大和が通っている。それが本当の理由」
「……は?」
数秒前の感情を返してほしい。
「大和も『普通の高校生活を送ってみたい』って言って変装して名前を変えて通ってるのよ。だから私も行く! そしたらもっと会えるし制服姿も見れる。なんなら……グヘへ」
胸を張り欲望を語り下品な笑みを浮かべる華凛。悠斗はこめかみを押さえ深いため息を吐き出した。
「わかりました……いつ頃の転校を希望ですか? 学校に伝えます」
「明日」
「明日!?」
「何ならもう手続きは済んでるから。制服も注文したから明日の朝に届けるようにさせたから。それ着て登校よ」
これだから五大財閥、月若の力は強大すぎる。いともたやすくえげつないことをする。
悠斗は思わず目頭を押さえてしまう。
「そうだ。メイドの子も通ってるらしいから。渋谷に一緒に言った子ね!」
「……富士見さん、ですか」
「そう! だから向こうでの護衛体制もバッチリってわけ。明日から楽しみね?」
はしゃぎながらソファで飛び跳ねる主人をよそに執事は頭を抱えていた。
この我儘とそれを叶えてしまう月若財閥の恐ろしさに。
◇
「えぇっと……急遽ですが転校生を紹介します。そ、それでは……」
「月若華凛です! 本日からよろしくお願いします!」
そこにはまばらに拍手も挙がるが、それよりも奇異の目が送られる。
そりゃそうだ、月若が日ノ内の学校に転入と言うだけで世間からしたら大スクープ。
大騒ぎになるのも自然なことだ。
「星原悠斗です。よろしくお願いします」
悠斗も続けて挨拶をするが、先に挨拶した華凛のインパクトが強すぎてみんなの目はそっちにくぎ付け。悠斗の話を聞いていたのなんて片手で数えられる程度だろう。
「――では月若さんと星原くんは、あそこの空いてる席に座ってね」
担任の先生の、どこか怯えたような声に促され、二人は歩き出した。
教室中から突き刺さる、好奇と困惑の入り混じった視線。
指定された席へ向かうと、隣にはセーラ服を着た見覚えのある女子がいた。
「あっ……」
「初めまして、私は富士見瑠衣。何かわからないことがあったら声かけて」
渋谷であった時と違い髪を降ろした富士見瑠衣。
仏頂面で何を考えているかわからない雰囲気は、たしかにあのメイドと一緒だ。




