4 執事と報告
日曜日。
悠斗は華凛の部屋まで報告のために足を運んだ。
「――以上が昨日の報告になります。……ってお嬢様聞いておりますか?」
「聞いてる、聞いてる」
「……じゃあ、私がなんて言ったか覚えていますか?」
「え? えーっと……」
華凛は一瞬だけ泳がせた碧い瞳をスマホの画面に戻し、自信なさげにボソッと言った。
「……クロワッサンが美味しかった。だっけ?」
「お嬢様?」
「うわーごめんなさい!!」
華凛のスマホを取り上げるとそこには、今話題となっている異世界転生アニメが流れている。これが流れている時点で確実に話を聞いていないのは明白だ。
「んー? 悠斗も一緒に見る?」
「見ないですが……。今回はどんな内容ですか?」
「メイドと伯爵が恋に落ちるやつ。最高にエモいのよ!」
ここ最近の華凛が好んでいるのは、「禁断の恋」をテーマにした作品ばかり。
悠斗も過去には無理やり付き合わされたが全て途中で投げ出した。どうにも相性があわない。
「こういう作品を見てると、私思うのよね。世間では身分違いとか犬猿の仲同士の恋を『禁断の恋』って言いがちだけど、実は使用人同士の恋愛の方も禁断の恋なんじゃないかって」
「はぁ……」
唐突な角度からの持論に、悠斗は眉をひそめた。使用人同士の恋愛などあり得るはずがない。そもそも、日常業務が忙しすぎて人を好きになる時間なんて存在しない。そんな現実を知らない華凛は、頬を赤らめ話を続けた。
「だって、主人のために四六時中働かなきゃいけないのに、裏でこっそりよろしくしてるんでしょ? もしもそれがバレたら、屋敷でも他でも使用人として働けなくなる。敵対する家同士の恋なんて可愛いものじゃない」
楽しそうに妄想を爆発させる華凛を、思わず冷めた目で見てしまう。
「お嬢様と大和様の関係の方が禁断の恋ですよ」
「えへへ……そ、そう?」
「はい。まるでロミオとジュリエットですね」
「そっか……ロミジュリ……。ってそれバッドエンドじゃない!?」
華凛は悠斗のYシャツを掴むとぐわんぐわんと上下させた。確かにあれは、二人のすれ違いにして生まれるメリーバッドエンド。ここで出す例えとしては違ったなと、口に出してから気づいた。
「落ち着いてください。そして報告聞いてください。こちら報告書です」
「はいはいちょっと待ってね」
華凛はため息をつきながらテーブルのタブレットに手を伸ばした。画面を上にスワイプしていくと、段々とその顔は渋い顔に変わっていく。
「これ、デートの下見よね?」
「はい、そうでございます」
「何この報告書! スパイじゃないのよ、私達!」
バン! と机を叩いてジト目で訴えてくる華凛。しかし、悠斗は彼女が何を怒っているのか、本気で理解ができなかった。
「何をおっしゃっているのですか。これらは全て確認事項では?」
「どこの高校生カップルは街角の死角とか、机の材質とか気にするのよ?」
「……しないのですか。私も富士見さんは気にしましたよ」
「あんたたちねぇ……」
直感だが、もしここでとぼけた顔をしたら彼女の機嫌を損ないかねない。華凛の視線がより一層厳しくなるなか、悠斗はあえて目線を合わせないようにした。
「学校の友達と遊びに行くときもそんなこと考えてんの? 悠斗は」
「そもそも私に友人はおりませんのでそのような機会はございません」
「そんなに自慢気に言うことじゃないから……。そんなことありえる?」
「私は月若が第一ですから。何かあった場合、友人の存在は足枷になります」
華凛に呆れたようにツッコミを受けるが、悠斗には本当に友人などいない。
それは執事や使用人という特殊な仕事ゆえのもの。学校以外の時間は、使用人としての業務が忙しすぎる。それに守秘義務の存在。
悠斗の立場では簡単に友達を作ることなどできない。
「まぁいいや。とりあえず報告はあんがと」
「はい。それでは私はこれで」
「あ、ちょっと待って」
華凛はそう言うと本棚から大量の漫画を取り出し、テーブルの上に置いた。
「なんですかこれ」
「あんたにあげる。勉強しなさい」
テーブルに置かれた漫画は「あたりさわりない恋愛」と書かれた少女漫画。確か華凛のお気に入りの漫画で全部で三十巻刊行されている作品だ。
「……お言葉ですが、私には必要ないかと」
「今後もあんたに下見に行ってもらうことあるんだからこれで学びなさい。恋愛の何たるか。普通の高校生についてを」
デートごときの下見なのだから、そこまでする必要があるのだろうか。
華凛だって月若のご令嬢なのだから、普通の高校生が分かるはずはないのではないか。
――と言うのが悠斗の正直な感想。だが口には出さない、確実に怒られる。
「どうしても必要ですか?」
「必要」
「……承知いたしました。お借りいたします」
そう言って華凛は、ずいっと三十巻の単行本の山を押し付けてきた。
悠斗はそれを、慎重に両手で抱え込んだ。
「では、ありがたく頂戴いたします。失礼いたします」
手に持っているこの書物の処理に迷いながら、悠斗は自室に戻っていった。




