3 執事とメイドの渋谷デート(2)
無事に目的のカフェへ到着し、二人は案内された席に着席した。木目を基調とした店内は、渋谷駅の近くだというのに落ち着いた雰囲気だ。
「ご注文お伺いい――」
その視線はメイド服を着た瑠衣に向けられている。それはそうだ。
傍から見たら「連れの女の子にメイド服を着せている変態」と思われているのだろう。
悠斗には全くと言ってそんな趣味はないのだけど。
「よろしいですか?」
申し訳ない気持ちで促すと、心ここにあらず店員の顔にスイッチが入る。
「あ……。はい! ど、どうぞ」
「クロワッサンのセットで、珈琲のホットでコロンビアをお願いします。富士見さんは――」
「三種のミニクロワッサンセットに紅茶を。それと単品で、チョコレートケーキとチーズケーキ、ワッフルを一つずつお願いします」
「ワッフル、っと……し、少々お待ちくださーい」
店員は頭を下げると足早に厨房へと戻っていく。
その姿を見送り対面を見ると瑠衣は表情一つ変えずに手帳を取り出した。「……細身の見た目の割に、随分と注文するんだな」と悠斗が密かに驚いていると、瑠衣は手帳を見ながらこちらに話しかけてきた。
「気になっているメニューを事前にヒアリングして参りました。主の代わりに味の確認をするのも我らの務めですので」
悠斗の内心を見透かしたように瑠衣は答えた。彼女にとっては、この注文すらも仕事の一環だったらしい。その徹底したプロ意識に悠斗は少しだけ背筋が伸びる思いがした。
「楽しみですね」
「はい」
「……」
カフェの喧騒の中、二人のテーブルだけが妙に静まり返っている。
このままでは息が詰まる。――その時だった。
「――この席は、外から上手いこと遮られますね」
ぽつりと呟いた瑠衣の言葉に、悠斗も視線を窓に向けた。
「確かに……。これでは外からの監視がしづらい」
瑠衣の言う通り、この席と入り口の間には三つのテーブル席がある。窓に備え付けられているブラインドを降ろせば、店外からの視線を完全に遮ることができる構造。
「ここに来るまでの監視カメラの数と裏路地の数……」
悠斗は顎に手を当て、ボソボソと呟きながら店の外観を思い出していた。地図で見ていたよりも、実際は路地や人が入れるスペースが多すぎる。週刊誌やパパラッチにでも張られたら対策しづらいな。店前に車を止めるとなると近隣店舗にも迷惑になりかねない。
「当日は別ルートでの送迎にするか、あるいは一般客に紛れ込ませた使用人の配置……いやぁでもこのことを知るのはごく少数……」
「……」
「個室がないならいっそのこと、お店に協力してもらって配達という形にするか。お嬢様には上手くごまかして」
「……ふふ」
自分が完全に仕事モードで独り言を連発していたことに気づき、一気に顔が赤くなる。
「あっ……。も、申し訳ございません! 完全に自分の世界に入ってしまって……!」
「いえ、大丈夫ですよ。やはり、優秀なお方ですね。流石は月若の専属従者――ヴァレットですね」
「……っ、いえ、そこまで大それたものじゃないですよ」
瑠衣のまっすぐな称賛に、悠斗は気恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻いた。
「うちではバトラーやヴァレットのような、使用人での階級制度を敷いていないんです。執事長とメイド長の下は、全員が一律で同じ立場の執事とメイド、という形なんです」
使用人には本来厳格な階級制度がある。瑠衣の言うヴァレットとは主人に従う私的な召使い。男性家族の衣食住をサポートする業務だ。ただ月若ではそれが廃止されている。
理由としては旦那様が「時代にあっていない!」と一蹴したから。
「なるほど。だから執事と」
「ええ、俺傍だの『平の執事』です。お嬢様の傍にいることが多いのも、使用人の中で単に年齢が近くて話し相手になりやすいから、というだけで……」
「いえ。制度はどうあれ、先ほどのあなたの視点と危機管理能力が『優秀』であることに変わりはありません」
「……ありがとうございます」
再び顔が熱くなるのを感じながら、悠斗はタイミングよく運ばれてきた珈琲へと視線を逃がした。
「さぁ食べましょ! 飲み物も冷めちゃいますし!」
「そうですね。それでは、味見をはじめます。いただきます」
「いただきます」
二人は綺麗に一礼し、それぞれの皿に手を伸ばした。悠斗はサクサクのクロワッサンを一口。バターの芳醇な香りが口いっぱいに広がり、思わず頬が緩みそうになる。対する瑠衣は、やはりお淑やかな手つきでケーキを小さく切り分け、一口ずつ、口に運んだ。
「いい感じですね。珈琲もお嬢様の好みにも合う」
「こちらもです。特にこのケーキたちも、大和様のお口に合うと思います」
瑠衣は手帳を傍らに置き、真剣な面持ちでコクコクと頷いた。相変わらず主人のための「下見」というスタンスを崩さない彼女を見て、悠斗はふと、純粋な興味が湧いた。
「富士見さんはどれが良かったですか?」
「そうですね、大和様の最近の食事傾向から――」
「あ、違くて。……富士見さん自身のです」
「私、ですか」
予想外の質問だったのか、瑠衣の手はピタッと止まった。目を瞬かせ、フォークを持ったままフリーズしている。完全に想定外の事態に直面したかのように、彼女の綺麗な眉が困ったように下がった。
「わかりません。どれも美味しかったのですが……その」
申し訳なさそうに視線を彷徨わせる彼女が、なんだか妙に可憐に見えて悠斗はふっと表情を和らげた。
「なら全部よかったってことですね。俺も今度食べてみようと思います」
「っ……はい。ぜひ」
悠斗の言葉に救われたのか瑠衣は小さく息を吐き、紅茶を口に運んだ。
普段は忙しくゆっくり休むこともできない日常の中で、今日だけはその業務から解放され穏やかな心地よさを感じていた。




